第2話 目が覚めたら愛したゲーム世界でした
頬に触れる冷たい土の感触に気がついて、俺は、森の深い香りを胸一杯に吸い込んだ。
「朝……?」
重たいまぶたを開ければ、そこは木漏れ日差し込む森のなか。
鳥の声ひとつしない静寂のなか、草木のかすかに揺れる音だけが、俺の耳を独占している。
俺が眠っていたのは、モンスタースレイヤーでおなじみの『ベリーの森』だった。
ゲームの途中で、モンスターの眠り粉でも喰らったか、と思い、俺は状態を起こした。
すると、俺は自分が置かれている状況の異常性に気づいた。
「み、みんな!?」
俺の周りには、何十人というプレイヤーが倒れていた。
それだけならまだいい。
問題なのは、そいつらが全員、俺のクラスメイトだという点だ。
毎日同じ高校の教室で顔を合わせている連中が、モンスタースレイヤーにおける初期装備のコスプレをして倒れている。
「あ、月兎」
なじみ深い声に振りかえると、幼馴染でクラスメイトの心宮好美がコスプレ姿で歩いてくる。
好美が着ている衣装は、俺にとってはこれまたなじみ深い、赤色の吟遊詩人装備だった。
確か、太陽神の加護がついたレア装備だ。
逆に、俺は月神の加護がついたレア装備で全身をかためている剣士の格好だ。
「好美。なんで俺らモンスレのコスプレしているんだ?」
好美は不安げな顔を横に振って、可愛らしい唇をきゅっと横に結んだ。
「ううん、違うの月兎。ここ、ゲームの世界なの、ほら」
好美の細い指先が空を薙ぐと、俺と好美のあいだにウィンドウが開いた。
そこには『ステータス』『アイテム』など、おなじみのアイコンが表示されている。
そうなると、今度は別の驚きが俺を襲う。
「え? じゃあなんだ好美。お前そんな自分そっくりのアバターを作れたのか?」
プレイヤーはゲームをはじめるときにもうひとりの自分、アバターを作る。
プレイヤーはそのアバターの姿で、このゲーム世界を冒険するのだ。
アバターを作ることをキャラクリエイション、通称キャラクリと呼ぶ。
長い髪を頭の両端でしばったツーサイドアップの髪型は、キャラクリエイションのパーツにあった。身長は自由に変えられるから問題なし。
それと……まぁ、あれだ……好美の特別に豊かな胸も、サイズをMAXに設定すれば、再現でき……無理か?
好美の大き過ぎる胸のせいで、レア装備である吟遊詩人装備はぱっつんぱっつんで、いまにも張り裂けそうだ。レア装備だけに強度は然装備中トップクラスだけど、内側から裂けそうだった。
一度下ろした視線を上げ、好美の清らかな顔を見て、俺は邪念を振り払う。
好美は心配そうに俺の顔を見上げてくれている。その顔は、どう見ても俺の幼馴染、心宮好美そっくりだ、うりふたつだ、というか本人だ。
キャラクリのときに、アバターの顔はモンタージュ写真のようにして作れる。
でも、好美は顔は好美そっくりの目鼻唇ではなく、まんま好美本人のソレだ。
事実、好美も戸惑いながら、
「いや、これは作ったんじゃなくて……」
と言い淀んでいる。まさか、と思い、俺は背中の剣を引き抜いた。白銀に輝くその刀身を鏡代わりに覗き込んだ。
果たして、そこにいたのは勇者然とした精悍な顔立ちのハンサム野郎ではなかった。
服装に気をつけなければ、十中八九女子と間違われる女顔が映っている。
よく見れば、腕も肩も華奢で、全然男らしくない。カッコよくない。
アナザーワールドで作り上げた理想の俺は、跡かたもなく消え去っていた。
「嘘だろ? なんだこれ? どうなってんだよ!?」
試しに俺も空間を指で薙いでみると、ウィンドウが開かれる。『表示設定』を操作すると、俺の周りにHPバーやMPバー、そして周辺のマップが浮かんでいる。俺が移動するとそれらの表示もついてくる。これもゲームと同じだ。
どういうわけだがさっぱりなのだが、どうやら俺らは、現実世界と同じ姿のアバターで『モンスレ』の世界にログインしてしまったらしい。
ありえない状況に俺が動揺していると、好美が俺の右腕をつかんでくる。
好美の目には涙が溜まり、手は僅かに震えていた。その姿が鎮静剤になって、俺は冷静さを取り戻す。そして、好美は俺の腕をぎゅっと握りしめた。
「月兎……どうしよう……」
言って、好美は自分のウィンドウを見せてくれた。
「これは……」
俺が息を吞むのと、他のみんなが起きるのは、ほぼ同時だった。
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