第14話 ほむら
「はぁ…」
俺はシャワーを浴び終えて、誰も居ないリビングのソファに座ってため息を吐いて、ハティから譲り受けた黒い剣を見つめる。
この小ぶりな黒い剣は、黒曜石というこの異世界では所謂“レアメタル”という部類に入る希少な鉱石で出来ているらしい。現世でもゲームなどで黒曜石という単語は聞いた事はあったが、まさか異世界でこうして触る事になるとは思わなかった。
黒い剣はハティが日々手入れしていたからなのか、まるでコンパウンドでもしたかのようにツヤツヤで、光の反射で少し赤みがかっているようにも見える。
「なんで急にこんなものを…もしもの時に備えてって言ってたが」
武器をくれたのは嬉しいが、あの時の言葉は流れ的にまるで“その剣で妹をルクスリアから守れ”とでも言っているようだった。
ハティは何故あそこまでルクスリアを警戒しているのだろうか?確かにルクスリアはハティと同じく固有技能を持つ“人狼”…バケモノだが、同族嫌悪にしては度が過ぎているような気がする。
「……………!!……………!!」
ハティから譲り受けた黒い剣を眺めながら考え事をしていると、2階から咲薇の苦しむような声が聞こえてきた。
「…咲薇?!」
俺は嫌な予感がして、急いで2階に駆け上がって咲薇がいるであろう寝室の扉を勢いよく開ける。
そこには、裸の上から俺のワイシャツを着て、俺が使っていた枕を抱きしめて顔を埋め、声を上げる咲薇の姿があった。
「んんんんん!!!んぅうう!!」
「咲薇…?!」
「んぁっ…お、おにぃちゃっ…んっ!!ごめんっ…ごめんんっ…!私…我慢するって言ったぁっ…のにぃっ…!!」
苦しそうに咲薇は言う。
そんな咲薇の様子を見て、俺は思い出してしまったのだ。咲薇の中に蔓延る“毒素”があった事を。
別に忘れていた訳ではないが、この数週間毒素が活発化しなかったからか、咲薇が一切発情する事が無かった為、勝手に克服したのだと思い込んでいた。
しかしそうでは無かったのだ。咲薇はずっと、俺の見えない所で我慢していたのだ。
「…なんで言ってくれなかったんだ、こんなになってまで…!」
「はぁ…はぁ…おにっ…ちゃんに、迷惑っ…掛けたくなかったから…だからずっと…おにーちゃっ…が、バイト行ってる間に…一人で」
「…そうだったのか」
俺はそう小さく呟く。
咲薇が俺をバイトに行かせていた理由は、別に人手不足を補ってあげてほしかった訳ではなかった。
俺に迷惑をかけたくないから、俺がバイトをしている間に毒素を抑えようと一人で戦っていたのだ。
「ごめんなさいっ…ごめんなさい…おにー…ちゃっ…!」
咲薇は、ただひたすら俺に謝っていた。
なんでだよ…なんでこうも上手くいかないんだよ…!
別に誰かが悪いとかそういう訳ではないからこそ、誰かを責める事が出来ないし、どうしようもない。
咲薇は俺を思って今までこうして一人で戦ってきて、俺は咲薇を思って今までこうして一人で守ってきた。
お互いを思っての行動を各々してきたはずなのに、どうしてこうもすれ違うのだろうか。
じゃあ何だよ…俺が腹を括って咲薇と身体を合わせれば良いのかよ。
「咲薇…俺はどうすれば良いんだ」
「大丈夫っ…だよ…はぁ…はぁ…もうおにーちゃんに…迷惑っ、かけたくないから」
「…迷惑とか関係無く、咲薇は俺にどうして欲しいんだ?答えてくれ…俺はもう、どうすれば良いかわからないんだ…!」
俺は咲薇に問う。
まるで“俺に役目を与えてくれ”と言わんばかりに。
もうどうすれば良いか、どうすれば咲薇を苦しませずに済むのかわからない。
だから、咲薇がしたいようにして欲しい…と、俺は逃げたのだ。
「…じゃあ、一人にさせてっ…」
「…大丈夫なのか、それで」
「うぅんっ…!!本当はっ…キスとか、えっちとかして欲しいけどっ…!私は…変わらなくちゃぁ…ダメっ…なの…!」
息を荒くして今にも暴走してしまいそうな咲薇は、自分の中にあるはちきれんばかりの性的欲求を堪えながら俺にそう言う。
俺は今まで、咲薇の為に色々な事をしてきたが、少しお節介だったのかもしれない。
