第80話 品種改良

 品種改良。


 人間が自分達にとって都合のよい品種を作る為に、とある特徴を持った個体同士を掛け合わせる行為だ。


 馬の走るスピードはせいぜい時速五〇キロ。

 だが足の速い馬同士だけを駆け合わせ続けた結果、現在競走馬は時速七〇キロで走ることができる。


 だが、服部家はまだ日本に文字もない頃から、人間の品種改良を行って来た。


 嫁入り婿入り基準は、運動能力と免疫機能、そして特異体質性。

 勘違いしてはいけないのは、体格ではないこと。

 事実血族の最高傑作である現当主服部半蔵の身長は一七五センチだ。


 身長は高いとリーチが長くなる分、小回りが効かず、懐に潜り込まれると弱いという弱点がある。


 服部家が服部の名を持つ前から、彼らが行って来たのは身長や体格に恵まれたものではなく、


 運動神経、反射神経、動体視力に優れた者。

 瞬発力、柔軟性、心肺機能に優れた者。

 抜群の戦闘センスを持つ者。

 病にかかったことが無い者。

 極端に五感の優れた者。

 傷の治りが異様に早かったり、寝なくても平気だったりする者。

 

 との交わりである。


 二千年。


 競走馬であるサラブレッドの歴史の一〇倍の長い時を、服部家は品種改良に費やしてきた。


 品種改良の名の通り、まさしく別の品種。


 忍者の過酷な修業以前の問題。


 鍛えるベースとなる素体の質が人類とは雲泥の差だ。



 生まれながらに半蔵が持つ運動能力。


 筋力、瞬発力、柔軟性、肉体強度、持久力、運動神経、反射神経、動体視力、空間認識能力、戦闘センス、判断力。


 その全てが人類、ホモ・サピエンスの個体差ではなく、別生物差レベル。


 チーターがウマより速いように、牛が鹿よりも力強いように、


 もはや白人黒人黄色人種でもない服部という名の品種、人種、というよりも、ホモ・サピエンス以外の、あらたな霊長類であるかのような…………


   ◆


 刺突が蔵人の喉を裂いた。

 血におぼれる蔵人へ、半蔵告げる。


「関係無い」


 半蔵の右ボディブロウで、蔵人の胃が裂けた。


「ぐあぁっ!」

「そして興味が無い」


 落ちるハイキックで、蔵人の肩の骨と筋肉、鎖骨を潰した。

 崩れ落ちようとする蔵人の首を右手でつかみ、九〇キロの体を片手で持ちあげた。


「貴様が何の為に戦おうと何を背負っていようと、例え地球の運命を担っていようと私には関係のないことだ」


 首の骨がヒビ割れる。

 地獄の苦しみにもがきながら、蔵人は半蔵の顔を殴り続ける。だが半蔵は一顧だにしない。


「貴様を殺した後で」


 蔵人から手を離し、落ちる前に左ジャブが蔵人の胸板を叩いた。


「私は地球と共に滅びよう」


 打撃ではない、神経へショックを与える、浸透撃。

 今の一撃で蔵人の神経は誤作動を起こし、心臓発作を起こした。

 心肺停止。

 遺体には目もほくれず、半蔵は背を向けてリングから立ち去った。


『!? 医療班早く! 今の試合は半蔵選手の勝利です! AED用意! 早く!』


 宇佐美の悲鳴じみた叫びも無視して、半蔵は影の中へと溶け込んだ。


   ◆


 VIP席で、礼奈は震えられず、ただ青ざめた。


「え? ねぇ羅刹……あの人」

「死んだな」


 絶句する礼奈に、羅刹は続ける。


「でも生き返るだろう。死拳は相手を心肺停止させるけど、戦国時代と違って現代医療なら三〇分以内に処置すればまた心臓を動かせる。ただし、今この瞬間は死んだし、今も死んでいる。半蔵は人殺しをした、その事実は変わらないよ」


 淡々と語る羅刹に、礼奈は肩をつかんだ。


「何冷静に語ってるのよ! 人が死んでいるのよ! これ格闘技でしょ!? 試合でしょ!?」

「ああそうだ、格闘技の試合だ。でもな、戦うって言うのは、死ぬかもしれないって事なんだ。NVT以外のスポーツかされた競技でも、ただのスポーツでも、事故で死ぬ人はいるしな。死にたくなかったら格闘ゲームでもやっていればいい」


 羅刹の達観した瞳に、礼奈は寒気を感じる。


「いつか死ぬかもしれない、俺らがいるのはそう言う世界だ」


 固唾を吞んで、礼奈は問う。


「なんで、そこまでして戦うのよ……」

「理由は人それぞれ、でも、俺の場合はどっちが強いか気になるから、ただそれだけだよ」

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