第7話 女子からパンツ丸出しで土下座されたら、どうすればいいんだろう……

 ――女子からパンツ丸出しで土下座されたら、どうすればいいんだろう……。


 場所はシーカースクールの男子更衣室。

 そこで大和は、人類史上初の、極めて難解な命題に直面していた。


 目の前には純白の下着姿で土下座をする美少女。


 ぎゅっとくびれた腰に反して、程よく大きめで丸いお尻が、薄い布地一枚隔ててプルプルと震えているのがセクシーだった。

 ツーサイドアップの髪の房が二本、床に垂れているのが可愛い。


 ソクラテスやプラトンやアリストテレスがこの場にいたらなんと答えるだろう。こんなことならもっとまじめに倫理の授業を受けておくのだったと後悔しながら、大和はどうしてこんなことになっているのか、走馬灯を見るように思い出した。



   ◆



「おぉ……」


 駅から降りると、大和は都市の情報量に眼と口を丸くした。


 ナマの東京を一言で現すと、MR社会の極致だった。


 駅前の道路を走る自動運転車の頭上には走行中を表す危険シンボルが表示され、予想進行ルートが赤いレールとして地面に走っている。


 信号や横断歩道には、デフォルメされた犬のおまわりさんが、車や通行人に指示を出している。赤信号なのに渡ろうとした学生が、見事に怒られていた。


 宅配ドローンと、底部のプロペラで飛ぶスカイバイクが飛び回る空を見上げれば、宣伝用のMR看板やアドバルーンがそこら中に展開している。


 英語の看板に視点を合わせると、すぐ近くに和訳が表示され、店舗の看板に目をやれば、混雑状態がパーセントで表示される。


「流石に東京はMRオブジェクトの数が段違いだな」


 大和の地元でも、同じモノは、一応ある。

 けれど、車の交通量は天地の差があるし、信号のある道路のほうが珍しい。

 商店街の店主たちはMRに疎いし、うん十年前の物理看板をそのまま使っている。


「しかも電柱が無い」


 首都圏と県庁所在地では電線が地下に埋められたものの、大和の地元ではまだまだ現役だ。


 当然、こんな光景はテレビやネットやVRでいくらでも見ている。

 それでも、VR技術がどれほど進歩しても、五感の情報力には及ばない。


 質量を感じる高層ビルの重圧感。

 加工、編集されていない、街の息遣いとも言える雑踏音。

 靴底越しに感じる、クッションコンクリートの優しい踏み心地。

 そして、水素・電気自動車普及率一〇〇パーセントが実現した、清涼感溢れる空気。

 昔と違い、現代ではガソリン自動車の走る田舎の方が空気が悪いとさえ言われているのも納得だ。


 普通の学生なら、観光気分で東京の街を見て回るのだろうが、大和はそんなおのぼりさんではない。彼は遊びに来たわけではないし、遊ぶ気もない。


 それに、東京の中にいるだけでお腹いっぱいになっている。色々と安上がりな少年だ。


「さてと、シーカースクールは。AIアイコン、シーカースクールまで頼む」


 大和が耳の裏に装着したデバイスに指示をすると、大和の視界には、彼だけに見えるナビゲーションマークが表示された。


 勝手知ったる地元では使う機会のなかったナビアプリだけに、ちょっと新鮮だった。



   ◆



「ここがシーカースクールか、なんていうか、凄いな……」


 大和が驚いたのは、何もかもにだった。


 戦車隊が通れそうな広さの校門は要塞のように分厚く高い壁に挟まれ、上部には有刺鉄線どころか鋭利な剣身がずらりと並び、その隙間から侵入者撃滅用の機銃がこちらを威圧してくる。


 校門をくぐると、歴代首席卒業生の等身大銅像が左右に並び、新入生たちを歓迎してくれる。その周りでは新入生たちが記念撮影をしており、そのなかには三年後は自分の像が加わるんだとはしゃぐ生徒もいた。


 その行動を子供っぽいと思うも、数秒後、大和も人のことを言えなくなった。


「え、秋雨さん?」


 それは、かつて大和を救ってくれた恩人である、浮雲秋雨の銅像だった。記念写真を撮りたいという欲求に駆られ、懊悩すること三秒。


 ――……まぁ、今日からここに通うんだし、いつでも撮れるよな。


 何に対しての弁明かわからない感想を抱きながら、大和は敷地内の奥へと進んだ。

しかし、校舎はまだ遥か先だった。


 校門と校舎の間は広い庭園になっていて木々が植えられ、休憩スペースには噴水やベンチ、自動販売機まで置いてある。学園というよりも、完全にパークだ。


 とはいえ、資料によると六〇〇人を超える生徒全員分の個室学生寮と校舎、さらに戦闘訓練場やドーム型競技場まで完備しているのだから、これぐらいの敷地は必要なのかもしれない。


「……俺、シーカースクールに来たんだよな」


 一陣の風に頬を撫でられると、不意に、そんな当たり前のことを呟いてしまう。


 試験に落ちたときもだが、実感とは、遅れてやってくるものだ。


 真白に合格を言い渡されてから今日まで、どこか半信半疑だったけれど、こうしてシーカースクールの敷石を踏むことで、シーカーになった実感を得られた。


 ――ここで鍛えてシーカーになって、それで秋雨さんに言うんだ。七年前の約束通り、シーカーになりましたよって。


 軽く手に汗を握りながら、表情を引き締めた。


「よし、やるぞ。えーっと、まずは入学式の前に学生寮で制服に着替えるんだよな」


 道なりに歩きながら、デバイスが学園内のローカルネットワークを認証したのを確認すると、大和はデバイスに呼びかけた。


「AIコン、男子寮まで、ん?」


 少し歩くと、ベンチに座り、談笑する男子たちが目に入った。


 知らない制服姿。大和と同じ新入生、それも、彼らは同じ中学出身同士なのだろう。


 地元を離れ、ボッチの大和は、その姿が少し羨ましかった。

 今、大和の知り合いは見下し系女子の蕾愛ただ一人だ。


 ――でも、ここに通うのってみんな俺と同じシーカー志望なんだよな? なら、意外と気の合うやつ多いかもな。


 現代では、多くの子供がシーカーを目指す。


 でもみんな、他に好きなことを見つけたり、才能の限界を感じて諦めてしまう。


 実際に受験したのは、大和の学校では大和と蕾愛を含めて、十人もいないだろう。

志を同じくする同志が集まっているこの学園の生徒が、仲間に思えて胸が熱くなった。


 大和の合格を祝ってくれた四人の親友と離れ離れなのは辛いけれど、ここでまた、新しい友達を作ろうと、大和は未来への希望に頬を染めた。いわゆる、高校デビューだ。


 すると、大和の視線に気づいたのか、五人はこちらに顔を向けるやベンチを立ち上がった。


 ――え、こっち来る。向こうから? どうしよ。


 地元の人間しか知らない大和は、初対面の相手にややテンパった。

 最初が肝心だと思いながら、大和が精一杯の愛想笑いを浮かべると、五人は頬を緩めた。


「なぁ、お前もしかして草薙大和か? 山属性の」

「え? そうだけど?」

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