咲薇は俺の手を借りず、自分の力で変わろうとしている。手助けしてやりたいのが本音だが、咲薇が自分自身を変えたいというのなら、それは本人の力だけでやるべきだろう。
「わかった…頑張れよ」
俺はそう言い、寝室から立ち去ろうとした。
その直後だった。
「んっ…ぁああああああ!!!!!!」
突然咲薇は明らかに喘ぎ声ではなく、苦しみ悶えるように叫び出した。明らかに只事ではないと察した俺はすぐに振り返る。
「なっ…なんだ…!?」
俺は目の前に広がる光景に、驚愕した。
咲薇の身体の上に、ピンク色の蛍光ペンで描かれたような魔法陣のようなものが形成されていく。咲薇が声を上げるたび、それに反応するかのように強く発光する。
「うぅぅ…んぁああああああ!!!」
咲薇が叫ぶと同時に、まるで吐き出されていくかのように魔法陣から形容し難い…例えるなら、悪魔のような者がその姿を顕現させる。
まさか…これが咲薇の中に蔓延る毒素だとでもいうのだろうか。だとしたら、咲薇にこれを入れたアイツはとんでもない奴だ。
「んぁあっ!!この女が私を拒否するから追い出されちゃったじゃない!!ていうか普通順応していく筈なのに、なんで日に日に強くなっていってるのよ、こいつ!」
咲薇から出てきたそいつは、形容し難いその見た目から徐々に女性らしい形になっていきながら、怒りを露わにしてそう言う。
「お前が咲薇の中にあった“毒素”か!」
「毒素?違うわ、私はラグニア。それに貴方は…こいつの性欲処理係ね?」
「違う!俺はシン…咲薇の兄だ!」
「へぇ…貴方お兄様なんだ?この歳で近親相姦なんて、かなり淫乱女なのね」
「お前がそうさせたんだろうが!!」
「…いや、違うわよ?私はただ、こいつの中にある性欲を増幅させてたに過ぎないわ。誰としたいか、なんてのはこいつの自由よ?」
形容し難いそいつ…ラグニアはそう俺に告げた。
じゃあ咲薇が俺に頼んでいたのは、俺とそういう関係になりたいからなのか?
…いや、コイツの言う事なんて信じる訳がない。
「咲薇が仮に俺とそういう関係になりたいのだとしても…お前が咲薇を苦しめた事には変わりねぇ!」
「…わからないわ。こいつは自分から苦しむ道を選んだのよ?大人しく大好きなお兄様と繋がれば気持ちよくなれるのに」
「咲薇は苦しむ道を選んだんじゃない…今の自分を乗り越える道を選んだんだ!確かに乗り越えることは苦しいかもしれない…だからって、自分の課題から逃げちゃダメなんだッ!」
「綺麗事抜かすな青二才がッ!」
俺の言った事が気に入らなかったのか、ラグニアは俺に向けて何の属性かわからない魔弾を飛ばしてきた。
「力借りるぞ、ハティ!!」
俺はそう言うと手に持っていた黒い剣を鞘から瞬時に引き抜き、飛んでくる魔弾を切り捨てる。
家の中という事もあり、切られた魔弾はそのまま壁に当たり、俺の背後が爆発する。
俺はその爆風を利用し、そのまま走り出してラグニアに向かって足を突き出し、ヒーローがよくやるようなキックを繰り出した。
「うぐっ!?」
俺の蹴りがラグニアの腹に入り、そのまま勢いで窓ガラスを割り、外に吹っ飛ばされる。俺もそのままの勢いで窓の外に飛び、2階という高さから地上に着地する。
「きゃぁぁぁぁあ!!!?」
それと同時に爆風で一緒に飛ばされたのか、窓から咲薇が落ちてくる。
俺は衝撃で足を痛めているにも関わらず、落ちてくる咲薇をお姫様抱っこでキャッチする。
「…大丈夫か、咲薇」
「うん…ありがと。おにーちゃん」
「…咲薇は家の中に隠れてて」
「おにーちゃんは!?まさか、戦うの…?」
咲薇は不安そうな顔で何も映さない目で俺を見つめる。俺は咲薇を玄関の前まで案内して避難させると、そのまま歩き出す。
「おにーちゃん!死んじゃ…嫌だよ…!」
「大丈夫だ咲薇!だって俺、この異世界でいっちばん強いから!!」
俺は咲薇にそんな根拠のない強がりを恥ずかしげもなく言う。
当然、それでも咲薇の表情は不安そうな…俺を心配しているままだった。
「…絶対生きて帰ってきて」
「あったりまえだろ!」
「本当の本当に、死なないでね…!」
「大丈夫だって!」
