第33話 大切なのは【努力】でも【才能】でもなく【工夫】すること
終始、秋雨が話題の中心だった一日が終わった放課後。
アポリアに襲われて秋雨に助けられてしまった内込庄司は、ふてくされながら校門をくぐった。
まわりの下校生徒すらうっとおしくて、内込が横道にそれると、黒尽くめの人が目に入った。
四月だと言うのに黒いコートと帽子を着込み、隙間から見える顔立ちは、おそらく西洋人だろう。
身長も、180センチ以上はありそうだ。
でも、なんでこんなところに外国人が?
内込がいぶかしんでいると、ちょっと顔色が悪い彼は、右手に握る新聞を突き出してくる。
「あん、なんだよおっさん? ん?」
新聞の一面には、自分のプライドを傷つけた憎き浮雲秋雨の写真が載っていた。
内込はますます不機嫌になる。
「彼ハ、ドコ? イル ココ?」
「あんた外国人記者か?」
たどたどしいカタコソの日本語で秋雨を求めてくる西洋人に打ち込めは舌打ちをした。
「野郎なら対策チームの試験受けに競技場行ったよ! たく、どいつこいつも浮雲浮雲ってうぜぇ!」
不愉快が加速していた内込めはぶっきらぼうに返事をしてから、男の横を素通りした。
「…………ノチカラ……競技場……見ツケタ……」
太陽を仰ぎ見た彼の肌は灰色で、顔には青いラインが入っていた。
◆
「完全に誤算だったな」
競技場の客席に座りながら腕を組み、草壁守里は痛恨の極み、とばかりに顔を苦悶に歪ませた。
無理やり引っ張ってこられた秋雨は、隣の席で苦笑いを浮かべた。
「18歳未満は試験を受けられないって、考えてみれば当然ですよね。子供に命がけの先頭任務なんて、世論が納得しませんよ」
「まった、世間は考え方が狭いな。まぁ決まりならば仕方ない。せっかくだし今日は見学だけでもしていこう。未来のライバルたちの実力を拝見だ」
気を取り直して、草壁は興味津々にフィールドへ視線を落とした。
――意外と子供っぽいなぁ。そこも可愛いけど。
好奇心たぎる眼差しに、秋雨はグッときてしまう。
堅牢な完璧超人だと思っていた人が不意に見せてくれた幼稚さの魅力は底無しで、彼女の無邪気な表情に、秋雨は試験そっちのけで見入ってしまう。
凛々しくてつぶらな瞳と目が合った。
「どうした? 私の顔を見てもつまらんぞ?」
「あ、いや、それは……」
「私の美貌を見たいならあとで自撮りを送ってやろう。スマホの待ち受けにするがいい。きっとご利益がある」
――すげぇ自信!
あまりの自意識に、秋雨は【しどろ】も【もどろ】も消し飛んだ。
けれど、そんな圧倒的自負もまた、彼女の魅力である。
なんというか、一生ついていきたくなってしまう。
男としては情けないのでおくびにも出せないが、秋雨は彼女の頼りがいにメロメロだった。
◆
試験を見学する人で賑わっている客席は、おおいに盛り上がっていた。
それほど、能力テストは見ごたえ抜群だった。
受験者たちが個性的な攻撃魔術を最大出力で力の限り披露するさまは圧巻だ。
秋雨の噴火やマグマも強力だが、彼らに勝てる自信はない。
「おお、凄いなぁ」
「はい。でも先輩、戦闘系能力なんて使う事ないと思うんですけど、どうやってあんなに鍛えたんでしょうね」
「才能があったか、趣味か、何かのショーか何かで使う機会があったのではないか? サーカスの団員とか、プロレスラーとか」
「あ、確かに」
平和でなおかつ警察や軍隊では魔術が軽視される現代、戦闘系能力を使う機会なんてない。
けれど。
「大事なのは工夫すること。現代では無用の長物である戦闘系能力も、使い方次第では仕事に活かせる。私が前に利用したレストランのシェフは、自身の炎魔術でステーキを焼いていたぞ」
「工夫……」
つい、その単語が気になり反芻してしまう。
今まで内込たちにいじめられ、ボッチだった秋雨は、一言で言えば人生を悲観していた。
努力が才能に打ち勝つのはフィクションの世界だけ。
世の中は家柄や容姿、才能、自分の努力とは関係のないことで勝ち組と負け組に分けられる。
それが秋雨の人生観だった。
「木を切るのに6時間もらえるなら、私は最初の4時間を斧を研ぐことに使いたい」
不意の言葉に、秋雨はハッとした。
「アメリオン合衆国大統領、リンカーンの言葉だ」
草壁は、ちょっと得意げに説明した。
「考えなしのがむしゃらな努力に価値はない。価値ある努力とは考える事、工夫すること、成功への道筋をつけることだ。ボクの魔術適正はバリアだった。だけど強固なバリアをぶつければ攻撃になると思って工夫した」
手の平にバリアナイフを構築しながら、草壁は微笑を浮かべた。
「自分の可能性を狭め諦めること、これを怠惰と呼ぶ」
まるで悩める青少年を導くような口ぶりに、秋雨は心を見透かされるような恥ずかしさを覚えた。
「キミは危ないからと試験を受けるのを嫌がった。ならどうして昨日はアポリアと戦ったんだい?」
「それは、目の前でクラスメイトが襲われていたから」
「キミのクラスメイトだね。教室でも目にしたが、キミと懇意には見えなかったぞ?」
草壁の慧眼に秋雨は舌を巻いた。
秋雨は、クラス中の注目の的だった。
なのに、内込はその輪に交ざらず一人、自分の席でつまらなさそうにしていた。
秋雨と仲がいいなら、かばうか、友人の活躍を共に喜んでもいいはずだ。
少なくとも、友人の態度ではない。
とはいえ、それを一目で看破する草壁はただものではない。
「他人の不幸を見過ごせない。他人の苦しみに胸を痛める。君のその共感性の高さと正義感は最高の美徳だ、惚れるよ」
「惚れる、って!」
顔に熱を感じながら秋雨が驚愕する一方で、草壁は余裕の笑みを浮かべていた。
慌てる秋雨の反応を楽しんでいるような態度は悔しいも、彼女の視線と意識を独り占めしている状況が幸せで仕方ない。
「あの、先輩、俺……」
必死に言葉を探していると、細い指先がぷにっと頬を突いてきた。
「守里ちゃんと呼べ」
「ッッ!」
行動は子供っぽく、眼差しは真剣に、そして、口元は快活に笑っていた。
相反する三つの魅力を矛盾することなく共存させる草壁の魅力は底無しで、秋雨はもう彼女にくびったけだった。
これで、もしも彼女に恋人がいたら自分はとんだピエロである。
そこまでわかっていてもなお、秋雨は彼女への想いを止められなかった。
――試験に来て良かった。
無理やりではあったが、今ではこの選択に一片の悔いもなかった。
『それでは、これで全ての試験を終了いたします。合格は二時間後に発表です』
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