第13話 落ちぶれた不良たち

 キャンプ場で、俺らは力無く地面に座りこむ田中を取り囲むようにして立っていた。三軍の連中がランプを手にしている。揺らめく灯りのなか、田中は震える声で、ぽつりぽつりと語りだした。


「言い出したのは、柴田なんだ。俺らでこっそりレッドエリアでレベル上げしようって」

「なんでそんな無茶をしたんだ」


 俺の問いに、田中は喉を詰まらせる。


「お、お前らより、優位に立ちたかったんだ……いつ出られるかわからないから、それまで月森にデカイつらさせたくないって。それに、きっと強い奴が今後の主導権を握るに決まっている。月森とか、服部とかを出し抜こうって。今後レベル上げをしようってなったらみんなでやるだろうから、そしたら差がつかない。だから、だからみんなが寝ているあいだにこっそり自分たちだけレベル上げして、俺らがこの世界の一軍だって……」


 田中の瞳に恐怖が映り、カチカチと歯を鳴らす。


「それでも、最初は上手くいっていたんだ。装備がいいから、敵の攻撃なんて全然効かなくて、ダメージを受けてもポーションですぐ回復できたし。でも、急にトレントたちが出て来て、みんな毒と麻痺を受けて、ちょうどポーションも切れていたし……ッ」


 田中は勢いよく顔を上げて、俺にすがりつく。


「なぁ月森! これゲームなんだよな!? 柴田たち、神殿で生き返っているんだよな!? これ、デスゲームじゃないよな!?」

「それは……」


 すぐには返事ができなかった。

 デスゲームじゃない。そんなことは、俺だって知りたいんだ。

 恐怖は他の生徒にも伝播した。

 四人ものクラスメイトを失い『柴田たち死んだの?』と、皆が囁き合う。


「田中君。君、自分たちが何をしたのかわかっている?」


 その声は、服部のものだった。

 服部は前に進み出ると、冷たい瞳で田中を見下ろした。


「これはさ、ゲームで死んだら現実の体も死ぬ、デスゲームかもしれないんだよ? だから僕は一生懸命隊列考えて、少しでも生存確率を上げられるよう工夫したんだ」


 服部の声音が、さらに温度を下げた。

 一種の凄味を帯びた声に、田中は表情を強張らせた。


「いいかい田中君。君らがしたのは、クラスメイト全員の生存率を下げたんだ。みんなを危険にさらしたんだ。その罪の重さは、わかるね?」


 不良グループのリーダーである柴田という後ろ盾を失い。子分Aに過ぎない田中は、一軍リーダー服部の問いに縮みあがり、短く『はい』と答えるので精一杯だった。


 また、服部の主張は翻訳すると『てめぇ俺を守る駒が減ったじゃねぇかよ!』という意味だ。本当に全体の生存率を高めるなら、とりあえずレベルの高い俺と好美を最前線に出すべきだろう。


 そのとき、俺は気がついた。


 一軍リーダーにやりこめられ、田中が醜態を晒すと、みんなの緊張が和らいでいる。


 それどころか、ささやかな笑い声さえ漏れている。


 『田中カッコわる』『だっさー』『ていうかさ、これゲームなんでしょ?』『どうせ死んだら神殿行きでしょ?』『デスゲームとか、ラノベの読み過ぎでしょ?』


 その変わり身の早さというか、一軍リーダーである服部への盲目的な狂信が、俺には酷く気持ち悪く見えた。


 世の中は不平等だ。

 身分制度のない現代で、同じ日本の高校生なのに。

 服部も親の庇護のもとで暮らす子供で、なんの力もないのに。

 なのにみんなは服部をヒーローのように扱い、服部も王様のように振る舞う。


 これが、本当のクラスカーストというものだろうか。

暴力的な不良や番長に、力で従わされているわけじゃない。


 少なくとも、クラスの半分以上の生徒は、本当に服部に心酔していた。


「じゃあみんな、とにかくこれ以上勝手な行動はしないようにね。月森君、明日には王都に着けるかな?」

「ああ、明日の昼前には王都に着くと思う」

「うん。王都に着いたら、すぐに神殿に行こう。もしかしたら、柴田君たちは神殿で待っているかもしれないしね」


 みんなも『そうだそうだ』と服部に賛同する。


「じゃあみんな、今日はもう寝るよ」


 服部の甘い声に女子たちが明るく返事をして、俺らはそれぞれのテントに戻って行った。

 その途中、好美が俺の袖を引っ張る。


「月兎……もし、神殿に復活しなかったら……この世界って……」


 そこから先は言わない。俺も何も言わず、好美の手を握り締め、俺のテントへ連れて行った。


 決して変な意味はない。ただ、好美があまりに不安そうな顔だったので、独りにさせたくなかった。


 こうして、俺らと好美は、同じテントで眠りについた。

 

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