第55話 獅子王勇雄の前日譚

没ネタです。



 入学試験大会一回戦。それは嘲笑に始まっていた。


 史上初、魔力の無い受験者、師子王勇雄に、受験者の誰もが見下し、観客は呆れ帰り、試験官たちは神聖な試験を愚弄する行為だと怒りすら覚えていた。


 ただ一人、当事者の勇雄だけは揺るぎない自信のもと、明鏡止水の心で微笑を浮かべた。


「どうした? かかってこないのか? それとも作戦タイムのつもりか? なら悪い、休んでいるのかと思ったよ」


 勇雄の一言で、対戦相手は顔色を変えた。


「ああん? 魔力の無ぇ出来損ないが、病院どころか寺送りにしてやるよ!」


 侮辱された怒りに任せて、対戦相手は両手から巨大な火炎弾を放った。

 大戦相手の顔に邪悪な笑みが浮かび、救急医療班が走り出した刹那、火炎弾は勇雄の腕に振り払われてしまった。


 廻し受け。左右の腕をそれぞれ反対方向に回転させ、あらゆる攻撃を外側に払い弾き消す、空手における基本にして究極の防御形態だ。


 だが、二千度の火炎弾をかき消すことなどできるはずもない。


 物理法則を捻じ曲げる勇雄という名の無能力者は、現実を受け入れられずに呆ける対戦相手との距離を詰め、すれ違いざまにアゴを指で弾いた。


 それだけで対戦相手の脳はシェイクされ、意識を失い頭はリングに落ちた。

勝利コールがされても、彼は何の感慨もなく静かに観客へ一礼してからリングを去った。


 嘲笑に始まった試合は、静寂に終わった。

 その様子を、真白は嬉しそうに目を細めて見つめていた。


 

 彼との出会いは、三年前にさかのぼる。


 アポリアを殲滅すべく、未来の英雄候補を探して全国の中学校を見て回っている頃、とある町でアポリアに襲われる中学生たちを助けた。その中で、唯一アポリアに立ち向かった少年が、号泣しながら、だが地面を殴りつけた。緊張の糸が切れたわけではないらしい。


「俺! ……シーカーを目指しているのに、魔力がないんです!」


 真白は愕然として、心を打たれた。

 魔力がない子は時々いる。けれど、この子はにもかかわらずアポリアに立ち向かったのか。


「魔力が無くても強くなれるって証明したくて、空手と剣道初めて初段も取りました! でも、なんの役にも立ちませんでした! 出来損ないは、夢を持っちゃいけないんですか!?」


 熱い感情を剥き出しにした裸の言葉と、拳を濡らす真っ赤な血潮に、真白は確信した。


 ――この子は、シーカーにならなければならない。


「お願いがあります……」


 勇雄の前に膝を折り、真白は緊張で息をのんだ。


「シーカーになってくれませんか?」

「……え?」


 以来、真白は空手をベースにこの世のあらゆる武芸における実戦的な技術のみを集約したオリジナル合戦術【天手】を勇雄に叩き込んだ。


 だが、技の効果は使用者の身体能力に準ずる。魔力による肉体強化ができない勇雄は、地道なフィジカルトレーニングをするしかなかった。


「全身体能力でギネス記録突破。その方法はただ一つ、回復魔術を使った超短期筋トレです」


 筋骨は運動で負荷をかけて傷つけ、再生時に以前よりも強くなる。これには二日かかるため、常人は二日に一度しか強化できない。だが、真白の回復魔術を使えば傷つくつど再生する。


「この方法なら一日に何度でも強化できます。とはいえ私も忙しいので、君には使いきりタイプの回復魔術をかけておきましょう。一日分かけておくので、明日また会いましょう」

「はい! ありがとうございます!」


 感謝の念を込めて勇雄が返事をすると、真白の心の中でほくそ笑んだ。


 今のは真っ赤な嘘だ。筋骨はそう簡単には傷つかないし、実際には一週間分の魔術をかけておいた。明日、全然魔力が減っていない、全力で鍛錬していない証拠、とあえて叱り、勇雄にはっぱをかけるのだ。だが、真白の目論見は外れる。


 翌日、真白が勇雄の様子を見に行くと、彼は森の中で倒れていた。


 樹皮の剥げた大木の下、勇雄の拳と脚は骨が砕け、血が流れている。


 ――一週間分の回復魔術を……一日で消費し尽くしたのか……!?


 背筋に寒気が走った。真白は、師子王勇雄という雄を完全に見誤っていた。

 彼は、真白の視線の遥か先にいた。


「勇雄君、生まれてきてくれて、そして、私に出会ってくれてありがとうございます」


 真白は深い感謝の念を込めて、勇雄の体にありったけの回復魔術をかけた。

 そして現在、勇雄は県内有数の魔術を使いを互いに無傷のまま無力化して、優雅にリングを去った。彼に敗北した生徒と保護者は運営に抗議をして、魔術を使っていないからと勇雄は不合格になった。けれど、勇雄はそれでも涼やかに笑った。


「問題ない。私は真白教室への入学が決まっているからな。それと覚えておくといい。木鶏に空威張りは通じないとな」


 目を怒らせていきり立つ愚衆に背を向け、勇雄は堂々と胸を張り、自分の道を歩み始めた。



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