第9話 バグ技
Jは薬草を食べながらダッシュする。自分の生命力が尽きる前に、ここに来た目的のアイテムを入手するために。軽石の通路を走り、飛び跳ね、溶岩に落ちないように神経を研ぎ澄まし薬草を食べながら走る。時折攻撃を加えてくる、獅子の体に鷲の翼と頭部をもつグリフィンに目を配りながら目的のアイテムがある溶岩の海に浮かぶ小島にある屋敷まで到達した。
だが立ち止まってはいられない。生命力がもうそろそろ尽きようとしている。屋敷内は翼をもった人型の石像、ガーゴイルがいたるところで侵入者を待ち構え剣と盾を構えた骨のアンデット、スケルトンが徘徊している。スケルトンの攻撃をかわし、ガーゴイルの検知範囲のギリギリを縫って屋敷の宝物庫の前までたどり着いた。宝物この前には番犬、3つ首の狼、身の丈10メートルは超える巨大な魔物、ケルベロスが宝を守っているが、その大きさ故、股下は隙だらけだった。
ケルベロス正面の口からは炎、右の口からは雷、左の口からは冷気を噴き出すが、予備動作で息を吸い込む隙にJは宝箱をあけすぐさま手に取る。
3種類のブレスがJを襲うその瞬間、Jは荷物から転移の落果遺物を使用し、その体は霧となって霧散した。
そして場面は切り替わり、ダンジョンの入り口へ。
ウィレナが待つダンジョン前に設置したロケータに霧が集まり人の形を象っていく。そしてJの視界が明転して目の前にはウィレナがいた。
Jはウィレナに話しかける。
「お帰り、それじゃあ出発する?」
――軽っ
ヌルも驚愕するあっさりした対応だった。
――俺も毎回そう思う。ラストダンジョン前まで行ったんだけどなぁ。
『ああ』
『もう少し待ってくれ』
Jは1つ目の選択肢を選んだ。
『ああ』
「主人をこんなに待たせるなんてあきれるわね。待ちくたびれたわ。さっさと出発しましょう。」
ウィレナが再びパーティに加わり川の上流へ歩を進める。帰りもゴブリンに石を投げ注意を逸らし先へと進む。来た時と違うとすれば、Jの背中には大きなハンマーが背負われていることだった。
――「この武器が欲しかったんだ」
――それは何?
そのハンマーは全長約2メートル、先端には平らな面と反対には殺意の高い鋭い棘がいくつも生えている巨大な鎚だ。
――『巨人の小鎚』っていう武器で、殺傷武器と非殺傷武器が合わさった便利な装備品さ。
平たい面で殴れば対象を殺害することなく気絶させられる。
――いや死ぬと思うけど。
――そこはゲームシステム上そうなってるの。
「だいぶ歩いてきたわね……」
ヌルとの思考会話を続けているとウィレナが話しかけてきた。
『馬車の残骸が増えてきた。そろそろ何かあるころだと思うんだけどな』
「あ!見て!うちの国の兵士だわ!」
前方に見覚えのある鎧をまとった兵士が2人、馬車の大部分が残されたところを捜索しているようだった。
「おーい!こっちよ!ウィレナはここにいるわー!」
兵士がウィレナに気づきこっちへやってくる。
「良かったわ!ねぇJ!」
『ああ、これで俺も肩の荷が下りる』
「対象を発見した。これより殺害する。」
「え?」
兵士は剣のを抜刀し姫に近づいてくる。そして自然に、ごく自然に、まるで動けなくなった敵兵にとどめを刺すかのように振り上げ。
ウィレナに向かって振り下ろした。
ギィンッ!と金属音が渓谷に反響する。
兵士の振り上げた剣は空を切り河原の石へぶつかった。
「あ……ありがとう。」
Jは兵士が剣を振り上げるのを見た瞬間、姫を引っ張り何とか剣をかわすことに成功するのだった。
「あ……あなた達私よ!ウィレナ姫よ!剣を納めなさい!あなたたちは取り返しのつかないことをしようとしているわ!」
「何をふざけたことを!ウィレナ姫がそのような恰好なわけないだろう!」
「それはごもっともだけど……!」
――よかった。ゲーム内でも服装に突っ込みが入るのね。
「第一貴様がウィレナ姫かどうか我らにとってはどうでもよい。」
『どういうことだ?』
「われらの受けた指示は谷底に落ちた人間の安否確認だ。死んでいればそれでよい。生きていたら抹殺しろとな。」
「そんなバカなことあるわけないわ!」
「ククク……信じるも信じぬも貴様の勝手よ!」
「そんな……」
『誰であろうとウィレナ姫に手出しはさせない。』
「J……!」
「貴様のようなパンツ一丁の変態に我ら王都の兵士が遅れなどとるものか!」
兵士二人が姫に襲い掛かる。それをJは巨人の小鎚の平面で殴り抜ける!
