第7話 トーナメント 代表者選抜大会!
NVT世界大会、代表者選抜大会当日。
東京ファイティングドーム。
敷地面積は東京ドーム九つ分。
あらゆる格闘技の試合が可能なそこに、世界中から一〇〇〇人以上の選手が集合していた。
大会本戦もここで行われるが、今日はあくまで選抜大会だ。
まだ本戦に参加する選手を決める選抜大会なのに、一〇万人を収容できる客席は満員御礼。
礼奈、華奈、羅刹、好美はアリーナに来ているが、庶民の好美はぽかんと口を開けたまま辺りをきょろきょろ見回した。
「すっごーい。NVTって本当に人気なんだね」
その反応に礼奈が呆れる。
「貴方、このご時世にNVTに疎いとか本当に現代っ子?」
華奈が、礼奈の肩をぽんと叩く。
「礼奈、好美はNVTじゃなくて羅刹君にしか興味ないから」
当の羅刹は肝が据わっていて、少しも緊張した様子は無い。
好美と違い、落ち着いた様子であたりを見回す。
「へぇ、流石に強そうな連中が揃ってんじゃん」
アリーナには前後左右どこを向いても屈強な男達で埋め尽くされていた。
スーツ姿に身を包んだビジネスマン風の人達は、選手を雇っている会社の社長やマネージャーだろう。
羅刹達も、選手は羅刹達で雇い主が華奈と礼奈。好美は付き添いだ。
「Jブロックの方はこちらへ集まってくださーい」
「俺だ、じゃあ行って来るよ」
好美達に背を向ける羅刹。
その腕を、礼奈がつかんだ。
「天城羅刹。言っておくけど、あんたも知っての通り。この大会には旗大路フーズの社運がかかっているんだからね。負けちゃいましたは絶対のぜぇったいに通じないんだからね。死んでも勝ちなさいよ! ていうか負けたらあんたは解雇。ホームレスに逆戻りよ!」
礼奈は危機迫る顔で声を荒げる。
だが羅刹は、
「解ってる解ってるって」
と、軽く流して、口調と同じく軽い足取りで係り員の元へと行ってしまう。
「もう……本当に大丈夫かしら……」
◆
「ねぇ礼奈ちゃん。選抜大会ってどういう仕組みなの?」
観客席の中のいわゆるVIP席。
選手の雇い主など関係者しか座れない席で、好美は礼奈に尋ねた。
好美の右隣に礼奈が座り、礼奈の右隣に華奈が座っている。
「あんた知らなかったの? まぁいいわ。ええっとね……ええっと、姉さん、解説お願い」
「ふふ、しょうがないわね」
華奈は優しく笑って、礼奈の頭をなでた。
「まずA‐1からD‐2まで三〇のブロックに分かれて小さなトーナメントをします。各ブロックの優勝者は本戦出場権を得ます」
「あれ? でもそれだと凄く強いのにもっと強い人に当たっちゃって本戦に出られない人が出ちゃうんじゃないですか?」
好美は、頭上に疑問符を浮かべて首を傾げる。
「当然、その対策もされていますわ」
華奈は解説を続ける。
「まず各選手の戦歴から優勝候補とそうでない人に分け、優勝候補は同じブロックにならないよう、各ブロックに一人ずつ振り分けます。つまり各ブロックは優勝候補一人とそれ以外の選手で構成されているのです」
「出来レースってこと?」
「ええそうね。でも、発参戦の選手で有望な人がいるかもしれない。だから各ブロックの優勝者と互角の戦いをしたり、審査員が前の試合での消耗が無ければ勝っていた、と認める強者は、優勝できなくても本戦出場権を得ます。なのでNVTの世界大会の参加者数はいつも、トーナメントなのに三二人や六四人にならず中途半端な数になります」
「じゃあトーナメント出来ないんじゃないですか?」
「ええ、なので毎回、かなり変則的なシード選手や逆シード選手を作った歪なトーナメント表ができてしまうんです。美しくありませんわね。おや、始まるようですわよ」
華奈が呟き、礼奈と好美の視線はJブロックのリングに向けられた。
客席の眼下には、六つのリングが並んでいる。
NVTのリングは、周囲には何もない。
ロープ、鉄柱、ポスト、金網。
そういった類のものは全て撤去されている。
故に、選手の戦いが良く見える。
観戦のしやすさを追求したリングに誰もが熱い視線を送る。
客席は熱気に包まれ、本戦かと思うほどの声援やヤジを飛ばしている。
『日本、旗大路フーズ代表! 身長一七〇センチ、体重五三キロ。そして今大会初登場! 天城羅刹選手ぅううう!』
司会者のコールと同時に、短パン一枚姿の羅刹がリングイン。
相手選手はポルトガルの白人ボクサーだ。
体格から、どう見てもヘビー級はあるだろう。
いや、司会者の説明で、体重が羅刹の倍であることが解った。
「せっちゃんがんばれー!」
「あーもう本当に大丈夫かしら羅刹の奴……」
そわそわと落ち着かない様子の礼奈。
そんな彼女の肩を、華奈が抱き寄せた。
「ね、姉さん?」
「聞いた礼奈? 羅刹君の体重」
「え?」
わけがわからない、と言ったようすの礼奈。
華奈は続ける。
「彼をスカウトした日、彼の体重は四〇キロ。ボクシング最低階級のミニマム級だって四七キロなのに……それが僅か十日、いえ、実質九日で一三キロも体重を増やして、今じゃフライ級を飛ばしてバンダム級の体重だわ。なのに体脂肪率はたったの六パーセント。昆虫みたいに頼りなかった手足が、今じゃ平均的な男子くらいの太さがある」
華奈の目が細まる。
その表情からは、まるで女帝のような凄身を感じる。
「どれほどの食事と運動、いえ、消化吸収能力と成長力ポテンシャルがあれば毎日一キロも筋肉を増やせるのかしら……もしかすると私達はとてつもない拾いモノを……」
「…………」
礼奈の視線が、再び羅刹に返る。
『試合始めぇ!』
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