第9話 いもうとのために
あれから、3週間が経過した。
俺はマスターの脳筋気質な指導のもと、着々と基礎的な魔術を習得していった。
最初の2週間は何をすれば良いのか全く分からず進展ゼロであったが、“因果の流れを感じとる”という事を理解してからは何もかもが早かった。
魔術というのは、全て人間が引き起こす因果の乱れによって引き起こされるもの。
因果を乱れさせる事が出来るのはこの異世界に住まう知的生命体…即ち人間の特権にして、人間だけが齎せる奇跡なのだそうだ。
まぁ実際俺にも全く意味はわからないが、要するに魔術は人間の奇跡の賜物なんだろう。
「
俺は的に向かって手をかざしながらそう言うと、それに応えるかのように的が燃え出す。
しかし問題は、点火は出来るがその後継続して燃やす事は出来ないという点か。
継続して燃やす場合、体内の魔力がどんどん消費されていってしまうらしい。
マスター曰く、まだ体内の魔力については人によって容量や質が異なるのかなど、まだ詳しい事は解明されていないらしいが、要するに魔術を使い過ぎると体に悪いって事だろう。
「さて、今日はこれくらいにしよう」
「3週間でようやく基礎か…基礎だけじゃ咲薇を守れない…!」
魔術を習得するにおいて、普通の人は最低でも1週間は掛かるらしい…まぁ、俺は2週間掛かっているので“最低”を更新しているのだが。
というより、普通の人は魔術学校で魔術を実践を交えて先生が教えられるらしい。
「だが、それ以上は応用の世界になる。俺は基礎さえ出来てりゃ良いと思ってる人間だから、それ以上は教えられないぞ」
「応用、か…」
ただでさえ扱いが難しい魔術に、応用なんてものがあるのか。
まぁ確かに氷属性は水属性の応用だしな。
でも氷属性が使えれば結構強いと思うのだが…氷は炎とは真逆である。
水を凍らせなければいけないし、しかも凍らせている間ずっと魔力が消費されていく。
はっきり言って、コスパが悪い。
「まぁ、とにかく飯だ。腹が減っては戦はできぬ、とも言うしな」
そう言うと、マスターは休憩所兼俺の家へと入っていった。
腹が減っては戦はできぬっていうけど、そもそも戦なんてしないんだが…とは思いながらも腹の虫が鳴り止まないので俺もマスターについていくように家へと入っていった。
「あっ、おにーちゃん!」
「咲薇」
俺達が帰ってきた事に気付くと、キッチンからひょこっと姿を現す。
咲薇はエプロンを見にまとっていて、辺りには料理をしているような…いや、若干焦げ臭い匂いが充満していた。
まさか、咲薇が料理作ってくれたのか!?
「もうすぐ料理が出来るからね、待ってておにーちゃん!」
「あぁ…ありがとう咲薇」
「…あのー、確認なんだが、俺の分は…」
咲薇は無視したのか気付いていないのかどちらなのかはわからないが、何も言わずにキッチンへと戻っていった。
「…無さそうだな、はぁ」
咲薇に嫌われていると思っているマスターはそう言うと、深くため息を吐いて家の外に出て行こうとする。
「どこ行くんだよマスター」
「あぁ…ちょっと店の方にな」
「…そうか」
多分、飯を食べに自分で作りにいったのだろう。
店へと向かっていくマスターの背中は、とても情けないものだった。
マスターが家を出ていった数秒後、テーブルには咲薇が作ってくれたであろう料理が並べられる…が、並べられていく料理達は案の定、料理において漆黒の…ダメな色をしていた。
「…一応聞きたいんだけど、何を作ってくれたんだ?」
「え?焼肉だよ?おにーちゃん、目が見えるんだからそれくらいわかるでしょ?ほらほら、座って!」
「う、うん…」
俺は言われるがままに、椅子に座る。
やっぱり、目の見えない咲薇に料理はさせちゃダメだ。
「…もしかして私、失敗しちゃってる?」