「…頑張って、おにーちゃん…!」
「…あぁ!」
そうは言いつつもずっと俺を心配するような表情の咲薇は、玄関の扉を開けて家の中に避難していった。
咲薇が家の中に入ったのを確認すると、俺は設置型の魔術で結界を作る。
…あれだけ強がったが、正直死ぬかもしれない。
当然俺には戦闘経験は無いし、戦う為に魔術を習得したとはいえ、実戦で使ったことも無い。
それに加え、相手は見た目こそそうだが、確実に人間ではない。
そう、これが俺の初陣というやつだ。
「んぅっ…クソガキが…!イキんな!!」
まるで測っていたかのようなタイミングでラグニアが立ち直り、高校のヤンキーみたいな口調で俺に向かってそう叫んだ。
それと同時にラグニアは周りにピンク色のモヤのようなものを纏い始める。多分、あれは俗に言う本気モードのようなものだろう。
同時に辺りの魔力の流れが明らかに変わったのを感じとり、あれは確実にヤバいと本能が告げる。
…だが、ここで逃げる訳にはいかない。
ここには今、戦えるのは俺しかいない。
俺はハティから譲り受けた黒い剣をぎゅっと握りしめると、刃をラグニアに向ける。
「アンタみたいなクソガキ、すぐに殺せるんだからな…!」
「…そんなクソガキに対して変なモヤ纏って本気モードになってる時点で、自分は弱いって言ってるようなもんじゃね」
「本っっっ当に癪に触るね…この野郎ッッ!!」
怒りを露わにしたラグニアはそう叫びながら魔弾を何発も何発も放ってくる。
しかし本気モードだからか先程の魔弾とは違い、一つ一つが途轍もなく大きく、そこから感じる魔力も凄まじい物だった。
流石にあれは切れないな、とは思いながらも俺は魔弾に向かって走り出して黒い剣を振り下ろす。
すると俺の上半身くらいあった魔弾は、先程よりも斬る感覚が重く感じたが真っ二つに両断され、俺の背後で爆発する。
「…いける!」
俺は行けると確信すると、寝室の時と同じように爆風を利用して走り出し、こちらへ飛んでくる魔弾を次々と切り捨てていく。
爆風が重なって凄まじい突風が巻き起こり、気がつけば俺はラグニアに向かって低空飛行をしている状態になっていた。
「なんでだよ…!何でだよ!!私はお前の精で力を蓄えてたはずなのにぃっ!!」
「残念ながら、これは俺の力じゃないんだよ!!」
…そう、残念ながらこれはハティの力だ。
俺はラグニアの胸目掛けて刃を突き立てようとした、が、ラグニアはあろう事か刃を手で握って俺の勢いを終わらせた。
「…なに!?」
「この剣が無けりゃ、アンタは自分の力で戦うしかなくなるよねぇっ!!」
まるで勝ちを確信したかのようにラグニアはそう言うと、刃を握ったまま引っ張って俺を自身の元に寄せ、俺の腹に先程の魔弾を放った。
「がぁぁぁぁぁああ!!!!」
俺は腹の痛みで叫び、剣を手放してその場に倒れ込んでしまう。血は出ていないが、あまりの痛みで起き上がる事も出来ない。
どうやら魔弾で貫いたというよりは、あくまで痛めつけた、というようだ。
「さっきはよくも私を侮辱してくれたねぇっ!!」
「ぐぅっ!!」
ラグニアは剣を投げ捨て、まるで楽しむように俺の頭を足で強く踏みつけながら笑った。
流石に、調子に乗り過ぎたか。
「ほら…さっきまでの威勢はどうしたの?言葉の割に大した事ないくせに、度胸だけだなんて…本ッ当情けないなぁっ!!」
「ぐぶっっ!!」
ラグニアは俺の身体を仰向けにして、魔弾を放たれた腹を強く踏みつけ、蹴り飛ばす。
俺は森の中に吹き飛ばされ、背中を木にぶつける。
流石に反撃しないとダメだ、そう思い俺はラグニアに向けて手をかざす。
「イグナイ…」
「あら?こんな広大な森で火属性なんて使ったら、どうなっちゃうんだろうねぇ?」
「…!」
そうだ。ここは今森の中だ。
こんな所で火なんて使ったら、木や葉に火が燃え移って山火事になりかねない。もしそうなったら、俺達の家もただじゃ済まないだろう。
雷属性だって燃えるし、水属性に関しては攻撃に全く向いていない。氷属性は…高度な魔術ゆえに使えないし。
「てか
「くそっ…」
