第95話 戦場格闘技VS戦場格闘技

 ムエタイの膝すらも跳ね返すサムラングの腹筋。

 その腹は、戦場格闘家モハメドといえどそうやすやすと崩せる牙城ではない。

 しかしサムラングは、軽口を叩きながらも腹部への確かな痛みに焦りを覚える。


「そういえばお前、ドーピングしているんだよな? それも結構過激な薬」

「その通りだ」

「どうしてそんな薬を使うんだよ?」

「…………その質問への答えは、用意済みだ」


 モハメドは、淡々と語る。


「私はものごころついた頃から傭兵キャンプにいた。傭兵は三十代で死ぬものが珍しくない。私にはお前らのように年寄りになるまで生きるという価値感が無い。だから健康に悪かろうが寿命を縮めようが、今日を生きられればそれでいい。いつ流れ弾で死ぬか解らない身で、数十年後の健康に気づかうなど愚の骨頂。寿命が縮もうが今日を生きる確率を上げるほうがはるかに良い」


「でも今はNVTの選手なんだろ?」


「その答えも用意済みだ。元からの価値観はそう簡単には変わらない。そしてNVT選手とていつ再起不能になって稼げなくなるかわからん。ならばドーピングをしてでも確実に勝利を重ねたほうが良い。私以外の連中は長く生きたい。私は今日を確実に生きたい。単なる見解の相違だ。というわけで私からの」


 言っている最中に、モハメドは距離を詰め、サムラングの顔面に指突きを放つ。

 サムラングは額で受けて難を逃れるが、皮膚が裂けて血が流れる。


「喋っている最中は攻撃をしてはいけない。というルールはないだろう?」

「くっ」

「腹を狙わなければ、それでいい」


 モハメドの右フックが、サムラングのこめかみを打った。


「がっ!」


 サムラングが昏倒、ダウン。

 モハメドは背を向けて、立ち去ろうとする。


「そもそも、純粋な殺人技術である戦場格闘技に、スポーツ格闘技が勝てる筈がない。制圧完了。女、私の勝利をコールしろ」

「まだだぞ……」


 背後の声に、モハメドは振り返った。


「脳を潰す勢いで殴ったのだが、分析以上の耐久力、いや、執念を持っていたか」


 モハメドが跳躍。

 サムラングの顔面を狙い、跳び蹴りを放つ。


「死ね」


 そう言って襲い掛かるモハメド、


 サムラングはにやりと笑い、その場で回転。


 モハメドの蹴りを受け流しながら、モハメドに背を向けるようにして、サムラングは回転右肘打ちを右斜め後ろにいるモハメドのみぞおちに叩き込んだ。


 空中で姿勢が揺れるモハメド。


 天井を仰ぎ見る顔に肘を、後頭部にヒザを叩き込み、肘と膝で挟み込んだ。


 頭蓋骨を割られ、おびただしい血を流しながら床に倒れ動かなくなるモハメド。


『勝者! サムラング選手!』


 サムラングは笑って、


「ムエタイだって、古代の戦場格闘技だよ」


 観客の歓声が、サムラングには心地よかった。

  

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