犬の皮を被った狼系幼馴染は朝から激しい

束白心吏

イヌの皮を被ったオオカミ系幼馴染は朝から激しい

「おはよう大和やまと!」

「……んー?」


 寝惚け半分に返事した少年は、声と同時に覚えた腹部への違和感で重たい瞼をゆっくりとあける。

 違和感は別に嫌なものではなく、これを湯たんぽ代わりにもう一寝入りしたい……そんな感想を抱く程に気持ちの良い暖かさをしていたが、段々と腹部にピントが合っていく内に、そのような思考は吹き飛んだ。


「クンクン……」

「お、おい、撫子なでしこ? お腹のニオイ嗅ぐの止めないか……?」

「やっと起きた!」


 話も聞かず──声をかけた時点で顔を上げたので問題はないが──に、撫子と呼ばれた小柄な少女はとても上機嫌に起きかけの大和に抱き着く。


「ちょ、撫子!? 抱き着かないで起きようよ!」

「いやー♪ もうチョットこうしてるー♪」


 大和が抱き着く撫子を振りほどこうと動くたびにギシギシッとベッドから悲鳴のような小さな音が鳴る。それでも脱出せんと大和がスマホの時計に目を向ければ、表示された時刻は朝の6時50分。十分寝ていられる時間だった。


「……7時までだぞ」

「──! うん♪」


 なんだかんだで自分も嫌でないし、時間も多分にある。少しくらいなら……と邪念が過った時には、大和の口からはそんな言葉が紡がれていた。

 しかし彼はこの時、とても大事なことを忘れていたのだ。男児なら誰もが通る朝の洗礼。今でこそセーフであるがキてしまう……それには大和も言ってすぐに気が付き、先の発言を後悔までもしたが遅かった。

 そう──


「(ヤバいが……っ)」


 ──である。


 大和とてしっかりと思春期の男児。朝は勃ってしまうもの。いつもなら忙しくて気にしもしないのだが、今日は余裕もあったため意識してしまい、大和のヤマトはピクリと、その根本から少しだけ揺れ、を始めかけた。


「(おおおお落ち着け本庄ほんじょう大和やまと17歳! 今はイケぬ! イケぬのだぁぁぁ!)」


 心の中で自制を心掛ける大和だが、視線が胴体に頬ずりする幼馴染に向いてしまう。

 朝日に照らされて艶やかさを際立たせている黒髪に、少し頬を赤く染めてなんとも嬉しそうに口角を上げている長年見て来た大和の目から見ても可愛らしい小顔。そして何より大和の理性を崩さんとしているのは、制服越しに大和の胴体で押しつぶされている乳房であった。

 撫子の豊満な乳房──俗にいう『おっぱい』──は服越しでも動くたびに形が変わるのを認識できるくらいにはデカい。触角からの情報でも大変なのに、男の性に逆らえずに見てしまった大和の大和はすっかり臨戦態勢に入っていた。


「(治まれ……治まるのだ我が息子! その波〇砲は消えぬ傷となること必須ぞ!)」


 しかし治まる気配は一向にない。寧ろ強くそちらに意識が向き、心なしか更に硬くなったようだ。


「そ、そうだ。こういう時は円周率を数えよう! 3.141592653589──」

「クンクン……どうしたの大和?」

「──ん、んー? 何でもないぞ?」

「ふ~ん?」


 無意識に呟いてしまい、ニオイを嗅いでいた撫子が顔を上げたが、咄嗟に誤魔化せたと大和は静かに息を吐いてスマホの時計を見た。時刻は6時53分。一分が永遠にも思える大和には、指定した7時は果てしなく感じ、渋々撫子に話しかけた。


「撫子。胸、揺れてる」

「だからなぁに~?」


 撫子は気にした様子もなく大和の胸に顔を当てている。

 気にするだろうと思って指摘した大和だが、あまりにも素っ気ない反応に戦慄を隠せず、呆然としてしまった。

 しかしこの指摘をしたが故に、撫子も『違和感』に気づいてしまった。


「あれ? お尻に硬いものが……」


 撫子はニオイを嗅ぎながらフニフニと当たっている異物に触れる。


「(ば、バレてるぅぅぅ!)」


 大和の顔は青くなっていた。このままでは襲うか撫子と疎遠か──大和は後者の可能性の方が高いと思ってる──の瀬戸際に立ってしまう。もしこれで襲えば近日親バカ父モンスターペアレンツに襲われ、疎遠になれば風評被害もあるだろう。

