第35話 ジャック・ザ・リッパーVS美少女生徒会長

「ジャック・ザ・リッパー?」


 会場がにわかにどよめいた。

 他の受験生や見学者も、次々に声をあげた。


「本当だ、最近テレビで見たぞ!」

「最新のDNA検査で判明した容疑者の!」

「って、マジかよ!?」


 何人かの人は、悠長にスマホ画面を見下ろしている。きっと、画像検索をしたのだろう。


 ――そうだ。でも何か変だぞ?


 白日の下にさらされたジャックの肌は灰色で、顔には青いラインが走っていた。

 しかも、表情を漂白したような雰囲気は、暗殺者というよりも機械のソレだ。

 そこで、秋雨はハッとした。


 ――待てよ。確かアポリアって、その星のもっとも繁栄した生物を模倣するんだよな?


 そこで秋雨は、ジャックから感じていた違和感の正体に気づいた。


 ジャックから感じる空気、印象、それはつい先日、秋雨が目の前で戦ったアポリアそのものだった。


「気を付けてください! そいつはアポリアです! 触られると魔力を吸われます!」


 動揺し、あの少年は何を言っているんだと首を傾げる警官たちに、秋雨は声を張り上げた。


「アポリアはその星のもっとも繁栄した生物を模倣するんです! つまり人間です! でもきっと、特別に強い個人を模倣することもできるんです!」


 その事実に、警官隊たちの表情が一斉に凍り付いた。


 切り裂きジャックの名で知られる史上最も有名な殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーは、だが被害者たちがか弱い女性ということもあり、小物と見る評論家もいる。


 しかし、それは間違いだ。


 彼こそは首都ロンドンを守るべく、イングラード全土から勇士烈士を集め構成された19世紀最強の精鋭部隊、スコットランドヤードの包囲網を突破し続けた、正真正銘の怪物なのだ。


「で、でもそんなことが本当に」


 警官の一人が現実逃避をすると、それを許さないと言わんばかりに、ジャックの周囲の空間が裂けた。


 そこから、テレビを騒がせている黒いマネキン、アポリアたちが歩き出てきた。


 ――見たところ、ジャックが指揮官でマネキンは雑兵か?


「う、うわぁあああ!」


 一人の警官が恐怖に負けたように、拳銃の引き金を引きまくった。

 連続する銃声と共に、五発の鉛玉がジャックに向かった。


 しかし、今後のジャックは動かなかった。


 秋雨の視界に、鉛玉が映った。


 音速を超える鉛玉が、だがまるでドッジボールのような速度に堕落していた。

 ジャックは一歩も動かず、わずかに体をひねるだけで、悠々と鉛玉を避けた。


「能力ふたつ持ち!? しかも時間系能力者!?」


 そんな魔術が実在するかはわからない。

 けれど、漫画やアニメでは最強能力として頻繁に出てくる。

 もしもそうなら、勝ち目はゼロに近い。

 時間を支配されては、勝ちようがない。


「かもしれないが、あるいは……」


 秋雨が恐怖で手の平に汗をかく横で、草壁は推理を始める探偵のように知的な表情をしてから、跳び上がった。


「先輩!」


 魔力で強化した跳躍力で、草壁は一息に客席から50メートル以上離れたフィールドへと降り立った。


 そして、バリアソードを展開するや否や、ジャック目掛けて一斉に射撃した。


 まさかの掩護射撃に警官たちが驚く前で、やはりバリアソードは減速した。

 ジャックには当たらない。


「くそっ」


 警官の一人が拳銃をホルスターに収めると、両手に電撃をまといながらジャックに殴り掛かった。


 だが、大きく踏み込んだ警官の体もまた、遅くなる。

 軽々とジャックに背後を取られてしまう。


「危ない!」


 秋雨が悲鳴を上げると同時に、警官の背中にバリアが展開された。


 ジャックの刃は、バリアの表面に浅い筋を残すにとどまった。


 少し離れた場所で、草壁が右手を突き出している。


 ――流石は先輩だ。でもあれじゃ攻めようがないぞ。


 バリアソードの射撃は効かない。

 当然、バリアソードで直接斬りかかっても無駄だろう。

 それは、秋雨のマグマ魔術も同じだ。


「なるほどね、なら、これはどうだい?」


 秋雨が見守る先で、草壁がひと際魔力を高めた。

 刹那、ジャック本人が巨大なドーム型のバリアに包まれた。


 ――上手い! あれなら時間を遅くされても関係ない!


 秋雨は度肝を抜かれながら勝機を見出した。


 しかし、その一秒後にはジャックのコートを突き破り、両腕から全長一メートル以上の刃が飛び出した。


 間髪を容れず、ジャックはバリアを一撃で突き破り、脱出してしまう。


 能力が強力なだけではない。

 彼は最大魔力も一流らしい。


「クソッ!」


 秋雨は舌打ちをするも、策を破られた草壁本人は涼しい顔だった。


「なるほどね、君の能力がわかったよ」


 犯人の目星をつけた刑事のような声音に、周囲の視線が集まる。


「もしも君が時間系能力者なら、ボクのバリアが展開されるスピードも遅くなるはずだ。それ以前に、自分を加速させた超高速攻撃してくるだろう」


 言われてみればその通りだと、秋雨は納得した。


「けれど、ボクのバリアはいつも通り展開された。つまり君の能力は時間じゃない、動くモノの運動エネルギーを奪うんだ。だったら!」


 草壁が地面を蹴ると、ジャックの周囲の地面から次々バリアソードの剣身が出現した。

 いまのジャックは、針山の中央に置き去りにされた状態だ。


「さらに!」


 草壁がバリアソードの弾幕を放った。

 いくら運動エネルギーを奪おうと、いつかは当たる。

 やむを得ず、ジャックを大きく跳躍して避けた。


「いまだ!」


 着地点に、無数の剣身を出現させる。

 これでジャックの串刺しは免れない。

 秋雨もやったかと思うも、ジャックは両脚から何本もの剣身を生やすとガード、無事に着地をキメた。


「そう簡単にやらせてはくれない、か」


 まるで楽しむような草壁の態度に、警官を含む周囲の人たちは息を呑んだ。

 戦いは完全にジャックVS草壁の様相を呈してきた。

 この会場にいる誰もが気づいているのだ。

 ジャックに対抗できるのは、彼女だけだと。

 その中で、秋雨だけは危ういものを感じていた。

 

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