第8話 代表者選抜大会優勝!

『試合始めぇ!』


 同時に、試合開始のゴングが鳴った。


 相手ボクサーが一瞬で間合いを詰めながら、ジャブとストレートの嵐を浴びせて来る。


 羅刹は表情を変えない。


 相手のパンチ全てを体捌きだけで完全にかわし切っていた。


 二〇秒ほどそれが続いて、羅刹が試合を終わらせた。



 相手ボクサーがややおおぶりなパンチをしようと右肘を引く。


 同時に羅刹が強烈な左ローキックで、相手の左内股を叩き潰した。


「ッッッ!!?」


 半分の体重しかない羅刹のローキックでボクサーは悶絶。

 左足が浮いてバランスが崩れたボクサーのアゴを、間髪いれず羅刹の前蹴りが打ち上げた。

 ボクサーは白目を向いてリングにキスをする。


「審判、俺の勝ちでいい感じ?」


 呆気に取られていた審判は、羅刹に言われてから我に返った。


「し、試合終了! 勝者、天城羅刹選手ぅ!」


 相手のボクサーはそれなりに実績のある選手だったのだろう。

 ニューヒーロー爆誕、とばかりにJブロック近くの客席が湧きあがった。

 礼奈は目を丸くして固まってしまう。


「すご……あれ、でもあいつ打撃技を……」

「あ、せっちゃん元から打撃が多いよ」


 好美に言われて、礼奈は首を回す。


「でも私を不良から助けた時は投げ技で」

「餓死寸前だったから、燃費のいい技使ったんだね。礼奈ちゃん、せっちゃんの天城流古武術知らないなら、たぶんおもしろい試合が見られるよ」

「え?」


 羅刹の快進撃は続いた。

 二回戦 正拳突きでKO勝利。

 三回戦 一本背負いでKO勝利。

 準決勝 シャイニングウィザードでKO勝利。

 決勝戦 回転肘打ちでKO勝利。


『Jブロック優勝は天城羅刹選手ー! なんと全試合を一分以内に終わらせてしまいました! これは本戦も期待です!』


 観客達からの惜しみない拍手と声援。

 羅刹は笑顔で手を振りながら、


「どうもどうも、いやどうも」


 と応える。

 礼奈は魂が抜けたように呆けていた。


「礼奈ちゃん戻ってきてねぇ」


 好美に肩を揺さぶられて、礼奈はハタとする。


「えと、あの、その、ほら、羅刹のアレは」


 なんと言えば良いのかわからないまままくしたてる礼奈。

 好美はまぁまぁと手で押さえながら説明する。


「最初のローキックとキックボクシング、前蹴りと二回戦の正拳突きは空手。三回戦の一本背負いは柔道。準決勝のシャイニングウィザードはプロレス。決勝戦の回転肘打ちはムエタイの技だよ。あのね、天城流古武術、正式名称天城流合戦葬殺術は伝統が大嫌いな体質で、常に新しいものと進化を求めるの」


「新しい、進化?」


「ようするにこの世のあらゆる武術の実戦的な技だけを取りこんで改良して完成させて自分のものにしちゃうの。柔道は投げ中心、ボクシングは突き中心、ムエタイは肘膝中心。どの流派もそれぞれ特色があって、それぞれの分野の一流だけど、その分、使えない教養や演武としての技もある贅肉付きなの」


 好美はちょっと偉そうに、学校の先生のようにして説明する。


「天城流の真骨頂は観察眼。突き、蹴り、肘膝、投げ、関節、寝技の差別なくとにかく実戦的な技は全部研究して、改良完成させて自分のものにしちゃう。別にパクリじゃないよ。元から空手の正拳突きとボクシングのコークスクリューは同じ原理だし、ロシアのコマンドサンボは色々な格闘技を混ぜて作られているから。天城流は他の流派から学んで強くなる、ただそれだけだよ。それに天城流オリジナルはちょっと血なまぐさいから試合向きじゃないしね♪」


「ち、血なまぐさい?」


 好美はほにゃっと笑う。


「だって合戦葬殺術だもん。人差し指と中指で目潰し喉潰し、鼓膜潰しに肘と膝で相手の頭を挟み込んで鎧兜ごと潰す具足割りとか、あと相手の首や肩を捻じ切る奥義で」


「いや、もういいわ」


 礼奈は青ざめて首を振った。


「ふふ、でもね、天城流にはオリジナルで本当にカッコイイ三つの奥義とゲームや漫画みたいな二つの戦闘形態があるんだよ。きっと本戦では、それも見られるよ」


「三つの奥義と、二つの戦闘形態……」


 礼奈は、声援を浴びる一五歳の少年を見下ろす。


 そして思った。


 彼ならば、本当に実家、旗大路フーズを助けてくれるかもしれない。と。


 正直なところを言うと、羅刹をスカウトしたのはその場の勢いが強い。


 羅刹にも説明した通り、旗大路フーズはこの選抜大会に参加申請だけしておいて、当日までに選手を用意せねばならない窮地に立たされていた。


 そんな時、ガリガリの体で不良達を鮮やかに倒す羅刹を見て、反射的にお願いしてしまった感はいなめない。


 だが、そんな土壇場で偶然みつくろった人材に、礼奈は期待を寄せてしまう。


 礼奈の隣で、姉の華奈は真剣な顔で羅刹を分析し、礼奈以上の期待を確信していた。


 天城羅刹。

 彼は、餓死寸前の四〇キロから、九日で五三キロまで増やした。


 これが彼のマックスとは思えない。


 大会本戦は二カ月後。


 もしも彼が、羅刹の体調が万全になったら。



 まだ一五歳の羅刹が今後数年間、じっくりと鍛えたら。


 華奈は、まるで孵化前の恐竜の卵を前にしたような興奮を感じた。

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