第12話 リングネーム

 羅刹が幼い頃。


 小学校の遠足で動物園に行った時、好美はパンダの可愛さにはしゃいだが、隣で羅刹は言った。


「好美ぃ、パンダってクマに似てるよな、どっちが強いんだろ? ていうかクマってライオンより強いのかな?」

「え? ひゃ、百獣の王なんだからライオンさんじゃないのかな?」

「でもたぶん象のほうが強いよな?」

「う、うん、象さん大きいし……」

「あーあ、象倒したら気持ちいいんだろうなぁ……」

「もう、せっちゃんてばいつもそればっかり。どっちが強いだろうとか倒せないかなぁとか、他に気にする事無いの?」

「だって気になるじゃん。どっちが強いんだろうって……」


   ◆


 本戦当日、開会式前、羅刹、華奈、礼奈が揃う選手控室にて。


「凄いものね……」


 普段は社長業をしている華奈が、羅刹を前に感嘆の声を漏らす。

 羅刹は今、黒いアンダースパッツと赤いラインが入った白いファイトショーツ姿だ。

 何に驚いているかというと、


「初めて会った時は餓死寸前だったミイラ男君が、今じゃ平均男子よりふたまわりは太い手足。それでも格闘家としては細身だけど、スピードとテクニックが売りのソリッドファイターなら問題ありませんわ」


 頼もしい大胸筋、六つに割れた腹筋。

 決してがっちりした柔道体型やゴリマッチョではないが、ギリシャ彫刻のように鍛えこまれ引き締まった肉体は、男女問わず惚れ惚れしてしまうだろう。

 礼奈も、ちょっと頬を染めてから煩悩を振り払うように顔を振った。


「あ、あんた体重は?」

「六五キロちょうどだ」


 華奈が頷く。




「選抜の時はバンダム級だったのに、フェザー級とライト級を跳んでウエルター級? 本当に驚くべき成長力ですわね」

「お宅の商品を毎日たべているからね」

「あら嬉しい」

「俺が優勝すれば、会社は立ち直って、俺は旗大路フーズの選手として雇い続けてくれるんだろ?」

「それはもちろんよ。逆に羅刹君がすぐ負けたら私達も貴方も終わりよ」


 ほほ笑みながらおそろしい事を言う華奈。

 だが羅刹も笑顔で、


「だな」


 と返す。


「って、あんた本当にちゃんと解っているんでしょうね!?」

「解ってるって、それより好美は?」

「あの子ならお手洗いに行っているけど、迷子かしら?」


 そこへ、好美が悲鳴をあげて駆けこんで来る。


「せっちゃんせっちゃん!」

「どうした好美?」


 好美は青ざめた顔で冷や汗を流しながら跳びついて来た。


「きょきょ、恐竜! 恐竜がいたよせっちゃん!」

「……お前緊張で頭おかしくなったか?」

「本当にいたの!」


 羅刹は、怯える好美をあやしながら首を傾げた。


「頭が天井まであって四足歩行で口に牙が並んでいて」

「きぐるみのマスコットじゃないのか?」

「違うもん!」


 ドアがノックされたのはその時だ。

 メガネをかけた若い女性が入室してくる。


「失礼。大会運営の者ですが、羅刹選手のリングネームがまだ届けられていないのですが」

「リングネーム?」

「ええ、天城選手はこの大会がデビューですから。まだリングネームがありません。何がいいですか?」

「何でもいいのか?」

「天城さんは実績がないので、あまり大仰なものはダメです。NVT協会が許可しないと思うので。名前が羅刹だからって鬼神とかはダメだと思います。逆に大した名前でなければ私が承認できます」

「ふーん、じゃあそうだなぁ……」


 羅刹の脳裏に、両親が死んだことを悲しむ社長令嬢、礼奈の顔が思い浮かんだ。


「旗大路フーズの選手だし、健康食品だけ食べてるし――――でお願いします」

「はは、ユニークなお名前ですね。じゃあそれで」


 メガネのお姉さんは、子犬を見るように笑ってから退室した。

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