第5話 俺は、怖くて辛くてどうしようもない人を助けたいんだ!
でも、現実はそう甘くはなかった。
リングの上に整列して、閉会式に出席しながら、大和はため息をついた。
お偉いさんの挨拶や閉会の言葉なんて、右から左だ。
――ここで俺が合格すればドラマになるんだけど、現実は現実だよな。
あの日、自分がシーカーを目指すことを伝えると、浮雲秋雨はお守りにと、星形のペンダントをくれた。肌身離さず身に着けるよう言われたそれは今日も身に着けていて、大和にたくさんの勇気をくれた。
でも、今はむしろそのペンダントに負い目を感じてしまう。
――もし、来年も再来年も落ちたら、秋雨さんに何て言おう。いや、それ以前に会う機会もないだろうけど……。
アポリアの脅威から人々を守ることもだが、憧れの浮雲秋雨に再会したい、というのも、シーカーになりたい理由の1つだ。
シーカースクールを卒業して、プロシーカーになって、秋雨と再会して、ゆくゆくは2人で師弟コンビを組んでアポリアと戦う、なんて、都合の良い妄想をしたこともあった。
けれど、このままでは本当に妄想に終わりそうだと、後ろ向きな気持ちが、首のうしろにずぅんとのしかかってくる。
――こうしている間にも辛い目に遭っている人たちがいるのに、俺は何もできないんだよな。
思い出すのは、試験官の言葉だ。
――ヴォルカンフィストしか使えないのはアウト……なんとかして、他の魔術も使わないとな。でも、魔力のコントロール苦手なんだよなぁ……ん?
そこで、いつの間にかお偉いさんの言葉が止まり、会場にどよめきが起こっているのに気づいた。どうしたのだろうと見上げて、大和は言葉を失った。
青い空に、黒いヒビが蜘蛛の巣状に走っていた。ヒビはみるみる増えてその密度を増すと、中心が割れて孔が開いた。
「あれって、アポリアの……」
最新の研究では、アポリアは普段、別の次元を移動していることがわかっている。
まるで、平面世界を上から見下ろす三次元観測者のように、アポリアは別次元から獲物を見つけ、三次元空間に現れるのだ。
孔の中から、異常な巨躯が這い出し、飛び出した。
その姿に、誰もが驚愕した。
3メートルはありそうな巨躯は、丸太のように太い筋肉の束に覆われ、厚い胸板は戦車の主砲すらも弾き返しそうな印象を受ける。
頭にはライオンの毛皮を被り、右手に棍棒を、左手には弓を携えたその姿は、テレビやネットの映像で何度も目にしている。
アポリア上位種のネームド、その中でも、数十年にわたり多くのシーカーを退けてきた個体。ギリシア史上最強最大の英雄をコピーしたその識別コードは【ヘラクレス】。適性魔術は、倒した敵の力を具現化する、通称アンソロジー。
十二の難業を成し遂げ、その引き換えに多くの魔術を得た、大英雄だ。
「いかん、君たちはすぐに避難するんだ――」
試験官の言葉は続かなかった。
ヘラクレスはリングに着地すると同時に棍棒を振るい、試験官たちを一撃で場外へと弾き飛ばした。試験官たちは倒れ、そのまま動く気配はない。
シーカースクールの試験官は皆、プロシーカーのはず、なのにだ。
会場はたちまちパニックになり、客席の人たちは我先にと逃げ出した。
受験生たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
でも、大和はその場から動かず、湧き上がる衝動を拳に溜めて佇んだ。
刹那、大和の脳裏に閃いた。
――いや待て、みんなは!?
