第11話 勇気をふりしぼって
ゆっくりお風呂に入り、しっかりと眠った翌日。
ミシェルはこの日、仕事が休みだった。
一晩寝てスッキリして、告白の意欲はますます高まっている。
まずは少しでも勝率を上げるために、キレイになりたい。
そう思ったミシェルは、まず髪を整えるために美容室に向かった。
キレイになりたいんです!! と声を大にして言うと、髪のカットとセットをしてくれて、薄く化粧もしてキレイにしてくれた。
実はミシェルは、二十歳にして初めての化粧でかなり浮かれてしまった。
服も、普段は入らない少し高級なショップに入って、店員の勧めてくれた中で気に入ったものを全て買ってコーディネートし、すぐに着替えた。
そうして最後に、スタンリーにもらったイヤリングを身につける。店の姿見で確認すると、思わず自分で自分に魅入ってしまった。
「とてもお綺麗でお似合いですよ」
店員の女性の言葉がさらにミシェルを勇気づけてくれる。それがたとえ、セールストークだったとしても。
それから遅めの昼食を食べ終えると、ミシェルはどうしても今日中にスタンリーに会いたくなってしまった。
「でも、また出待ちして遅くなったら……怒られちゃうよね……」
どうにか今日中に会う方法はないか。昨日のうちに約束しておけばよかったと思うも、後の祭りだ。
さすがに、また出待ちをしてしまっては呆れられてしまうしまうに違いない。
けれどせっかく綺麗にしたのだから、今日会いたい。会いたいと思うと、それはもう我慢できないほど会いたくなってしまった。
騎士の詰所は王城を拠点として、東西南北の各地区に一つずつある。
おそらく団長であるスタンリーは王城に駐在しているのだろうが、城の中には入れないので、西区の詰所に行ってみた。
スタンリーはいないだろうなと思いながらも、外からこそこそと詰所を覗いてみる。すると、一人の老騎士がミシェルに気づいてニコニコとした笑顔で出てきた。
「何か困ったことでもあったかね?」
「あ、ワトキンさん」
顔見知りがいて安堵する。
「あの……スタンリーさんは……団長は、お仕事中ですよね……」
「今日は西区のイソナストリートの方に用事があって、そのあと巡回がてらここに戻ってくると言っておったよ。今頃戻ってきておるんじゃないかな?」
この西区の詰所まで、おそらくは真っ直ぐ戻ってくるだろう。
ここからイソナストリートを目指して歩けば、出会えるはずだ。
「ありがとうございます、ワトキンさん!」
「ほっほ、がんばってな」
ワトキンはミシェルがなにをするのかわかっているかのように、そんな言葉で送り出してくれた。
どきんどきんと心臓が高鳴る。
見逃さないように探していると、騎士服を着た目立つ二人組が見えた。スタンリーとウィルフレッドだ。
しかし駆け寄ろうと思った瞬間、大きな声が聞こえてきた。
「一目見た時から好きでした! 付き合ってください!!」
ミシェルはその声にぎょっとしながら、二人の前に立ち塞がった女性を見る。
人の往来がある中、なんという大胆さ。今から自分も同じようなことをしようとしているのだが。
やだ、あの人もスタンリーさんのことを……?
どきんどきんと胸を打ち鳴らしながら行方を見守る。しかし彼女はどうやら、ウィルフレッドの方へと告白しているようだ。見る目がないと思いながらも、ミシェルはホッと息を漏らす。
「ごめんね、今、仕事中だから。今度の日曜の午後一時に、ここで待っていてくれたら返事をさせてもらうよ」
ウィルフレッドはそう言って女を追い払うと、先に行っていたスタンリーに合流した。金髪で甘い顔立ち、誰にでも優しいウィルフレッドは、たしかに他の女性から見れば魅力的な人なのだろう。
ミシェルはまったく興味がなかったが。
「まったく、一体何人に告白されたら気がすむんだ。さっさと一人に決めてしまえばいいものを」
そんなスタンリーの声が聞こえてくる。
「僕は独身を謳歌してんの。ってか、あの娘たちも本気じゃないさ。僕とお茶することがステータスで、周りに自慢したいだけなんだよ」
「それなら副団長のお前よりも、団長である俺の方がステータスになりそうだがな」
「スタンリーは近寄りがたいんじゃない? 告白されたらマジにとられちゃいそうだし」
「本気ではないのか?」
「マジな子もいるけど、そうでない子もいるってこと。見分けつかないでしょ、スタンリーは」
ウィルフレッドに言われたスタンリーは、むうっと唸り声をあげている。
「今の女はどっちだったんだ?」
「後者だね。副団長と一緒にお茶したいってだけのやつ。だから日曜にもう一度会う約束をしたんだよ」
「本気の女だったらどうする」
「その場でお断りするよ。角が立たないようにね」
「残酷な男だな」
「変に期待を持たせるより、そっちの方がいいんだよ」
「良い人はいないのか? さっさと結婚してしまえよ、ウィル」
「結婚するなら団長であるスタンリーの方でしょ。団長を差し置いて結婚なんて、なかなかできないよー?」
「気にしなくてもいいんだけどな」
スタンリーは現在三十二歳だ。この国の男の結婚年齢の平均が二十四ということを鑑みると、遅れている方だろう。
「スタンリーこそどうなのさ。結婚に興味ないわけじゃないんだろう?」
「まぁ……同期の騎士が、『うちの嫁が』と照れ臭そうに話しているのを見ると、少し憧れるが」
スタンリーはポリと頬を掻いている。
彼は、結婚というものに前向きなのだ。告白するなら今しかないと、ミシェルは二人の前に躍り出た。栗色の髪をした愛しの人と、その隣にいる金髪の男が、ミシェルの登場に少し驚いたように目をひろげている。
「あ、あの……!」
心臓が爆発しそうになりながらも、勇気を振り絞って言葉にする。
「わ、私と付き合ってください!」
耳が熱くて燃えるのではないのかと思いながら、ミシェルは頭を下げる。
コーヒー色の長い自分の髪がふわりと視界に入り、誕生石のペリドットのイヤリングがぷらんと揺れるのを感じる。
頭を下げたままのミシェルからは、きりりと精悍な顔立ちをしているはずのスタンリーの顔は見えず、不安が襲ってくる。
顔は上げた方がいいだろうか、とミシェルがゆっくり頭を戻した瞬間。
スタンリーは眉間に力を入れ、どこか侘しい顔をしたかと思うと、ふいっとミシェルの横を通り過ぎていった。
「………………あ」
喉から漏れ出てミシェルの声はねずみよりも小さく、誰にも聞こえなかっただろう。
ただただ、隣を通り過ぎていく際の風が、寂しい。
「ミシェルちゃん」
目の前に残っているのは、図書館仲間で副団長のウィルフレッド。その彼が神妙な面持ちで覗き込んできて、ミシェルは慌てて声を上げた。
「あの、えっと……すみません……」
「いや、謝らなくてもいいんだけど、大丈夫?」
はい、と言いたかったが、ミシェルの声は音にならなかった。
全然、大丈夫じゃない。困った顔をされて、無視されたのだ。どうして可能性はあるかもしれない、などと思ってしまっていたのだろうか。
後ろを振り向くと、すでにスタンリーは遠く離れていて。
ぼろ、と涙が出たミシェルに、ウィルフレッドがハンカチを差し出してくれていた。
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