第5話 谷底にて

――何?死んだの?始まってまだ1時間と経たずゲームオーバー?

――逆だ。ここからようやくゲームが動き始める。

 画面が暗転する。

「――きて……起きて……」

水音が聞こえる。川のせせらぎのようだ。渓谷の谷底には急流の河川が流れており、姫とJは運よく落水。そのまま川を流されたのだった。

「……起きなさい!姫の命令よ!」

Jの視界が明転する。するとJの顔を覗き込むようにウィレナと視線が合う。

「良かった……目を覚まさないかと思ったじゃない。」

『ここは?』

Jが質問を投げかける。ここも意思関係なく進むイベントシーンだ。

「分からないわ。ティーア皇国の領地であることは間違いないと思うのだけど。」

Jの視線が川へ移動する。

『川に落ちて流されたのか』

『とっさに馬車を切断したのはアンタか?』

『どうすれば元の場所に戻れる?』

『服が濡れているだろう。脱いだ方がいい。さあ。』

――やっぱり最後の選択肢はボケ要素なのね。

――俺は初見プレイ以外は一番下を選んでいる。走るとき以外は。

『川に落ちて流されたのか』

「ええ。運が良かったようね。今頃ジラフィム達が血眼になって探しているはずだわ。そうここへたどり着くのもそう時間はかからないでしょう。でJ。あなたに私の従者となって最初の仕事を与えるわ。」

『従者になった覚えはない』

『仰せのままに姫君』

――2択もあるのね

『仰せのままに姫君』

――選択肢を選ぶ基準は何?

――イベント進行が最速で終わるものだ。本来ならボケ選択肢を選びたいけどそれは時間がかかるからRTAプレイ時は選ばない。

――せっかち。

――効率重視と言ってほしいね⁉

「あら、物分かりがいいじゃない。まず濡れて寒いわ。何とかしなさい。」

メインクエスト:ウィレナ姫に暖をとらせよう!

――ようやくゲームらしくなってきたわね。

Jの視界の隅に『木の枝』『火打石』の入手と表示される。

プレイヤー後方に森林地帯がある。Jはすぐさま振り向き森に向かって走り出した。

――剣があれば木を切り倒したり枝を切断したりし木材にできるんだが今は何もない。落ちている枝を拾うしかない。ここはチュートリアルとして枝が落ちている場所は固定されている。だからそれらを拾いに行く。

 Jは素早い動きで木の枝を回収していく。必要最低限の枝を拾うと川から離れたところの壁が光っている。そこの部分だけ周囲の壁と違うテクスチャになっており、ひびが入って鉱石の結晶のようなものがキラキラと光っている。

――こういったフィールド上にある光っているオブジェクトは採集アイテムが入手できる。武器のツルハシがあればより高ランクのアイテムが取れるのだが、素手だと石ころや火打石、岩塩とかしか手に入らない。だがいま必要なのは火打石だ。これと木の枝で火がつけられる。さらに鉱脈を調べついでに石ころと岩塩も入手したJであった。

姫のもとに戻ると手に持った枝を姫の前に置き、『火打石を使用』した。

「ふぅ……あったかい。お城の暖炉を思い出すわ。」

ぐぅううっという音が姫から聞こえる。

「なっ!」

姫が顔を赤らめJを睨む。

「今の聞いてないでしょうね⁉」

『何か言ったか?』

『可愛い腹の虫の音だったな』

『食えるものを探してきてやろうか?』

『よく聞こえなかったからもう一度鳴らしてくれ』

Jは3番目の選択肢を選んだ。

「~~~~~ッ!」

ウィレナは手足をじたばたさせ必死にお腹が鳴ったのをごまかす。

「別に私がおなかすいた訳ではないわ!ただ!従者のあなたがおなかをすかせて倒れてしまっては私が困るのよ!いいこと!あなたの為にご飯になりそうなものを探してきなさい。ただ!私もちょっといただくだけだから!」

メインクエスト:ウィレナ姫に魚を届けよう!