親友4人は、確か最前列席にいた。大和はすぐさま振り返り、駆け出した。
4人は周りの客の流れに乗れず、自分たちの席で戸惑っていた。
大和が最前列席とフィールドを隔てる柵へ辿り着くと、ちょうど人の流れが切れた。
「大丈夫か!?」
「お、おう、ちょっと遅れたけどな、早く逃げようぜ」
けれど、大和は「いや」と言葉を濁らせた。
「馬鹿、何悩んでんだよ! お前も逃げるんだよ!」
「どうせお前のことだから変なこと考えてんだろ?」
「それは……」
図星だった。大和は、ヘラクレス相手に、どう戦おうか、戦略を練っていた。
人々を守りたい、その衝動のままに。
「見ただろ。プロのシーカーでも勝てないんだぞ!」
「早く避難するぞ!」
「でも」
「お前来年受験してシーカーになるんだろ!? ここで死んでどうするんだよ!?」
「そうそう!」
「ッ……」
それを言われると辛かった。
みんなの言う通りだ。
敵はプロシーカーですら瞬殺する最強のアポリア、ヘラクレス。
一方で自分は、シーカーですらない、ただの中学生だ。
秋雨に助けられた時のことが、脳裏に浮かんだ。
――そうだ、俺はシーカーになって大勢の人たちを助けて――。
ひと際大きな悲鳴に思考を遮られて、大和は振り返った。
ヘラクレスが棍棒を捨て、左手の弓に矢をつがえていた。
ヘラクレスが持つ魔術、アンソロジーの1つ、ヒュドラだ。
災厄の毒竜ヒュドラを退治した際に得たとされる魔術で、矢の形をした毒魔術は山を溶かし、大地を汚染すると言われている。
そんなものを人に撃てば、どうなるかは子供でも分かる。
「はんっ、いいじゃないヘラクレス。この御雷蕾愛様の伝説は今日ここから始まるのよ!」
リングの端では、蕾愛も逃げることなく、その場に留まっていた。
彼女は愛用の大鎌をモーターのように超高速回転させると、
一方で、大和の視線は、弓矢の延長線上にあった。
客席では1人、逃げ遅れた若い女性が動けずに震えていた。
――マズイ!
「大和!?」
気が付けば、大和は駆けていた。全力疾走だった。
「くっそ! 間に合え!」
半ばヤケクソで、大和は足でヴォルカンフィストを使った。
足元が噴火して、反動で大和は吹き飛び、一息に客席まで辿り着くと、女性の元へ急いだ。
背後からは、仲間たちが自分の名前を呼んでいるが、振り向かなかった。
――ごめん、みんな。でも違うんだよ。俺はシーカーになりたいんじゃない。
震えて怯える女性の前に辿り着くと、衝動の赴くまま、大和はヘラクレスに向かって体を広げ、肉の盾になった。
「ッ、俺は、怖くて辛くてどうしようもない人を助けたいんだ!」
ヘラクレスが矢を離す、蕾愛が回転する大鎌を放つ。
あの日、ネームドのアポリアが大和目掛けて撃ちだした槍を遥かに超える勢いで、ヒュドラの矢は空間を貫いてきた。
――すいません、秋雨さん。俺、シーカーになっていっぱいの人を守ることはできませんでした。でも、この人だけは守ります!
「ヴォルカン・フィストぉおおおおおおお!!!」
アポリアを一撃で葬った秋雨の拳を思い出しながら、大和はヒュドラの矢に殴り掛かった。
そして拳と矢じりが触れる刹那、ヒュドラは桜吹雪となって散った。
「はーい、合格でーす♪」
「……え?」
拳を突き出したポーズのまま、大和が振り返ると、笑顔の女性が立っていた。
いや、女性の髪と服が雲散霧消して、中から、白ラン姿の男性が現れた。
水色の髪と目が印象的な長身の美形男性に、大和は目をしばたたかせた。
「秋雨さん? いや、似ているけど違う?」
「父をご存じですか? まぁ一部の界隈では、最強議論に名前が挙がるぐらいには有名ですからねぇ。私は息子の
「秋雨さんの、息子さん!?」
「はい♪」
真白と名乗る男性は、にっこりと笑って大きく頷いた。
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