第54話 草薙大和の前日譚
没ネタです。
入学試験大会当日。
草薙大和は試験会場で受付を済ませ、待機室へ向かおうとした。
すると、多くの受験者が往来する広いエントランスで、不意に下卑た声がかかった。
「おい草薙、なんでお前がここにいるんだよ?」
振り返るとそこにいたのは、同じ中学校の男子、熊襲武夫(くまそたけお)だった。
東京から去年転校してきたらしいが、クラスが違うのであまり面識はない。
肩幅の広い柔道体型で、中学生なのにもう無精ひげをたくわえている老け顔の男子だ。
「なんでって、そりゃ試験を受けるために決まっているだろ?」
その答えを聞くや否や、武夫は噴き出した。
「ぶふっ! 何お前、ヴォルカンフィストしか使えない一芸馬鹿のくせに記念受験かよ? そういう冷やかしは良くないぜ?」
「記念受験じゃねぇよ。俺は優勝する気満々だぜ」
「おいおいマジかよ!」
次の瞬間、武夫の頭上にカメラマークが表示された。
今のは、視界キャプチャをした合図だ。
盗撮防止のため、デバイスには必ず、視界キャプチャ機能を使うと表示されるようになっているし、この設定は変更できない。
「はいはーい、技一つしか使えない一芸馬鹿が記念受験マジウケる、と。今の画像、オレのSNSに投稿しといてやったから、これでお前も人気者だな」
人をバカにして見下した挙句、勝手に写真を晒す行為に、大和はだんだん苛立ってきた。
今は西暦二〇六一年だが、未だに肖像権を理解できないネットリテラシーの欠片もない非常識人は後を絶たない。
「そういうお前も受験に来たんだろ? 大した自信じゃねぇか」
大和としてはチクリと図星を刺してやったつもりだが、武夫はまるでこたえていない。
それどころか、有頂天になる。
「ばーか。オレを誰だと思っているんだよ。校内最強の熊襲武夫様だぞ?」
「? いや、最強は蕾愛だろ?」
それは、地元みんなの常識だ。
怒りを忘れて、大和はきょとんとまばたきをした。
「ばっか、蕾愛なんてただ見てくれがいいからみんな手加減してお姫様プレイしてんだろ? オレが本気になったらあんな奴一発だぜ」
今の物言いに、大和は嫌な気分になった。
大和と蕾愛は、けして仲良くはない。
むしろ、いつも大和をバカにしてくるので、嫌いなくらいだ。
けれど、彼女の実力は誰よりも認めている。
その彼女をお姫様プレイ扱いする武夫の態度が、大和には鼻についた。
「お前な、相手のことをよく知りもしないで勝手なこと言わない方がいいぞ」
「お、怒ったか? もしかしてお前、蕾愛にLOVEっちゃってる感じか? お前も親衛隊かよダッセーの。つうか何度かオレが挑戦してもいっつも逃げるし、あいつが弱いの確実だろ」
――それは相手にされていないだけだろ。
その現場なら、大和は目にしたことがある。
ただし、蕾愛は「なんなのこのアホは? アタシの耳と視界を汚すんじゃないわよ」と言わんばかりの視線で一瞥してから、無視していた。
どうやらそれを、自分のことが怖くて逃げた、と思い込んでいるらしい。
「特別に教えてやるよ。オレの最大魔力は三万二千。合格者の大半が一万前後だから、オレは三倍の実力があるってわけだ。おっと、じゃあオレはこれで。せいぜい殺されないように気を付けろよな!」
言いたいことを散々言い散らかして、武夫は大和に喋らせない勢いで立ち去った。
自然、言いようのないフラストレーションだけが溜まり、眉間にしわが寄ってしまう。
間違っても、あんな奴が合格にだけはなってほしくない。
あんな奴が、大和の憧れる人の同僚になるだなんて、悪夢でしかない。
――試合で当たったらぶっ飛ばしてやる。
天に願いが通じたのか、一時間後、大和がリングに上がると目の前には武夫が立っていた。
「おいおいマジかよ。お前どんだけ運がないんだよ? まさか初戦から優勝候補筆頭のオレが相手なんてな。いや逆にラッキーか、オレに負けたなら言い訳できるもんなぁ。相手が優勝者じゃしょうがないって。せいぜいオレに感謝しろよなっ!」
試合開始のゴングが鳴ると同時に、武夫は大和に飛びかかった。
コンマ一秒後、大和は渾身のヴォルカンフィストを武夫の顔面に叩き込んで、紅蓮の猛火と怒涛の衝撃波が試合会場を駆け抜けた。
武夫は火だるまになりながら前後に回転して空中を水平にカッ飛び、芝生に三バウンドしてから壁に大の字にめり込んで動かなくなった。
「そういえば、あいつの魔術ってなんだっけな?」
勝利コール中、怒りの溜飲を下げた大和は、拳を振り抜いた姿勢のまま首を傾げた。
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