目標アイテム『アユ』『岩塩』

――すでにツンデレの片鱗が見えるのね。

魚はすぐそこの川に魚影がある。魚影に向かってJはパンチを何度も繰り出す。すると魚に攻撃が当たりアイテムと化した魚が水面に浮いてきた。

――コツとしては下流から上流に向かって攻撃を行うと水の流れで魚が川下に流されず、自分に向かって流れてくるため効率的にアイテムを回収できる。

――熊みたい。

 魚を入手したJはウィレナ姫のもとへ行く。火打石を入手するときに一緒に岩塩を入手しているため魚アイテムの『アユ』のみの入手で済んだ。

「こんな状況だもの。贅沢は言わないわ。でもせめて味のあるものを作って頂戴。」

調理のチュートリアルが開始されるがJはすぐにスキップを思考した。

『アユ』に『岩塩』を追加し火に投入する。

『アユの塩焼き』が完成した。

「本当に食べられるんでしょうね?」

『分からん』

『頂きます』

『食えばわかる』

『多分ダメだ。姫様は危険だから食わないほうがいい。』

Jは2番目の選択肢を選んだ。

『頂きます』

「どう?おいしい?」

『問題ない』

『まずい』

『初めて食べたがうまい』

『これはダメだ。姫様は危険だから食わないほうがいい。俺が全部食う』

Jは1番目の選択肢を選んだ。

『問題ない』

「そう……なら……我が皇国の父、レーヴェリオン皇帝に感謝を込めて、頂きます。」

――レーヴェリオンって?

――この国の皇帝。ちなみにルートによってはラスボスになる。

――また盛大なネタバレを踏んだ。

「……味は……まぁまぁね。どちらかと言うと美味しい部類かしら。この状況で贅沢は言ってられないものね。」

Jも魚を食す。すると体力ゲージのバーが少し伸びた。

――体力ゲージは空腹時に最低になる。そうなると走ったりすることに制限がかかる。

姫とJは料理を完食し焚火を眺める。

「ここでしばらく待ちましょう。きっとジラフィム達が川を伝って助けに来てくれるはずだわ。」

……だがしばらく待っても誰も助けに来ない。あたりは日も暮れて夜になっている。

その間、ウィレナは足をバタバタさせたりぼーっと焚火を眺めたり川に石を拾って投げて遊んだりしていた。

――子供か。

ウィレナ姫はJに向かって質問を投げかける。

「ねぇJ、もしあなたが落果遺物から出てきた人間だとして、これからどうするつもり?」

『分からない』

「記憶もないものね。自分がどうしたらいい分からない赤ちゃんみたいなものか……」

ウィレナはJに顔を近づけて提案する。

「なら、あなたは私と一緒に樹上世界を目指しなさい!ジラフィムとか軍の連中は『樹上世界なんてない』って言ってるけど、私はあるって信じてるの!だから、命令よ!きっとあなたのルーツも樹上世界にあるに違いないわ!だから私の護衛として樹上世界を目指すのよ!」

『どうしてそこまで樹上世界に行きたいんだ?』

「私は鳥かごの鳥なの。退屈なのよ。そんな中、お父様の寝室で古文書を見つけたの。これはジラフィム達には秘密よ?そこには樹上世界について書かれてあって、この天井の上には落果遺物無しで魔法を使役できる魔法使いたちや、その魔法を落果遺物に込めて空を飛んだり、何もないところからお菓子を出したりすることが出来るまさに夢のような世界だって。」

ウィレナはJに向かって指を差し命令する。

「私は樹上世界に行くのが夢!あなたは私の護衛をしつつ自分がやって来た樹上世界を目指すの!いい?これは命令よ!」

『ほかにやることもないしな。いいぞ、了解した。』

「決定ね!それじゃあジラフィム達が来たら王城まで一緒に行きましょう!」

それからさらに時間が経つが……

『来ないな』

「もう!ジラフィムもフェレスもなにやってるのよ!こんなことになるならお出かけなんてするんじゃなかった!」

ウィレナが憤慨していると近くの茂みでガサゴソと物音がする。

 ウィレナは助けが来たと思って茂みに近づくが……

「ジラフィム?もう遅いじゃ……」

ゴルルルルルルルッ! 

「きゃぁ!?魔物⁉」

立派な牙を逆立てた狼型のモンスターが茂みから飛び出してきた。

「おうおうおうおう!嬢ちゃん!誰に断ってこんなところで野宿なんてしようとしてるんだぁ!?」

狼の首にはリードが繋がれみすぼらしい肌着の上に革の鎧をまとった2メートル半ば程の大男がぬっと木の間から姿を現した。

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