「い、いやいや!そんな事無いぞ!す、すっごく美味そー!!」
「でしょ!?目が見えなくても時間さえちゃんと計れば料理くらい出来るんだからね!」
えっへん、と言わんばかりにドヤ顔をする咲薇。
なんか…咲薇の純粋さを見せつけられ、気を遣ってる事に罪悪感を感じてきた。
「ウン!流石咲薇!こんな妹を持てて俺って幸せダナァ!!」
「私も、おにーちゃんが家族で嬉しいよ!さ、食べよ!いただきます!」
「…イタダキマス」
その後、俺達が地獄を見たのは言うまでもない。
〜
地獄を味わい、数分ほど体調不良に見舞われた後、俺達は自室へ戻っていった。
この3週間の暮らしは思っていたよりも暇だと思う日が無く、まぁ…俺達が前世で生きていた世界の会社員ほどでは無いにしろ、それなりに忙しい日々を送っていた。
これは俺の場合だが、朝はマスターとの魔術特訓、昼は自分と咲薇の自室の模様替えやマスターと食料の買い出し、夜は闇ギルドでバイト…という日々を送っていた。
一方咲薇は殆ど家で留守番をさせてしまっている。というのも、俺が咲薇が外を出歩く事をあまり良いとは思っていないからである。
その理由は言わずもがな、“アイツ”との再会を避ける為である。
そもそも俺達の今の家は王宮がある都とだいぶ離れている為そうそう見つかることはないだろうが、念には念を、である。
因みに、咲薇には基礎的な魔術すら習得させていない。
基本的に俺が側にいるし、咲薇に留守番を頼む時は家全体を結界で覆っている為、俺とマスター以外の人間は入る事も出来ないし、咲薇にも出る事はできない。
半ば、監禁のようなものだ。
…しかし、咲薇を一人にすることによって問題が一つ発生する。
「よし、行くぞシン」
「あぁ、今…」
「…待って、おにーちゃんっ…」
俺はマスターと一緒に闇ギルドへ出向こうとすると、咲薇が俺の袖をぎゅっとつまんで引き止める。
「どうした?」
「…“アレ”が…きちゃったかも…」
咲薇の顔は火照っており、内股にした足をもじもじさせて俺に“アレ”が来てしまった事を知らせる。
「…マスター、先に行っててくれ」
「了解、道はわかるな?」
「ああ。3週間も同じ道を通れば流石にね。後で追いつくから」
「わかった、だがやり過ぎるなよ」
そう忠告して、マスターは颯爽と家を出て行って先に闇ギルドへと出向いていった。
家に取り残された俺と咲薇は、無言で頷き、咲薇は嬉しそうな顔をしながら、俺は…少しだけ気まずい思いを胸に寝室へと向かう。
「はぁっ…はぁっ…はーっ…」
寝室へ向かう道中、隣では今か今かと言わんばかりに咲薇の苦しそうな甘い吐息が聞こえてくる。
“アレ”とは。
咲薇の体内には、長い期間を経て蓄積されていった“毒素”が身体中を巡っている。
その毒素は不定期で活発的になり、咲薇の脳や身体に作用する。
だがこの毒素は特殊で、解毒剤を飲めば治るような代物ではなく、長年それを取り込んでいた影響もあって咲薇から完全に取り除く事は出来ない。それこそ奇跡でも起こらない限りだ。
しかしこの活発化した毒素を鎮める方法が1つだけある。
寝室へ入ると俺は先に大きいベッドに寝転がり、咲薇の毒素を鎮める準備をする。
まぁ、準備といっても俺はただ“耐えるだけ”で良いのだが…兄である俺としては中々に辛いのである。
「…おいで」
「おにーちゃんっ…!」
もう我慢の限界、と言わんばかりに咲薇は飛び込み、俺の身体をぎゅっと強く抱きしめ真っ先に俺の唇にキスをする。
そして口内に舌を入れ、俺の舌と唾液を味わうようにぬるぬると絡み合わせる。
「んーーっ!!!んぅうんっ!!」
兄にキスをする妹は、淫らな声を出しながらまるで喰らうように俺に絡みついてくる。
