第85話 雷神VSキャリア百年
『それではこれよりCブロック最終試合を始めます! まずは一回戦の勝利者! 日本企業代表! 産政経新聞代表! 身長一七九センチ! 体重七〇キロ! 雷神! 武藤速太選手ぅ!』
細マッチョなキックボクサー、速太が自信満々に入場。
その目は観客席では無く、VIP席に座る選手達に向けられていた。
眼光で射ぬく。
優勝は俺だと、全選手に喧嘩を売った。
『対するはシード選手です。なんと御年一二〇歳! 長寿ギネス! 生きているのがファンタジー! 戦うなんてとんでもない! 世界最高齢かつ最長キャリアのベテラン柔術家! 日本企業! ダンダイ代表! 身長一六〇センチ! 体重五二キロ! キャリア一〇〇年! 森岡五兵衛選手です!』
道着に袴姿の、しわがれたご老人が静かに入場。
◆
「一二〇歳!?」
VIP席で礼奈が驚く。
「何それ仙人じゃない。でも普通スポーツ選手って年取ったら引退するわよね? ねぇ羅刹、あの人ってあれなの? なんかこう、カンフー映画に出て来る山奥に住む達人的な」
「あれとはちょい違うんだよなぁ」
羅刹は唸りながら、眉根を寄せる。
「五兵衛さんは長年の修業の成果とか、才能とか、悟りを開いたとか開眼したとか、そういうんじゃないんだよ。なんていうか、キャリア一〇〇故の必然性って言うか、とにかく五兵衛さんにあるのは一〇〇分の経験値だけど」
「? あの合気道の巫女さんみたいなスーパーテクニックを持っている技師じゃないの? 老人格闘勝って若い人より体力ないけど技が優れているんじゃ」
羅刹は断言する。
「ハッキリ言うとさ。森岡五兵衛さんは身体能力どころか技術力も二流のB級選手なんだよ。でも、間違いなく最強の一人だ」
「肉体も技も二流でって、じゃあ反射神経や動体視力が凄いとか?」
「いーや」
「特異体質で何か特殊能力を持っているとか」
「いーや」
「解った知識ね。この世の全ての流派の技を知っていてその返し技を持っている」
「いーや。本当の本当に、あの人は才能のない非才の三流格闘家が運も才能のないのにただ一〇〇年間武術にしがみついただけの人だ、でも、それでも最強なんだよ」
羅刹の口元が、嬉しそうに笑った。
◆
その男性、森岡五兵衛は閉じかけた目で速太を見据え、黙って立ち尽くした。
「ノロノロ歩いてんじゃねぇぞ爺さん。老人ホームにいった方がいいんじゃねえか?」
嘲笑する速太。
五兵衛は口先で笑う。
「私に負けるのが怖いのか?
「ああそうかい、なら俺が光りの速さで寺送りにしてやるよ! 行くぜ!」
『あー! 勝ってに始めちゃダメです! 試合始めぇ!』
「クタバレくそジジイィイイイイ!」
いきなりラッシュをかける速太。
でも五兵衛はみんなの想像通り、全てを鮮やかにかわし続ける。
「へぇ……」
二〇発も突きと蹴りを繰り返せば、速太は攻め手を休める。
「やっぱりな」
速太は愉快そうに笑った。
「生憎俺も馬鹿じゃなくてよ。NVTプロ選手で、世界大会のシード選手に出てる時点で、あんたが本物だってのは解るぜ。俺も選手として、今まであんたの試合も観戦させてもらった、研究なんてまどろっこしいことはしないけどよ。世間じゃあんたの事を、ヤラセ扱いする記事もある」
「そうらしいね」
「でもこうして戦って解ったぜ。あんたはヤラセでもなんでもない、巧いんだ。超技巧派のテクニカルファイター。少林寺拳法家の国文大治や、合気道家の三島陽子みたいな奴だ。でも悪いな。俺に技術は通じない」
速太の顔が怪しく歪む。
「どんな巧みな技術も、相手に触れないと発揮できねぇ。相手を見たり、肌で感じて、反応して動いて、初めて技術は威力を発揮する」
自分の親指で指す。
「けど俺の全力攻撃は、世界最速。人間の反射反応を遥かに超えるスピードが出る。どんなパワーもテクニックも触れなきゃ意味がねぇ。だから最速の俺が、世界最強なんだよぉおおおお!」
速太のミドルキック。
を半歩引いて避ける五兵衛。
速太得意のラッシュが襲い掛かる。
顔を、
喉を、
胸板を、
腹部を、
四肢以外の部位を狙い襲って来る。
五兵衛は鋭い拳も俊足の蹴りも避け続ける。
「すげぇ反射神経と動体視力だな。流石達人。俺とは年季が違うってか? でもどんどん行くぜぇ、どんどんスピード上げて行くぜぇ!」
速太がさらに加速。
五兵衛はさらにかわす。
身をひねり、下がり、しゃがみ、足捌きと体捌きで避けていく。
「流石に達人はかわすのが得意だな! まさに匠の技術だ、でもそんな技術、最速の前じゃ……ん? ん? あん?」
速太は眉をゆがめ、得心のいかない顔をする。
「かわすのが、巧い……よな?」
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