 この危機から逃れるために、大和の脳細胞は一つの答えを導き出した。


 それは──『戦略的撤退』。


 朝勃ちについて説明し、撫子を部屋から出す──これにより大和の羞恥心は致命的なダメージを受けること必須だが、風評被害を受けるよりはマシだと考えた。


「じ、実はだな「もしかして、私で性的興奮をしてるの!?」──へ?」


 大和が説明を始めるよりも早く撫子は顔を近づけ食い気味にそう迫る。

 普段なら可愛いと思える濡羽色の瞳には力強い意志が宿っており、大和は魅入られたかのように視線を外せないでいた。

 さすがに大和の予想外の事態だ。真っ白な頭では何も考えられず、遂に痺れを切らした撫子が行動するまで止まったままであった。


「ねえ、どうなの大和?」

「あー、えーっと……」


 再びそう聞かれて、大和の思考は回転を始める。

 ──どう答えるのが正解なのか……わからないが、少なくとも撫子は俺のことを憎からずと思っているのは確か──彼女の性格からするとを仮定して、大和は戦慄した。

 大和は推測してし、悟ってしまったのだ。即ち、『肯定しても死。しなくても死』の瀬戸際に立たされたことを。

 彼の考えでは、ここで肯定しようものなら即座に撫子に襲われるとでた。逆に否定しようものなら誰彼構わず興奮する変態の異名と娘大好きパパンモンスターペアレンツからの往復は免れない──

 大和の理性は肯定しようと判断を下す。しかし倫理観の厳しい大和はそのようなシチュエーションを認められず、されど興奮したのは事実であるから否定も出来ないため、思考の迷路に陥っていた。


「無言は肯定ってこと……だよね?」

「え──」


 しかし大和の思考は、蠱惑的な笑みを浮かべた撫子に押し倒されたことで無残にも粉々になり、現状把握も出来ず混乱し始めた。


「嬉しいなぁ……大和興奮してくれてたんだ」


 馬乗り状態の撫子は確信を以て、大和にもギリギリ聞こえるくらいの声量で呟く。

 もともと、撫子は彼が平生でないことはわかっていた。具体的には、いつもの彼なら注意と共に、更に「女の子がそんなはしたないことしてはいけません!」と怒るところを押し黙ってしまった時点で分かっていたのだ。


 それも気づかず、ただこれから襲われることが確定したと察した大和は、どうにか逃げられないかと交渉を開始する。


「ま、まて撫子! 俺達は高校生だ。間違いを犯すにゃまだ早い!」

「両想いだから間違いじゃないよね?」

「普通にアウトだよ卒業してからやりなさい!」


 それから幾度か言葉のキャッチボールが交わされたが、撫子の引く様子はなく、大和の理性は瓦解寸前。撫子の理性に関してはもう完全に瓦解し、獲物を狙うオオカミのような目で大和を見ている。

 流石にもう会話でも持たないと考えた大和は、己のプライドを守る為、一縷の望みをかけて時計に目をやる。

 枕元に置いているスマホが表示するは──6時57分。

 負けた……完敗だ──と諦めかけたその時、廊下の方から足音がした。

 大和にはこれが、救世主の降臨のように思えた。


「ちょ、撫子!? 母さん来てるからやめろ!」

「む……じゃあ仕方ない──」


 さすがに情事を他人に見られるのは恥ずかしかった撫子は渋々と言った様子ながらも諦めた時、大和の部屋の扉が開かれた。


「ちょっと大和ー、そろそろ起き──ごめんなさいね。ごゆっくり」


 起こしに来た大和の母親は、二人の格好をみてパタンと素早く扉を閉め、今夜は成長を祝ってお赤飯と心に決めた。

 対して、大和の心象は絶叫を上げていた。先程の獲物を狙う狩人のような視線を再び感じたからだ。

 怖いモノ見たさで撫子の方へ視線を向ければ、撫子は理性を宿さない瞳で大和を見ていた。


「───これで邪魔もなくなったね?」

「え、ちょ……アーッ!?」


 逃げ道を失くした大和の情けない悲鳴が朝の住宅街にこだました。

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