第94話 明日を捨てた男VSジャガーノート


 二〇分後。

 最強ボクサー対決で興奮しすぎた観客達が冷静になってから、次の試合が始まった。


『それではDブロック第二試合、選手入場です! まずはシード選手! タイが誇るムエタイ王! タイ企業! シー・マーチェンド代表! 身長一八二センチ体重八六キロ! ジャガーノート! サムラング・ワンサワット選手ぅ!』


 褐色の肌をした青年が登場。

 ムエタイの格好をして、明るい笑顔で拳を突き上げ観客に応える。


『続いて登場するは一回戦を突破した戦場格闘家! サウジアラビア企業! ジズ・ラフマー代表! 身長一八四センチ! 体重八八キロ! 明日を捨てた男! ドーピング使用を公言するモハメド選手の入場です!』


 砂漠仕様の軍服を着たアラブ人男性が入場。

 その目には、既に死神が宿っていた。


「女、試合を始めろ」


 機械的な声に、宇佐美は動じず頷く。


『それでは試合。開始ぃ!』

「行くよ!」


 いきなりサムラングの飛び膝蹴り。

 を、モハメドは右手一本で受け止めて、左指でサムラングの首をかき切ろうとする。


「よっ」


 サムラングは上体を逸らして回避、その場に着地して、突きと蹴りの連打で戦いをかき回す。


『これは凄い! モハメド選手! ムエタイの膝蹴りを腕一本で止めました! ですがサムラング選手は攻撃の手をやすめないー!』


 サムラングがモハメドの両肩を取る。

 ムエタイの勝ちパターンだ。


「ハァッ!」


 相手の体を固定した状態でみぞおちに膝蹴り。

 これで相手は一撃KO。

 三流選手なら殺せる威力を持っている、が、

 モハメドは肘打ちでサムラングのふとももを撃墜。

 膝蹴りで振りあげた勢いが仇となり、サムラングは苦痛に顔を歪めて硬直した。

 その隙をついて、モハメドがサムラングにボディブロウ。

 しかし、


「効かないよ!」


 サムラングのショートアッパーを、モハメドはバックステップでかわしていぶかしむ。


「その腹筋は……」

「気付いた?」


 ムエタイ選手故に、サムラングは上半身裸だが、その腹は八つに割れていた。


「俺は特異体質だからね、腹への攻撃は効かないよ」


   ◆


 サムラングは、タイの貧民街で生まれた。


 タイ貧民街の子供たちの多くは運命が決まっている。


 少女は売春、少年は賭けムエタイの選手。それしか生きる道が無い。


 サムラングも当然のように、毎夜行われる裏世界の賭けムエタイ試合に出場した。


 ただしサムラングには才能があった。


 賭け試合で連戦連勝。


 スカウトされ、表試合にも出るようになりそのままNVTの道へ。


 その秘訣は、彼の八つに割れた腹筋にあった。


 人間の腹筋は、よく六つに割れると言うが、実際は四つの人もいる。


 ちなみに四足歩行動物は一二個や一六個に割れていたりする。


 四足歩行動物は前足と後ろ足が離れないよう、腹筋をよく使うので、腹筋の数が多い。


 直立二足歩行をするようになった人類は腹筋を使わなくなったので六個にまで退化し、退化の進んでいる人は四つしかない。


 橋が一つのアーチよりも、複数のアーチで形成したようほうが頑丈なように、腹筋も複数のほうが強度がある。


 同じく限界まで鍛えた腹筋でも、生まれつき八つに割れた腹筋を持つサムラングの腹筋強度は、他の選手を遥かに上回るのだ。


 ムエタイにおける必殺の膝蹴り。これが決まるとプロ選手でもKO必死だが、サムラングは相手の膝蹴りを腹に喰らってなお、立ち上がれる稀有な選手だ。

   

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