第8話 正論とは常識人の共通言語であり、馬鹿には通じない。

 属性というのは、適性のことを端的に表した表現だ。

 たとえば、水属性と言えば、適性が水で水の魔術を使う人、という意味になる。


 でも、どうしてこいつが自分の名前と属性を知っているんだ? と大和が疑問に思うと同時に、男子たちは笑い出した。


「おいやっぱ本人だぜ、冗談だろ?」

「SNSで見たぜ。使える魔術ロゴスが噴火パンチだけで将来性ないって落とされたんだろ?」

「ッ……」


 屈辱の熱で、大和は顔が熱くなった。


 入学試験大会の情報は、参加者や観客がSNSで呟いているので、試合や受験者の情報は、比較的簡単に集まる。


 だが、まさかこんな形で馬鹿にされるとは思っていなかった。


「笑える。ていうかこれ、ただ適性を発揮しただけで魔術とも呼べないお遊びだろ」

「魔術っていうのはさぁ、適性に合わせて多種多様な力を発揮することを言うんだぜ?」


 言いながら、一人の男子は両手の平から炎の刃、槍、蠢く触手を燃え上がらせながら、頭上では火球を円環状に回転させた。


「ていうことはあれか、ほら、お前の担任誰だよ?」

「浮雲真白先生だ」


 大和はちょっと誇らし気に、待ってましたと言わんばかりの心境で答えた。

 なのに、男子たちの反応は、大和がまったく予期しないモノだった。


「浮雲真白って、お前それギャグかよ!?」


 五人は、まるで極上のコントでも見ているかのように笑い出した。

 お腹を抱えるその仕草に、大和は呆気に取られてしまった。


「ギャグって……なんで?」

「なんだよお前知らないのかよ? ぶふっ、浮雲真白って言えば、自腹で無能な生徒を入学させることで有名な変人無能コレクター教師じゃないか!」


 男子たちの反応に、頭の奥で、カチンと怒りのスイッチが入った。


 真白が、自分以外の生徒も自腹で入学させているのは、大和も知っている。

 でもそれは、自分のように力は無くても熱意のある生徒にチャンスをくれているからだ。

 それに、真白は言った。



「大事なのは才能でも努力でもなく、やる気と環境。努力できる環境、才能を活かせる環境は私が用意します。君は、やる気だけ持ってきてください」

「はい。それにね、磨かれぬセンスを磨くこと、閉じた才能を開花させること、それが私たち、教師の役目ですから。心配しなくても、君の才能は、私が見つけてあげますよ」



 才能なんて関係ないと言ってくれた真白の想いを、無能コレクターの変人教師なんて言葉で汚す男子たちのことが許せなかった。


「それと、オレらは全員、金城かねしろ宮男みやお先生が担当する一組だ」

「知っているか? 伝統的に、シーカースクールは教師も生徒も、質のいい順に一組から振り分けられるんだ」

「つまり、オレらは未来の幹部シーカーとして嘱望されるトップエリートってわけだ」


 五人は、自慢げに胸を張ると、ドヤ顔で大和を見下してきた。

 その態度にも、大和は頭の奥が熱くなった。


 同じシーカーを目指す同志、なんかではない。

 こいつらは、ただ地位や名声が欲しくて、シーカーを目指しているクチだろう。

 正直、こんな奴らには負けたくなかった。


「ッ、俺だって、一応は入学試験大会で準優勝したぞ」


 ヴォルカンフィストしか使えないからと不合格になった挙句、真白に拾い上げてもらっただけなのだが、何か言い返してやりたくて、大和は嘘にならない範囲で抗議した。

 けれど、男子たちには逆効果だった。


「おいおいおい、聞いたかよみんな。入学試験大会で準優勝したのが自慢らしいぜ」

「天狗になっているところ悪いけど、金城先生が担当する一組は、全員【推薦生】なんだ」

「中学時代からシーカーとしての教育を受け、幹部シーカーからの推薦を受けたオレらは、入試なんて受けなくても学園への内定が決まっているんだ」

「入試を受けている時点で、負け犬なんだよ」


 男子たちは、大和をからかうのが楽しくて仕方ないといった感じだった。


「…………」


 その嘲笑を、大和は黙って聞いていた。

 以前、父親である山彦が言っていた。


 雄弁は銀、沈黙は金。


 馬鹿みたいな奴が馬鹿みたいな絡み方をしてきた時は、沈黙するのが得策だ。

 正論とは常識人の共通言語であり、馬鹿には通じない。馬鹿は自身の欲得で動くからだ。

 馬鹿に言い返しても、ただトラブルが大きくなったり、下手に目を付けられてトラブルが増えるだけだ。


 大和も、父の教えには賛成だ。けれど、ものには限度がある。限度を知らない馬鹿は、相手が無言だと、言い負かしてやったのだと勘違いして、相手を一生格下に見る。

 そうなったら、下手に目を付けられるのよりも厄介だと思っている。

 最低限、言い返しておく必要はある。


「ていうか、魔術一個しか使えなくても準優勝できるって、入学試験大会ってどんだけ低レベルなんだよ」

「……生憎と、俺のヴォルカンフィストは十の魔術に勝るんでね」


 大和が軽く言い返すと、男子達の眉間に縦ジワが刻まれた。


「は? 底辺争いの勝者が勝ち組気取りかよ。何様だ?」


「草薙、大和だっけ? 『鳳凰ほうおうはニワトリと争わず』ってことわざがあるけど、オレの考えは違う。いい機会だ。教えてやるよ、同じ鳥でもニワトリと鳳凰じゃ天地以上の差があるってな。幸い、シーカースクールは学園の敷地内なら模擬戦歓迎だ。始めようぜ、今、この場でよ」


「負けたら、ニワトリの真似をしながら謝ってもらおうか?」

「途中退学がオチの裏口入学生が、日本の未来を担う俺らに馴れ馴れしく対等気取んなよ」

「ッ! 裏口入学じゃなくて、真白先生から合格を貰って、親父が大事な山林を売って作った金で入学金と授業料を払って、正式に入学したんだよ」

「バーカ、比喩だよ比喩。オレら推薦組からすれば、金払って入学している奴は全員裏口入学なんだよ」


 その言葉が引き金になった。


 怒りの琴線に触れた、なんて生易しいものではない。今、こいつらは大和の琴線を、堪忍袋の緒のように千切ったのだ。


 無能を承知で真白が合格をくれて、父親が、先祖伝来の山林を売ってまで叶えてくれた入学を、こいつらは言うに事欠いて【裏口入学】と罵ったのだ。


 模擬戦が推奨されているならちょうどいい。

 どうせ向こうが吹っ掛けてきた喧嘩だ。

 この三ヶ月で、自分がどれだけ成長したのか、お前らで実験してやるよ。


 そんな、攻撃的な感情で、大和は戦闘態勢に入ろうとした。


 涼し気な肉声が割り込んできたのは、大和の理性が焼き切れる直前だった。


「入学早々、同級生潰しとは感心しないな」

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