ラグニアは俺を煽り散らかす。
俺はこのどうする事も出来ない状況の中、別に勝算も無いのに無理矢理身体を立ち上がらせる。
「へぇ…?まだ立てるんだ?」
「立ち上がってやるよ…何度だって…!」
「…カッコつけるのもそろそろいい加減にしたら?アンタ、今負け確なんだよ?ただ醜いだけだよ?」
「…俺は…咲薇が幸せを掴むまで、守ってやらなくちゃいけないんだ…だから、こんな所でぶっ倒れる訳にはいかねぇんだよ…!」
「…アンタが幸せにすればそれでいいんじゃない?」
「…俺には咲薇を幸せにする事なんてできない…幸せが何なのか…何を以って幸せとするのか…わからないから…。でも…あの時の咲薇の笑顔を守るって…誓ったから…少なくとも、咲薇を悲しませる事は絶対にしたくはないんだッ…!!」
「…もう、見てらんないから終わりにするね」
デコピンでも倒せる程ボロボロな俺に、トドメを刺さんとラグニアは俺に血塗れの手をかざし、あの少し強い魔弾を放った。
…いや、成す術が無い今となっては最強の魔弾か。
「…終わりか」
俺は目を瞑って、死を悟った。あれだけ咲薇に強がったのに…結局強がりは、あくまで強がりでしかないのである。
……。
直後、俺の背後で爆発音が響いてきて、爆風で吹き飛ばされそうになる。
何事かと目を開けると、そこにはラグニアに投げ捨てられたはずの黒い剣が、紅い光を発しながら目の前の地面に突き刺さっていた。さながら、勇者の剣のように。
どうやら、黒い剣が魔弾を切り捨てて俺を守ってくれたようだ。剣がそんな事をするなんてありえないが、ここは異世界…俺の中の常識など、無意味なのである。
「…よし!」
俺は紅く光る剣を握って引き抜くと、まるで剣から魔力を供給されているかのように力が湧いてきた。
この紅い光が、俺に力を与えてくれるのだ。
「何で…!?何で生きてんのよ!?その剣だって、さっき私が投げ捨てた筈なのに…!」
「…どうやら切り札は、常に俺の所に来るようだぜ…!」
どこかで聞いたようなセリフを吐くと、俺はまるでラグニアに見せつけるかのように紅く光る黒い剣を構える。
「ふざけんな…!!プライド捨てて本気で行くからね…!!」
「それ本気モードじゃねぇのかよ…」
「これはただの戦闘態勢だっつーの!!うぉおおおおおおおお……!!!」
ラグニアは唸り声を上げると、その女性的な姿が徐々に変化していった。
真っ黒な翼と角が生え、身体は肥大化し、顔も人間の顔から異形のバケモノと化して、体長もぐんぐんと大きくなっていった。
その姿は2メートルを超え、ガタイもかなり良くなって先程までの女性らしさは皆無となり、ラグニアは完全なバケモノとなった。
「グォオオオオオオ!!!!」
「…デケェな」
「サァ…ドウ嬲リ殺シテヤロウカッ…!!」
「流石に嬲りはしないが、殺されるのはお前だ…ラグニア!!」
俺はラグニアの真の姿なのか強化された姿なのかはわからないが、その巨体に臆する事なく黒い剣を握りしめて走り出す。
直後、ラグニアは手元にあった太くて大きな木をへし折り、俺に目掛けて振り下ろしてきたが、俺はそれを難なく躱した。
「グガァァァァァァァア!!」
ラグニアは俺に攻撃が当たらなくて悔しいのか、怒りを露わにして叫び散らかす。
ラグニアが大音量で叫んでいる間にも俺は森の中という場所を利用して木々に紛れながら徐々に距離を詰めていった。
そして、俺を見失ったのかラグニアはその巨体を捻り、キョロキョロと辺りを見渡す。
「ソコカァァァァァァア!!!」
「なにっ!?」
俺は木の裏に身を潜めていたが、ラグニアが俺の隠れていた木をへし折った事によってその姿を晒してしまう。
「アハハハハ!!剣ガ光ッテルカラ隠レテモバレバレナンダヨォオオ!!」
「…ヒソヒソ隠れるのは無意味っぽいな。だったら真っ向からッ!!」
俺はへし折られた木の断面を思いっきり踏んで、そこから木を飛び越えるほど高くジャンプし、月に照らされる。この剣によるバフのおかげで俺の身体能力はかなり上昇している。
恐らく今の俺なら、パンチでも相手にかなりのダメージを与えられるだろう。
「空中ダト身動キガ取レナイネェ!!」
ラグニアは空中を舞う俺に手を伸ばし、捕まえようとしてくる。
そう。俺は普通の人間ゆえに空中では全く身動きがとれず、落下するかその場でバタバタする事しか出来ない。魔術で反撃しようにも、森の中では魔術は山火事になりかねないので使用不可。
…そう、森の中では。
「
俺はそう叫ぶと、ラグニア目掛けてではなく、それを自身に纏わせてその炎を背中に集中させて翼を形成する。
「ナニィッ!?」
「おっ!?マジで出来た!?」
確かに森の中では魔術…ましてや炎属性なんて使えない。だが、今俺がいるのは木よりも高い空中である。何も無い所なら、どんな属性の魔術を使っても問題は無いだろう。
しかし、まさか本当に出来るとは思わなかった。
…
これは実際に翼を羽ばたかせている訳ではなく、翼状にした炎を下に噴射し、さながらジェット機のように飛んでいる。
普通の人なら大火傷だが、今の俺にはハティから譲り受けた黒い剣の
因みにこれは今思いついて、何となくでやってみたら出来た偶然の代物である。
「舐メルナァアッ!!」
炎の翼で空を飛ぶ俺に、負けじとラグニアが自身の翼で俺と同じ高度まで上昇してくる。
しかし、ずっとこれをしていると当然魔力消費が途轍もないことになる。早期に終わらせなくては。
「…すぐに片付ける!」
俺はそう言ってラグニアに向かって飛んでいく…が、この土壇場で出来た魔術ゆえ、まだ扱えきれず想定よりもかなりの速度を出してしまいラグニアを通り過ぎてしまう。
態勢を立て直そうにも全然止まれず、空中を飛び回ってしまう。
「おぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」
「アハハハ!!!マダ扱イキレテナイジャン!ハハハ!!ダッサ!!」
「…仕方ない、もうこのままッ!」
俺は空中を飛び回りながら、留まる事を止めて、そのままの勢いでラグニア目掛けて飛んでいく。
馬鹿正直に真正面から飛んでくる俺に、ラグニアは魔弾を数発放ってきた。
「
俺は黒い剣の刃に炎を纏わせ、一直線に飛んでくる魔弾に刃を突き立て、三色団子のように貫いていく。
貫かれた魔弾は火の輪のようになり、俺のその様はさながら“火の輪くぐり”のようだった。
そして、貫かれて火の輪となった魔弾は爆発していき、その爆風で俺の速度は上昇していく。
「これで最後だラグニアァアアッッ!!」
「嫌…嫌イヤイヤイヤァァァァア!!コンナ…コンナ青二才ニ、コノ…私が…!」
「
俺は炎の刃でラグニアの身体を貫くと、そのタイミングで魔力切れでもしたのか背中の炎の翼が消えてしまい、俺はラグニアの断末魔を背後にそのまま地上へ落下していった。
炎を纏わせた黒い剣で敵を貫く魔術というか、必殺技である。
その場で考えた名前だが、この緊迫した状況でグングニルなんて単語が思いつく俺は重度の厨二病なんだなと思わせる。
「…勝った、のか」
俺は落下しながら、そう呟く。
火が燃え移らないように、木よりも高い場所で戦っていた為、地上まではかなりの高さがあった。
どんな人間も、流石にこの高さからパラシュート無しで落ちていったら確実に死ぬ。
ラグニアに勝つ。ただそれ一心で戦っていた筈なのに、いざ勝ってみると案外達成感というか自覚って無いんだな。
というか、あの土壇場で
ふと、俺は自分の身体を見つめる。
気付いていなかっただけで、身体は火傷だらけになっている。途端、全身がヒリヒリと痛んできた。
「いくら
にしても、中々地上に到達しないな。そんなに高い場所で戦っていたのか、俺。
改めて思うと、炎の翼で空飛んで、炎の剣で空中で戦う俺って、側から見たら絶対かっこいいよな。
でも、こんな時間でこんな場所だ。見ている人間なんて居ないだろうし、居たとしても咲薇だけだが、その咲薇は目が見えない。
「…咲薇の目が見えてたら良かったのにな」
俺はそこで初めて、咲薇の目が見えてほしいと思った。
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