第6話 磨かれぬセンスを磨くこと、閉じた才能を開花させること、それが私たち、教師の役目です
「ヘラクレスが消えた!? どうなってんのよ!?」
リングの上では、蕾愛が動揺しながら、周囲を見渡していた。
「あ、すいません、あれは私が用意したMR映像です。皆さんには演技をしてもらいました」
途端に、場外へと弾き飛ばされた職員や試験官たちが起き上がる。
だんだん、話が見えてきて、大和はある可能性に胸を高鳴らせた。
「あの、今、合格って……もしかして」
「はい。君は私の権限で合格にしました。君はこの場の誰よりも、シーカーに相応しい。そんな君が不合格なんてもったいない。四月になったら、私の真白教室へいらっしゃい」
「はぁっ!? そいつが一番シーカーに相応しいって、そいつアタシより弱いんですけど?」
声を張り上げたのは蕾愛だ。不服そうな顔で、大股に近づいてくる。
けれど、蕾愛の剣幕とは真逆に、真白は飄々と返した。
「蕾愛さん、まっさきにアポリアに立ち向かった勇気は評価しますが、君は周りのことを考えていない。一方で大和くん、君はアポリアを倒すことよりも、まず、目の前の人を助けることを優先しました。とてもグッドですよ。シーカーの役目はアポリアから人々を守ること。アポリア退治はその手段でしかありません」
「ま、まさかアタシの合格取り消しですか!?」
蕾愛は足を止めて青ざめた。
「いえいえ。アポリアを退治すれば第二第三の犠牲者を減らせますし、君のしたことは間違いではありません。それに、そうした部分は今後、直していけば良いのです。君の場合、勇気は合格ですしね。というか、一試験官の私には合格にする権限はあっても、他の試験官が出した合格を取り消す権限なんてありませんしね」
蕾愛はほっと胸を撫でおろした。
大和も、ちょっと安心する。
愛雷は、性格こそキツイが実力は本物だ。
彼女がシーカーになれば、きっと多くの人を救ってくれるだろう。
――才能は、愛雷の方が十倍以上だしな……でも、俺も合格、なんだよな……よし!
やや遅れて湧き上がる合格の実感に、大和は飛び上がりたいくらい嬉しくなってしまった。
夢が叶う。シーカースクールに入って、シーカーになれる。
しかも、憧れの秋雨さんの息子さんに認められた。
けれど、合格に喜んだのも束の間、不安な気持ちが湧き上がった。
「あの、真白さん。スカウトしてくれるのは嬉しいんですけど。でも俺、才能なくて、ヴォルカンフィストしか使えないし……」
真白が自分の在り方を買ってくれるのは嬉しい。
けれど、それは美談ではあっても現実的ではない。
正義の無い力がただの暴力であるように、力の無い正義もまた、無意味なのだ。
自分の無能ぶりに、真白がガッカリする未来を想像して、大和は歯噛みした。
「あはは♪ 大丈夫ですよ♪ 大事なのは才能でも努力でもなく、やる気と環境。努力できる環境、才能を活かせる環境は私が用意します。君は、やる気だけ持ってきてください。中学浪人してでもシーカーになりたいという、熱いやる気をね」
「き、聞いていたんですか……」
何故だか、恥ずかしさがこみあげてきて、かぁっと顔が熱くなった。
そんな大和に、真白は愉快そうに頷いた。
「はい。それにね、磨かれぬセンスを磨くこと、閉じた才能を開花させること、それが私たち、教師の役目ですから。心配しなくても、君の才能は、私が見つけてあげますよ」
その言葉で、大和は自然とまぶたが持ち上がって背筋が伸びた。
本当は、七年間、ずっと不安だった。
他のシーカー志望者と違って、武器を用意できない。魔術は独学。使える魔術は一つだけ。
身近にはいつだって天才・御雷蕾愛がいる。
彼女の強さを目の当たりにするたび、シーカーになるのは彼女のような人で、自分には無理なんじゃないかと思っていた。
その不安が今日、現実になった。
なのに、真白はその不安を、たった一言で晴らしてくれた。
――七年間、頑張って良かった。
思わず涙ぐみそうになると、四人の仲間も合格を喜んでくれた。
「おい良かったな大和」
「ここにきて合格とかお前どんだけ持っているんだよ」
「ラノベ主人公かっつの」
「これで夢のシーカーになれるな」
「おう、みんなもありがとうな」
まるで大団円のような雰囲気だが、一人、蕾愛が腕を組み、眉根を寄せていた。
「あ、思い出した。アンタ入学金と授業料払えるの?」
その場が凍り付いた。
大和も思い出して肩を落とした。
蕾愛の言う通り、大和は入学金や授業料を払えないからこそ、特待生を狙っていたのだ。
