第34話 絶望の入隊試験
『それでは、これで全ての試験を終了いたします。合格は二時間後に発表です』
草壁に夢中になっている間に、試験は終わっていた。
そのことが、無性に恥ずかしかった。
「おや、秋雨で遊んでいたら試験を見逃してしまったな」
――遊んでいたんかい!
秋雨は激しく後悔しながらツッコんだ。
――だよな、やっぱり先輩みたいな美人が俺の相手をするわけないよな。
「まったく、君が可愛すぎるのがいけないんだぞ。その溢れんばかりの魅力を生腰はセーブしたまえ」
――我が生涯に一片の悔いなし!
秋雨は膝の横でこっそりとガッツポーズを作った。
「でもせんぱ――」
草壁の視線がジトリと細められて息が詰まった。
「ま、守里……ちゃん」
草壁の視線がニッコリと満面の笑みを作った。
――あからさまだなぁ……。
「合否が二時間後って随分早いですね」
「議論する受験者が少ないのだろう。今回の試験はふたつ、魔力の最大出力測定と能力テストだ」
草壁は指を二本立てた。
「最大出力は測定器で数値化できる最大出力が基準以上の者は全員合格。問題は基準以下でも魔術の適性が有用な者をどうするかだ。その一部の者の合否を決めるのに二時間というところなのだろう」
「短くないですか? 受験生はこんなにいるのに」
競技場に集まった大人たちを秋雨が見回すと、草壁は軽く息を吐いた。
「あくまでも一次試験だからな。基準はゆるゆるなのだろう」
「つまり、よっぽどザコい能力じゃなければ基本合格、と?」
「うむ。まさによっぽど魔力出力が低くてなおかつ非戦闘系能力でもない限りは合格だろう。今後、二次三次と……?」
草壁は、フィールドの一点を見つめて言葉を飲み込んだ。
秋雨も彼女の視線を追う。
すると、そこには黒尽くめの人影が立っていた。
黒尽くめ、と言っても秋雨が戦った黒いマネキンのような姿をしたアポリアではない。
黒い帽子にコートを着た人だ。
マネキンとは違い、目鼻立ちもはっきりと見て取れる。
欧米人でらしく、体格から男性のように思う。
受験生は皆、私服ではあるものの、四月にしては目立つ服装で、秋雨も違和感を覚えた。
受験生たちの間をするりと通り抜けていく足運びはあまりにしなやかで、相当な運動神経の高さを感じさせた。
あるいは、かつて存在した忍者はこのような動きだったのかもしれない。
男の接近に試験官である幹部軍人が気が付いた。
「君は受験生かね? 合否はッ――」
幹部軍人の言葉と右腕が吹き飛んだ。
流血で赤い放物線を描く腕に、会場の誰もが目を奪われる中、秋雨はコンマ一秒で視線を男に戻しながら立ち上がった。
幹部軍人は悲鳴を上げて地面を転がった。
彼を無機質に見下ろす男の両手は、十本の指先から長く鋭利な刃が生えていた。
十枚の刃は内側に湾曲し、それが獲物の臓物をかきだす捕食者のツメを彷彿とさせ、秋雨に生理的な恐怖を植え付けた。
「なんだテメェは!?」
「テロリストか!?」
「こんだけの戦闘系能力者相手にバカじゃねぇのか!?」
周囲の受験生たちは恐れるどころか意気込み、むしろ自分の力を他の試験官たちにアピールするチャンスだとばかりに集まってきた。
秋雨も慌てるのは一瞬、彼らの言う通りだと、自分に言い聞かせる。
だが、隣に立つ草壁は臨戦態勢を崩さず、まるで自分が戦うように魔力を高めていた。
「大丈夫ですよ守里ちゃん。あれだけの戦闘系能力者がいるんですから」
しかし、言葉とは裏腹に秋雨の鼓動は加速して、固唾を呑まずにはいられなかった。
事実、そこから始まったのはあまりに凄惨な光景だった。
次々襲い掛かる受験生たちの攻撃を難なくかわし、男は十指の刃で切り刻んでいく。
次から次へと噴き上がる血飛沫に、受験生たちの表情が強張っていく。
強い。
男は、かなりの実力者だ。
「あいつ何者だよ!? なんであの数相手にして、こんな!」
「あの男が強いのもあるが、受験生は皆、試験で魔力を消耗し尽くしている」
分析するように目を細めながら、草壁は悔しそうに歯噛みした。
「受験生は非難してください!」
「ここは我々に任せてください!」
怒声と共に駆け込んできたのは、青い制服に身をまとった警官隊だった。
消耗していない彼らなら問題ないだろうと、受験生たちはけが人を運びながら逃げ出した。
警官たちが拳銃を構えて、一斉に銃声を鳴らした。
男はそれを難なく避けるも、黒い帽子を落とした。
そうしてあらわになった素顔に、秋雨は強烈な既視感を覚えた。
「あの顔、どっかで……」
その疑問に応えるように、誰かが言った。
「ジャック・ザ・リッパー?」
電撃オンラインにインタビューを載せてもらいました。
https://dengekionline.com/articles/127533/
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