第52話 草薙大和の前日譚 入学試験大会へ向かう途中

 没ネタです。


 入学試験大会当日。大和は地元の駅から列車に乗り、試験会場のある長野市を目指していた。途中で別の路線に乗り換えるため、降り忘れないよう気を付けなくてはいけない。


「よし、席確保と。でもみんなありがとうな。俺の応援にわざわざ来てくれて」


 横一列に並んだ壁際の座席に座ると、大和は友人たちにお礼を言った。

 入学試験大会には、父親だけでなく、中学の友人たち四人も一緒だ。


「気にすんなよ。どうせ交通費はうちの親持ちだしな」

「それにお前の応援は建前で試験大会の観戦に行きたいってのもあるしな」

「あんな田舎じゃ興行試合もないしなぁ」

「お前をダシに合法的に街に行けて役得だぜ」

「おいおい俺はオマケかよ」


 苦笑しながら、大和は四人の友人にツッコミを入れた。

 もちろん、彼らなりの照れ隠しであることは分かっている。


 もしも本当にダシにするなら、学園のエースで金持ちのクラスメイト、御雷蕾愛の取り巻きとして行けばいい。そうすれば親に頼むことなく、交通費は彼女が出してくれただろう。


 彼らの本音がわかっているからこそ、あえて大和は乗っかったのだ。

 そんな息子たちの様子を、頑固一徹な父親である草薙山彦は一瞬の微笑と共に見守った。

 しばらくして、乗り換え駅が近くなると、不意に大和は立ち上がった。


「あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「トイレのある車両はずっと奥だぞ」


 父親の指さす方へ、大和はまっすぐ足を運んだ。

 車両間のドアを開け、隣の車両に移ると、あまり会いたくない連中が目についた。


 さっきから騒がしいとは思っていたものの、隣の車両で対面席を独占していたのは御雷蕾愛率いる取り巻き連中だった。彼らの中の何人かは、大和や蕾愛と同じく受験するはずだ。

 さっさと通り抜けようとするも、案の定、彼女は見逃してはくれなかった。


「あら大和じゃない。一芸馬鹿のくせにマジで受験するつもり?」


 人を小馬鹿にした態度を取って来るのは、栗毛の長いワンサイドアップと紫電色の瞳が印象的な小柄の美少女だった。

彼女こそ、大和のクラスメイトで地元の期待を一身に受けるエリート女子、御雷蕾愛だ。


 蕾愛の尻馬に乗って、取り巻き連中も次々大和のことを煽ってくる。


「お前らに関係ないだろ」


 乗換駅が近いので、大和は深くは取り合わず、その場を後にした。

 背後では大和の劣等生と蕾愛の優秀性を比較する話題で盛り上がっているも、大和は無視してトイレのある奥の車両へと足を運んだ。

 けれど、運悪く使用中だ。すると蕾愛が隣の車両から追いかけてきて、やや身構える。

 何か言い足りないのかと思ったが、どうやら単純に女子トイレを使用に来たようだ。

 一分後。男子トイレが空いて、ようやく大和はスッキリすることができた。

 用を済ませてトイレから出た大和が窓の外を見やると、乗換駅の一つ前だった。

 ベストタイミングだと思って安堵すると、不意に慌てた様子の蕾愛が視界に飛び込んできた。


 ――は? あいつ何やってんだ?


 列車のドアが閉まる。蕾愛は駅のホームできょろきょろと当たりを見回してから、きょとんとしている。その仕草に、大和の頭をとある不安がよぎった。


「あいつ、まさか……」


 頬を引き攣らせるのと同時に、列車は発射した。

 横へ流れてフェードアウトしようとする蕾愛に、大和は窓を叩いて叫んだ。


「蕾愛お前何やってんだ!?」

「大和!? 何あんた降り忘れてんの? ウケるんだけど!」

「バッカ! ここは一つ前だ!」


 大和が鋭く看板を指さすと、蕾愛は駅名に青ざめた。どうやら、一駅間違えたらしい。


「え!? ちょっ!? ちょぉぉおおおおお! 待ってぇ!」


 蕾愛は慌てて駆け始めるが遅い。

 彼女が魔力で肉体を強化すれば列車並のスピードでは走れるも、列車のドアは閉まっている。追いつけても乗り込めない。このままでは、隣の駅まで走り続けることになるが、そんなことをすれば魔力を大幅に消耗してしまう。試験に響く可能性は否定できない。


「くっそ、どうすればッ」


 大和はあたりを見回して、列車の窓が開閉式であることに気が付いた。田舎を走る旧式車両であることを感謝しながら、大和は窓を大きく開けて、手と上半身を外に伸ばした。


「捕まれ!」


 伸ばした手を蕾愛がしっかりと握ると、互いに呼吸を合わせて引き寄せ合った。

 大和が列車の床に背中から倒れ込むと、蕾愛の華奢な体が上に覆いかぶさってきた。


「ッッお、お礼は言わないわよ!」


 目を丸くしてガバリと跳び上がると、蕾愛は床を踏み鳴らしながら隣の車両に戻っていく。

 でも大和は聞き逃さなかった。子猫が鳴くような声で彼女が「ありがと」と言ったことを。


「素直じゃねぇのな」と、大和は思わず苦笑を漏らした。



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