第16話 末恐ろしいというよりも、既に恐ろしい


 補習授業に参加していた生徒1人1人を指導していた真白が、仕事だからと授業を切り上げてから3時間。


 残りは自主トレとなり、指導してくれる先生がいなくなったことで、生徒たちは1人、また1人と寮に帰っていく。


 引っ越し作業で、大和も早く帰るべきなのだが、練習したい気持ちの方が強く、帰る気にはなれなかった。


 校舎がハチミツ色の夕日に染まる頃、グラウンドに残っていたのは、大和を含めて、片手で数えられる程度だった。


「また駄目だ!」


 大和の両手が噴火した。


 何度も魔力をマグマに、そしてマグマに含まれる鉄に変換しようとしても、上手くいかなかった。噴火した手の平からは、黒い液体がボタボタと落ちるも、冷え固まってできたのは土と岩混じりの鉄くずだった。


 拾い上げて打ち合わせると、ぼろりと崩れてしまう。


 元の魔力へと雲散霧消して消滅するガラクタを眺めながら、大和は頭をひねった。


 ――炎、土、石、少量だけどマグマも作れる。けどマグマに含まれる鉄だけを抽出して作れない……ていうかそれって金属属性じゃないのか? そもそも俺って本当に鉄作れるのか?


 大和が頭を抱えて眉間に縦ジワを刻んで唸ると、落ち着いた声がかかった。


「どうした大和。何か悩み事か?」

「あー勇雄」


 振り返ると、疲れ切った望月と蜜也を連れた勇雄が、悠然とした足取りで近づいてきた。


「それが、先生からマチェットソードを造るよう言われているんだけど、上手くいかなくて」

「む、そうか。魔力の無い私では力になれそうにないな……」


 何故か、勇雄はばつが悪そうに声を濁した。


 ――先生は教え合いが大事って言ったけど、勇雄に魔術の相談をするのは嫌みだよなぁ。


「気持ちだけでも嬉しいよ。それで、なんで2人は疲れているんだ?」

「ああ。2人には私の鍛錬に協力して貰っているのだ。2人とも、もう一本いけるか?」


 望月が、白い額に浮かぶ汗をぬぐった。


「な、なんとか……」


 蜜也が、げんなりと答えた。


「う、うん……」


 望月は表情を引き締めると、両手を前に突き出した。


 すると、地面からグリッド線が走り、人型を構築し、みるみる黒鉄の光沢と厚みを得ていく。同じ鉄像が、横一列に次々構築されていく。まるでマネキン工場の倉庫のような光景だ。


 これをどうするんだろうと大和が思うや否や、勇雄は右端の鉄像の頭を、上段廻し蹴りの一発で刎ね飛ばした。


 ギィン、という、金属を切断する音が、鋭く奔って消えた。


「なっ……」


 大和が驚愕してあんぐりと口を開けるよりも前に、勇雄は2体目3体目の首を蹴り刎ねていく。


 そのまま、勇雄は竜巻のように高速回転しながら、右から左へ移動し、鉄像たちの首を片っ端からボールのようにフッ飛ばしていく。


 見ているだけで、スネが痛くなってくる光景だ。


 左端まで辿り着くと、今度は逆回転になり、左廻し蹴りで鉄像の頭を刎ねていく。


 首無し鉄像の断面からは、すぐに新しい頭が生えるも、望月は眉根を寄せて、赤い瞳を悩まし気にゆがめていた。鉄像の生成に、全身全霊で当たっている証拠だ。それでも、勇雄の破壊速度が僅かに勝っている。


 もう、何体の鉄像を破壊したのか、数える気も薄れると、不意に勇雄が立ち止まった。


「ふむ、そろそろ足が限界だな」


 勇雄の感想に、大和は少し安堵の息を吐いた。


「だよな、やっぱり、プロテクター越しでもキツイか?」

「プロテクター? いや、素足だ」


 勇雄がズボンの裾をまくると、赤く変色したスネが見えた。

 大和が驚愕して固まると、勇雄は淡々と語り始めた。


「ジャコウウシという牛の頭蓋骨は、骨密度が高すぎて金鎚で叩くと鋭い金属音がする。骨を鋼の強度にすることは、不可能ではない」

「いや人間は無理だろ!」

「問題ない。回復魔術を使えばな」


 回復魔術とは、肉体強化の究極奥義だ。本来なら自分の身体に魔力を流して細胞を強化、活性化させるだけだが、一部の達人は、魔力を他人の体に流し、強化するだけでなく、ケガの治療をすることもできる。


「再生限度を超えた傷は後遺症となる。だが、砕けた骨を完治させるほどの回復魔術ならば話は別だ。そのうえ再生のプロセスを得るが故に、以前よりも強靭な肉体として蘇る」


 大和はまさかとは思うも、理にはかなっていた。


「もっとも、激痛を伴う上に世界最高ランクのトップヒーラーの協力が必要になる。おいそれと真似はできないだろう。私は定期的に真白師匠から使い切りタイプの回復魔術を受け取り、入学してからはヒーラーである蜜也の協力を得る事になっている」


 見れば、蜜也は息を乱しながら、歯を食いしばっていた。彼の手は淡い燐光に覆われていて、魔力の無い勇雄から、魔力の波動を感じた。


 回復魔術は肉体強化の究極奥義。それを15歳で使えるとなると、蜜也は末恐ろしいというよりも、既に恐ろしい魔力操作の使い手だ。


「悪いが蜜也、骨の消耗に回復が追いついていないのだが、もっと早く治すことは可能か?」

「いや骨折を秒で治すのは無理だよ!」


 おとなしそうな顔とは裏腹に、声を荒立てて蜜也は抗議した。


「真白師匠は、私が怪我をするたび消費する使い切りタイプの回復魔術を私に付加してくれた。あれだと10秒もあれば骨折も治ったのだが……」

「15歳に求めるモノが高いなぁ……」


 蜜也は目を閉じて、しみじみと息をついた。


「でも、それぐらいできないと実戦じゃ困るよね。先生からはこの教室のヒーラーを任されているし、もうちょっと頑張るよ」


 苦笑しながら頬をかいて、蜜也は自嘲気味に同意した。

 数秒遅れて、やっと大和は正気に戻った。


「お前いっつもこんな練習してんのか?」

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