「ぐぅわばぁ!」
一振りで2人が吹き飛び同時に気絶する。
――つっよ。
「あ……ありがとう……J……でも……そんな……」
ウィレナはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
『今日はここで休もう。俺が見張っているから休め』
「ええ……そうね……」
Jが見張りとして立っている後ろで、横になりながら涙を流すウィレナがいた。
そして夜が明けた。
『兵士はまだ起きないが、念のため近くの気に縛り付けておいてある。』
「ええ、その方が安心だわ。」
『もういいのか?』
「まだ本当にジラフィムが私を殺そうとしたってわけじゃない。もしかしたらこの兵士たちも鎧を奪った野盗ってこともありあるわ。」
中々苦しいいいわけだが、ウィレナはそうでもしないと平静を保つことが出来なかった。
「まず村に行きましょう。王都から派遣された兵がいるはずだわ。助けや本当のことを知れるはずよ。」
『了解した。俺はアンタの従者だ。どこまでも付き合おう。』
「ありがとう……J……」
「渓谷に沿ってまた川を上っていけば馬車で来たルートと一致するはずよ。途中で橋を渡ったからこのまま遡上すれば村まで戻れる道に合流できるはずだわ。」
『了解した。先へ進もう。』
メインクエスト:ジマリ村へ戻ろう
――ここからようやくオープンワールドで行動できる。とはいってもまだ直近のイベントが近いからそこに移動するのだが。そしてここからバグ技を利用して移動する。
――バグ技?大丈夫なの?ゲーム壊れない?
――問題ない。見てれば分かるさ。
『先行してくれ』
「分かったわ」
Jが移動するとそこから3メートルほど離れた先の位置をキープしつつウィレナが移動する行動に変更する。そしてその状態で凹んだ崖の壁際に移動し、ウィレナを凹みに押し込んでいく。Jとウィレナの距離が近づいてきたら、そこで再び行動を変更する。
『この場でしゃがみ待機』
「了解よ」
崖とウィレナが密着した状態で動かないようにしゃがみ待機させ、その状態でウィレナを飛び越えるようにジャンプした。
するとJはウィレナと崖の間に挟まり落下モーションのままふわふわ浮き始める。その状態で空中落下攻撃を行うと、なんと、体の半分が壁にめり込んでしまった。
『ついてきてくれ』
Jはウィレナに指示を出すと、壁に体が半分めり込んだまま壁伝いに沿って移動を始める。
壁のポリゴンに引っかかったように壁伝いに沿ってしか移動できないでいるJ。それを違和感なしに後をついてくるウィレナ、そんな二人は両方下着姿。
――なにこれ?
そして壁際のとがった部分まで来ると、Jは壁から脱出しようと鋭角の方向へ走ってジャンプダッシュを行う。すると体が一瞬空中でブレ、壁の挟まりから脱出することが出来た。
――これでセットアップ完了。
――何が?
――今のグリッチは移動速度を2倍にするバグ技で、「ウォールトワイスランニング」って呼ばれてる。壁面にめり込むことでで移動座標を狂わせて、脱出時のローリングの移動速度を保持した状態で脱出後にその速度を維持したまま移動できるようになるバグ技だ。
――つまり?
――早く移動できる!
Jは川上に向かって走り始めた。ウィレナと流れ着いた場所から大分遡上している。坂道も急勾配になってきている。村へと続く道まであと少しだ。と言う状況の中、Jはその川岸を滑るように登り始めた。
正確な表現をすると、走りで1歩踏み出すたびに足を前に出している間も前に進んでいる。そして地面を踏みしめ後方へ足でけりだす。その瞬間、今までの速度の2倍の推進力を得て前へ進む。すなわち走っている最中に常に進行方向へ移動し続けている状態になっている。
――なんか変態挙動でキモイ。
――辛辣ゥ!
そんな変態挙動とののしられた移動法だが、従来のただの走りの300%増しの速度で移動できるため、RTAの基本テクニックだ。
――なんで最初からやらなかったの?
――今のグリッチはさっきの場所みたいに凹んだ壁ととがった壁がないと出来ない。このあたりでそれがあるのがあの部分だっただけだ。家とか小屋ならその両方の要素を備えてるから出来るけど、野盗のところは周りに哨戒中の敵がいたからやめておいた。すぐにダンジョンに入るしこのグリッチは高所から着地すると解除されてしまうからな。
高速で移動中もウィレナは平気な顔でついてくる。もちろん、Jと同じ速度で移動は出来ない。Jの視界に映っているときには今までと等速だが、視界から外れるとしっかり追いつく速度で移動しているのだった。
そんな変態挙動で高速移動をしているとようやく馬車で通った道にたどり着く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます