第13話 神龍

『大会ルールは以上になりまーす。それでは皆さん、ついにお待ちかね♪』


 東京ファイティングドーム。


 その第一ドームのアリーナにリングは無い。


 アリーナは同時に複数の試合ができるよう、いつもは野球場のように広い場に複数のリングを設置する。


 だが今日だけはただ一試合の為だけに使う。


 アリーナの中央に直径五〇メートルの円ができるようにして壁を作り。



 その外側には壁の上から選手達を見下ろせるよう特設座席を用意。


 ドームの階段席が選手をぐるりと取り囲むようにして見下ろしている。


 アリーナの競技スペース全てがリング。故にリングアウトは無い。

 一〇万人の観客が熱狂する中、リング中央のバニーガールがマイク片手に拳を突き上げる。


 肉感溢れるセクシーな体が持つ爆乳とヒップが揺れて、露出過多な衣装が今にもハチきれそうだ。


『これより第三回! NVT世界大会一次予選第一試合を取り行いまーす!』


 VIP席では今回も華奈、礼奈、好美、そして出番がまだ先の羅刹が観戦している。


 周囲の客が試合開始に湧き上がって、好美と礼奈は圧倒されてちょっと驚いてしまう。


「ね、姉さん、知識としてはしっていたけど、NVTって本当に人気なのね……」

「NVTファンは世界に一億人と言われているもの。このくらいは当然よ。それと、視聴率は毎回五〇パーセント以上よ」

「「すご……」」


 礼奈と好美はそろって口を開けたまま閉じなかった。


「社長。オッズはどうなってますか?」


 羅刹の問いに、華奈は携帯電話を取り出した。


「えーっと、チャイナ通信が一・二倍でフューリャーが三倍ね」

「え、NVTって賭け試合なの!?」


 礼奈が驚きの声を漏らす。


「いえ、NVT協会じゃないわ。アメリカにあらゆることを賭けごとにする会社が元からあるのよ。それこそ明日の天気からNASAが来年宇宙人を捕まえるかどうかって事までなんでもね。世界人気ナンバーワン競技のNVTの試合結果も当然、その範囲よ。と言っても今じゃ一般化しすぎてドームの中に券売所があるし。実質公式のようなものよ」

「あたしさっき買ったよ」


 好美が、馬券のようなものを一枚見せる。


「呼びこみのお姉さんの話を聞いておみくじがわりにいいかなって、最低額の一〇〇円」

「どっちに賭けたんだ?」

「直感でフューリャー」


 その時、セクシーなバニーガールが声を張り上げる。


   ◆


『それでは選手入場です!  四〇〇〇年の歴史が牙を向く! 人間如きが熊や虎に勝てるか! 中国拳法象形拳の達人が人間狩りを始めるぞ! 中国企業! チャイナ通信システム社代表! 身長一七一センチ、体重七〇キロ! 神龍! 李羽選手!』


 カンフーパンツにチャイナ服姿の中年男性が会場に姿を現す。


 チャイナ服を脱ぎ去ると、その下に鍛えこまれた体が姿を現した。


 白人プロレスラーとは比べるべくもないが、格闘家としては細身ながらその筋肉は実用的なソレである。


 加えて彼の鋭い眼光は反対側の選手入場口を見据え、早くもこれから相手にする敵を威嚇していた。


 李羽は口元を緩める。


 今日もまた、自分の犠牲者が生まれる。



 李羽。

 中国拳法形意拳の中の象形拳を得意とする拳法家だ。


 象形拳。

 それは動物の力を会得する技術。


 力強い熊の構え。

 勢いのある虎の構え。

 自然界において、あまりに脆弱な人間が不自然に体を鍛え、強者になろうとするならば、最強の強者たる猛獣から学ぶは当然の摂理。

 李羽は象形拳で、中国国内であらゆるカンフー大会を総ナメにしてきた。

 中国NVTでも敗北は無かった。

 そしていつも敗者を見下して言うのだ。


「人が猛獣に勝てるとでも思ったか!」

 と。

 李羽も、格闘技の強さは認めるが、人が人をやめない以上、自分に勝てる筈がない。


 自身に満ちた不敵な笑みで、李羽は悠然とその場に佇んだ。


『続きまして! 魔界のコキュートスからやってきたサタンの愛犬! 主食はヘラジカとホッキョクグマ。カナダ企業! フューリャー・ファクトリー社! 今大会最大体格!』

「?」


 李羽は、入場口の奥で蠢くソレに気が付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る