嗤う死刑囚にお笑いを

土蛇 尚

笑いの道に嗤う者

「おつかれ様です。今大丈夫ですか?法務省から連絡があって、指定されたそうです」


「え?マジで?あのニュースでやってたやつ?」


『死刑囚娯楽機会提供制度』


 簡単に言えば、死刑が確定した犯罪者に漫才を披露する制度。出来たばかりの制度だ。死刑囚は執行が決まると、自分が好きな芸人を指定する事ができる。人生最後のお笑いを見れるわけだ。

 大手お笑い事務所が法務省に働きかけて、営業をかけて出来た制度。最初に考えたやつは最低だと思う。

 世間からは、お笑い事務所と司法との癒着的だと批判されている。


「そうです。5年くらい前の、四人殺された事件です。当時19歳だったその犯人です。報道もすごかったですし覚えてますよね」


「いやだよ、そんなの。大体俺なんかブーム過ぎてるだろ。もっと面白いやついるだろ。なんで俺みたいな旬が過ぎたのを最後に聞きたがるんだ」


「そんな事ないですよ。マネージャーだから言うんじゃありません。あなたは面白いです。あなたが断れば、代わりに〇〇を指定するって言ってきてます」


 聞いた事ない芸名だった。スマホで検索する。高校を卒業したばっかりでまだ養成所にいる新人だった。ゾッとした。どんな思考をしたら、こんな事思いつくのか分からない。こんな仕事を餓鬼にやらせるわけにはいかない。


 30年ずっとお笑いの道を走ってきた。その先でこんな仕事をする事になるなんて。

 ちなみにこの仕事は受けても報酬はない。人の死に関わって金を受け取るべきじゃないんだと言う。しかし事務所は法務省から金を受け取っている。


 俺は人生で初めて刑務所に来た。人を笑わせる道を進んでたはずなのに、こんな所にくるとは思ってなかった。


 

 対面した死刑囚はまだ子どもみたいな顔をしていた。5年前は19歳だったと聞いてたけど、だいぶ幼く見える。その少年の様な瞳になにか黒い物が淀んでる様に見えた。

 わざわざ笑いに来て、粗を必死に探そうと鋭い眼光を向けてくる客というのは、たまにいる。ステージからでも分かるものなのだ。しかしこんな目を向けてくる客は初めてだ。


「芸人さんネタを始める前に話を聞いてくれる?聞いてくれないなら、新人の芸人さんに今から変えるから」


「ええ、話してください」


「俺、先生になるために大学に行ってたんだ。芸人さん高校中退して芸人になったらしいから説明すると、教育学部ってところで、教育免許を取るために勉強してたんだ」


 わざわざ調べたのか。でも俺はちゃんと高卒だ。仕事が貰える様になってから高卒認定試験を受けたから。芸人でも学歴は必要なのだと、歳をとって気がついた。

 でもこの犯人は普通に高校に行って、普通に大学に行ったんだろ。何故なんだ?


「大学でさ、俺の友達がいじめられてたんだよ。先生の卵達がいじめなんておかしいよな。しかもその様子を見て俺に「お前も笑えよ。面白いだろ」って言ってくるんだ。だから笑えない、面白くないっていじめられてる奴を助けたんだ。そしたら今度はそいつまで加わって、俺をいじめはじめた。だから四人まとめて殺してやった」


 ニュースで聞いていた事とだいぶ違う。事前に彼の話すことは信じないで下さいと言われているが。


「ねぇ俺を笑わせてよ。面白い芸人さんなんでしょ」


 そうして俺はネタを披露した。そして刑が執行された。やつは嗤っていた。


終わり

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嗤う死刑囚にお笑いを 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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