第84話 最強の血族を超えた究極の血族

 今からおよそ一二〇年前。日本は明治時代だった。


 その頃、日本の前山光安という高名な柔術家が、アメリカを中心にヨーロッパ、メキシコなど多くの土地で試合をし、勝ち続けた。


 ボクサーやレスラー、多くの西洋武術を相手に、前山は全勝。


 ついに無敗のまま、晩年を迎える。


 晩年の前山はブラジルに帰化しており、そこに骨をうずめるつもりだった。


 そんな時、屋外カフェで起こった暴力事件を目撃。暴れる圧倒的な巨漢を、前山はいともやたすく一方的に倒してしまう。


 それを見ていた少年こそが、レドの御先祖様だった。


 柔術の強さに魅せられた少年はその場で前山に弟子入り、大人になると自分なりに改良を加え、グレイザー柔術として息子に、そして孫に伝授。


 そして生まれながらに最強を義務付けられし最強の戦闘民族ならぬ戦闘一家。グレイザーファミリーは誕生。


 初代グレイザーから数えて六代目レド・グレイザーもまた、生まれた時から最強の義務付けられた。


 ものごころつく前から柔術の道着を着て、道場で父や兄達の戦う姿を目に焼き付けた。


 四歳で本格的な練習に入った。


 子供らしく遊ぶことなど許されない。

 否、遊ぶという選択肢は最初からない。


 グレイザーファミリーに生まれた瞬間から、グレイザー柔術以外の道は無い。

 学校のある日はまっすぐ学校から帰ってすぐ道場へ、朝も晩も寝るまで戦った。

 休日は朝起きてから寝る瞬間まで柔術漬けだった。


 グレイザーファミリーは最強を目指す。


 それがレドの中に刻み込まれたもっとも基本的で太く硬い柱だ。

 小学生の時、既に大学のレスリング部を相手に圧勝。


 ブラジル中のジムや道場で血反吐を吐き、吐かせながら勝利を積み重ねた。


 そして一九歳の時、兄達と一族最強の父を倒し、レドは若くして師範となった。

 一六歳から始めたブラジルNVTでは二〇〇戦無敗。


 レドは間違いなく『最』『強』の二文字を欲しいがままにした。


 だがそれはあくまでブラジル最強。

 違う。

 真の最強とは、誰にも負けない事。

 アメリカにも、ヨーロッパにも、アジアにも、そして世界にも、故に、


   ◆


 ガードの上から朝守成をメッタ打ちにしながらレドは叫ぶ。


「前大会は運悪く故障で出場できなかったが、今回は俺が優勝させてもらうぞ! そして最強の名を!」


 朝守成のガードをすり抜け、強烈なボディブロウが朝守成のストマックを打ち抜いた。

 体重差だろう。

 朝守成の細い体は人形のように吹っ飛んで、朝守成は地面に着地したが距離を取ったまま攻めようとしない。


「防戦一方だな。だが所詮それがお前の限界だ。かきむしるような勝利への執念が無い! 理想が無い! 渇望がない! 俺は違う! 生活の為に、人生の為に戦うのではない! 戦う為に人生を使っているのだ! 趣味や遊びや仕事として戦うお前ら如きが俺に挑むなど愚かにも程がッッッ――」

「あんたうっさいわよ」


 朝守成なの飛び蹴りがレドの顔面を打ち抜いた。

 観客が絶句する。

 朝守成とレドは五メートルは離れていた。

 朝守成は助走無しで、一歩で、一跳躍でレドの顔面に蹴りを入れたのだ。

 のけぞったレドの顔が戻って来る。


「っ、そんな距離から放った蹴りが効くか!」


 レドの右ストレート。

 朝守成は左手でつかみ取って、握力で握り込んだ。


「~~~~~~!?」

「拳を握りつぶされた経験ある?」


 レドは左ストレートで朝守成の顔面を殴り逃げようとするが、朝守成は額で拳を撃墜。

 レドは苦悶に顔を歪めながら左手を素早く引いた。

 朝守成はレドの右拳を離して、睨む。


「あんたさぁ、義務付けられないと最強を目指すことすらできないの?」

「何?」


 レドの顔が怒りで歪む。

 朝守成はコスプレ衣装を脱ぐ。


「最強の血族だかなんだか知らないけどさ、最強を義務付けられただの最強を背負うだの、あんたは最強になれって言われたから仕方なく目指しているだけじゃない。そんないやいや目指すものになんの価値があるのよ!?」


「ッ、そ、そうではない! 最強を義務付けられた環境によって自身も最強を目指すべきという思想と理念を持って」


「最強なんてのはね! 好き勝手生きていれば後から勝手についてくるもんなのよ! 強い奴と戦いまくって勝ちまくっていたらまわりが勝手に呼んでいた! 最強は目指すものじゃない! 最強の方からやってくるのよ! 最強なんて目指している時点であんたは負け犬よ!」


「黙れぇ!」


 レドが左ハイキックを放つ。


「あたしは最強なんて義務付けられたことなんてない!」


 朝守成のハイキックがレドのスネを叩き潰す。

 レドの右ストレート。


「大好きなお爺ちゃんやお兄ちゃんとじゃれあいたくて甘えていたら勝手にこうなった!」


 レドの右ストレートを、朝守成は右ストレートで崩す。


「あたしの三倍は強いお兄ちゃんは最強じゃなくて、大好きな彼女さんを守る為に鍛えていたら最強になっていた!」


 レドが袖を掴んできたので、朝守成はレドの手首をつかんで地面に叩きつけた。


「お爺ちゃんはお婆ちゃんを守りたくて戦場を素手で無双し続けた!」


 倒れるレドを蹴りあげて、宙に浮いたレドへ、朝守成の猛撃が始まる。


「最強なんて重たいもの背負っているあんたにあたしは負けない! あたしは何も背負わない! 大好きなお兄ちゃんをこの腕に抱き締めれば、最強のほうからあたしの背中に宿るわよ!」


 朝守成の連続パンチ、と言えば単純だが、そんなちゃちなものではない。


 一発一発が羅刹の奥義、劣化番鬼林であり鬼風であり鬼山。


 脱力した筋肉の爆発力に任せて全筋肉が同時駆動しながらインパクトの瞬間だけ全関節を固める。


 それを、一発限りの大技では無く、連射している。


 レドの全身の皮膚が裂け、肉が潰れ、血管が千切れ、骨がヒビ割れる。


 最後の置き土産とばかりに朝守成が放った右拳がレドの胸骨を砕き割って、レドの長身がリングの壁までぶっ飛んだ。


 衝撃だけで壁にめり込むレド。


 白目を剥いて、体は痙攣すらしなかった。


『勝者! 桐生朝守成選手でーす♪』


 拍手喝采の客席に手を振り、嬉しそうに跳び跳ねる朝守成。

 VIP席では礼奈が驚きながらも、すごいすごいと拍手していた。

 最強女子高生桐生朝守成。


 三回戦進出。

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