第15話 魔獣VS神龍
ある時、カナダ北部の森で、シベリアトラが目撃されたという情報が入った。
ユーラシア大陸北部にしかいないシベリアトラが、北米大陸で発見されたとなれば大発見だ。
フューリャー・ファクトリー社は家電メーカーだが、捜索隊のスポンサーとなり資金を出した。
だが、捜索隊が発見したのは、シベリアトラの死体だった。
それも一頭二頭ではない。
合計六頭のシベリアトラが全身の骨を砕かれ、内臓を喰われているのだ。
シベリアトラは地上最大のサイズを誇る、最強のトラだ。
シベリアトラを殺せる生物など、まして六頭を殺し捕食する生物など存在しない。
さらに奇妙なのは、その死に方だ。
縄張り争いで殺し合った可能性もあったが、六頭の死体はどれも爪や牙ではなく、打撃や加圧による骨折が認められた。
捜索隊はさらに北へ、北へと捜索範囲を広げた。
すると、シベリアトラ以外に、肩高二三〇センチ、体重八〇〇キロにもなる地上最大最強の鹿、ヘラジカ、そしてそのヘラジカを捕食するヒグマの死体が発見。
全て殺害方法はシベリアトラと同じ。
加えて、喰われた腹を調べると、その歯型は動物の専門家でも知らない未知のものだった。
そして捜索隊は魔獣に遭遇した。
カナダ北部、北極圏に近いその場所で……
『■■■■■■‼』
地上最大最強のクマであると同時に、地上最大最強の肉食動物。
ホッキョクグマを蹂躙する人型。
身長四メートル。体重八〇〇キロのホッキョクグマを殴り、蹴り、投げ飛ばし、地面に叩きつけるソレに、ホッキョクグマは渾身のブロウを顔面に叩き込んだ。
普通の熊でもパンチ一発で牛の首をへし折る。
それが最大のクマ、ホッキョクグマとなれば、その威力は……
『■■■■■‼』
魔獣は気にした様子もなく、ホッキョクグマを張り倒し、マウントポジションで殴り続けた。
殴って。
殴って。
殴って。
殴り続けて、ホッキョクグマが動かなくなると、魔獣は勝利の咆哮を上げて腹を裂き、内臓を喰らい始めた。
のちに彼はファングと名付けられ、フューリャー・ファクトリーの世界大会用の隠し球となる。
◆
VIP席で、イリスが声を張り上げる。
「やっちゃえファング!」
イリスの声援に反応して、ファングが咆哮を上げ、李羽に向かって跳躍。
全速力で跳びかかった。
「……化物め」
李羽は冷静にバックステップ回避。
距離を取る彼に、ファングが再び突進。
李羽は呼吸を整え、拳を構えた。
「まさか一回戦からこれを使う事になるとはな……」
『■■■■■■‼』
「喰らえ! これが浸透頸だ!」
突進しながら振り下ろされたファングの爪を回避。
懐に潜り込んだ李羽は、ファングの腹に鉄拳を叩き込んだ。
浸透頸。
エネルギーの爆発点をズラす技術だ。
いわゆる並べたレンガを殴り、一枚目は無傷なのに三つ目や五つ目だけを破壊するというものだ。
オカルトや超常現象ではなく、これは純粋な技術。
衝撃を物質の奥に浸透させ、そして破壊力を発揮するのだ。
これを人体に使えば、強靭な筋肉や堅牢な骨を無視して、敵の内臓にダメージを与えることが可能となる。
格闘家には数少ないが、熊殺しや虎殺しがいることを李羽は知っている。
だから、猛獣の力が通じない達人用に用意していた奥義だ。
が……それが致命傷となるのは常人の話。
「!?」
李羽の拳はファングの腹筋の強度に潰され、走行を止めないファングのボディにはね飛ばされて、李羽は再び宙を舞った。
リングの壁にぶつかり体重を預ける李羽の胸を、ファングのスイカよりも巨大な拳が激突する。
「 」
李羽は声も上げられずに意識を飛ばされた。
彼のアバラと胸骨は全て粉々に砕け、内臓を傷つけた。
『し、試合終了! 勝者ファング選手ぅ!』
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼‼』
「ファングやったー♪」
我に返った観客が歓声を上げると、VIP席からイリスがリングに飛び下りた。
ソレを見たファングは慌てて駆け寄りイリスをキャッチ。
天使のように笑う彼女を、自分の首の上に乗せた。
「えへへー♪ ファングすごーい。やっぱりファングは最強だね♪」
幼女に頬をぺちぺちと叩かれ、ファングは食事を終えたライオンのように上機嫌だった。
喉の唸り声に、わずかな甘えを感じる。
李羽の浸透頸が不発だったのか? ソレは違う。
身長三メートル体重六〇〇キロ。野性の中で育った野性児ファング。猛獣として生きる彼の内臓強度は、常人のソレを遥かに凌駕する。
浸透させねばならぬ筋骨の厚み、そして内臓強度が今大会一位のファング以外の選手ならば、浸透頸の一撃でKOできたろう。
ただ一つ、李羽が不運だったのは。
相手がファング。かの魔獣だったことだ。
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