ただの合格では、意味がない。
「それなら大丈夫。私が払います」
真白が笑顔で言った。
「いやいや、そこまでお世話になるわけには」
「心配しなくてもプロシーカーは高級取りですからね。危険任務手当で稼いだお金もありますし、君一人くらいなんとかなります」
「いや、真白さん貴方そうやってもう十人も入学させているでしょう。お金、貸せませんよ」
試験官の一人のさりげないツッコミに、真白の笑顔が曇った。
「それは……えーっと」
――やっぱり無理か。俺がシーカーなんて……。
そうして大和が視線を伏せた矢先、聞きなれた声が降ってきた。
「金の心配ならいらん。山林を売ろう」
いつからいたのか、大和が顔を上げると、そこには父である
彼の語調はまるで飲み代のツケでも払うような気安さで、大和は驚き息を呑んだ。
父親の暴走に、大和は口調を強めた。
「待てよ親父、あの山林は先祖伝来の大切なものなんだろ!?」
父親がどんな想いで山林を守ってきたか、大和は幼い頃から知っている。
政府の役人から、高速道路を通すから売るよう言われても断り、その日から木材の注文が減る嫌がらせがあっても、守り続けてきた山林だ。
大事でないはずがない。なのに、山彦は厳格な声で、静かに言った。
「その山に穴開けた奴が吹いてんじゃねぇよ」
「っ、親父、知っていたのか?」
父親の手の平の上にいたことへの羞恥と気まずさに、大和は戸惑い、顔が熱くなった。
「草薙林業主十五代目をナメるなよ。あの山林に、俺の知らないことなんてあるかよ」
皮肉気に口角を吊り上げてから、山彦は辛そうに息をついた。
「小学生のガキがやることだ。最初は何の遊びかと思っていたさ。けどな、爆竹みたいな拳がいつの間にかダイナマイトみてぇな火ぃ噴くようになって、トンネルが日に日に深くなるのを目にしていたら、何もできない自分が情けなくてな……そんでお前が山一つ貫いた時に、悟っちまったんだよ『こいつは山に勝ったんだ。山の中に納まる器じゃないんだ』ってな」
「だけど親父」
山彦は、僅かに語気を強めた。
「自分の力じゃどうにもならない何かに人生を決められる辛さは知っている。何が先祖伝来の山だ。あんなのデカイ盛り土だ。息子の夢より大事な盛り土があってたまるかよ」
「けど」
なおも大和が食い下がろうとすると、山彦は怒鳴った。
「親に気遣ってガキが夢諦めるのがどんだけ親不孝かわかってんのか!? いいからテメェはさっさとシーカーになって山ほど以上の人助けろ!」
「…………」
有無を言わせない勢いと熱意に、大和は絶句した。
その間に、山彦は真白にやおら頭を下げた。
「先生。こいつはガキの頃から、ずっとシーカーに憧れてここまでやってきました。俺が林業にこだわって金を稼げないせいで武器も魔術の訓練もさせてやれず、肩身の狭い思いをさせてきました。どうか、こいつのことをよろしくお願いします」
親が自分のために頭を下げる。その姿に、大和は胸が痛くなった。
父親が不器用なだけで、自分を大事にしてくれているのは知っているつもりだった。だが、自分は自分が思っている以上に、親から愛されていたのだ。
「はい。貴方のご子息は、私が必ずシーカーにしてみせます」
真白が頷くと、大和は一度息を呑んでから、言葉を溢れさせた。
「ありがとう……親父」
大和が目をつぶって頭を下げると、目じりから涙がこぼれた。
◆
三ヶ月後。星歴二〇六一年四月。
真白に言いつけられた自主訓練をやり遂げた大和は地元を離れて、東京へ向かっていた。
東京行きのリニアトレインに乗っていると、窓の外に広がる満開の桜並木に目を奪われた。
思わず窓を覗き込むと、桜並木が途切れて、けれど代わりに、最高の光景が広がった。
車窓から見えるのは、二十一世紀半ばから大発展を遂げた東京の街並みだった。
東京ぐらい、テレビでもネットでも、VR映像でも見たことがある。
それでも、どれだけ映像技術が進歩しようと解像度が上がろうと、本物には勝てないことがよくわかる。本物は、圧も厚みもまったく違う。
まるで街全体が一つの建物のような、天を衝かんばかりの摩天楼群に胸を躍らせながら、大和は握り拳を作った。
これから自分が戦うシーカー業界という名の戦場を前に、期待と気合いが止まらない。
――待っててください秋雨さん。俺は貴方のような最高のシーカーになります! 絶対に!
草薙大和、十五歳。彼はまだ何者でもない、無能と呼ばれた落第生である。
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