咲薇の活発化した毒素を鎮める方法…それは、咲薇の性的欲求を満たす事である。
もうお察しだとは思うが、この毒素が活発化する、というのはいわゆる“発情”である。
咲薇曰く元々この毒素を鎮められるのは“アイツ”だけであり、そもそもこの毒素を咲薇の体内に入れたのも“アイツ”だった。
それ故、本来は“アイツ”しか受け入れられない身体だったのだが、幻覚によって勘違いして俺にキスを交わしたあの時から、兄であり“アイツ”の血が流れている俺でも同じような満足感を得られたらしい。
なので現状、この咲薇の毒素を鎮める事が出来るのは俺しかいない…だから、仕方なく咲薇の性的欲求を満たすべく俺はただされるがままに耐えるのである。
…正直、兄としては複雑である。
出来る事なら妹と性に関する行為はあまりしたくはない(したいと思えるほど興奮しないという意味ではない)。
しかしこの毒素を鎮められるのは俺しかいないが、かと言って俺以外の誰かが咲薇の性欲処理をしているのも嫌である。
「んはぁっ…!おにーちゃん…あぁっ!私…もぉ…!」
「咲薇、流石にそれはダメだ…!」
いつの間にか自分のズボンを脱ぎ、俺のズボンも脱がそうとしてくる咲薇を俺は手首を掴んで止める。
咲薇の秘部からは淫らな液体が滴っており、口からも唾液を垂らしている。
ここだけ見れば、咲薇はとんだ淫乱女にしか見えない。
自分の欲の為だけに、純粋な人をここまで歪めさせてしまう毒素を咲薇に注入した“アイツ”に心底腹が立つ。
いくら性的欲求を満たす為とはいえ、流石に兄妹で性行為は俺としては避けたいものである。
「なんでっ…苦しい…苦しいっよぉ…!」
「苦しいのはわかる…!でも俺達は兄妹なんだ…だから!」
「私の大好きなおにーちゃんだから…して欲しいのっ…!」
「…駄目なんだ」
「おにーちゃんは…こんな私、嫌?」
「…っ」
答えたくない質問だった。
どう答えても望まぬ結果になる事が目に見えているからだ。
そんな事ない、と答えれば性行為を許す事になるし、その通りだ、と答えれば今の咲薇そのものを否定する事になってしまう。
咲薇が発情するのは1週間に一度だが、日に日に行為がエスカレートしている気がする。
最初はキスだけで良かったのに、その次は自分で自慰行為し始め、そして今日は性行為求めている。
こんな事をしていけば、最終的にマニアにしか受けない過激なプレイとかし始めてしまうのではないか…と度々不安になる。
「おにーちゃん…なんか言ってよ…私にはおにーちゃんしかいないの…」
「咲薇…」
俺はどうする事もできず、何も答えられないのを誤魔化す為に、身体の至る所が露わになっていてほぼ全裸の咲薇を抱き寄せる。
咲薇の身体は、とてつもなく熱い。
耳元では咲薇の荒くて苦しそうな甘い吐息が聞こえる。
「…咲薇は前に俺に言ったよな… “ずっと辛かったね、ずーっと我慢してて偉いね”って」
「おにー…ちゃん…?」
「一番辛くて、我慢してるのは咲薇なのに…ごめんな」
「そ…そんな事…無いよ…私の方こそ、こんな体質のせいでおにーちゃんに迷惑かけて」
「そんな事はない…ただ俺は咲薇を汚したくないんだ」
「…私、もうとっくに汚れちゃってるよ」
「だからって、汚れを増やす気?」
「おにーちゃんは、汚くないもん…」
「汚いよ、アイツの血が流れてる時点で」
「…ごめんね…おにーちゃん…」
そう言うと、俺と密着していた咲薇は自分から離れていった。
しかし俺は一応本音を言っていたとはいえ、ただ誤魔化していただけだと思うと、咲薇の善意を利用したように思えてあまり良い気分ではなかった。
咲薇は自分がいつの間にか脱ぎ捨てていた服を拾い上げ、それを着始める。
「それ、汗でびちゃびちゃでしょ。洗うから貸して」
「うん…」
俺は咲薇から服を受け取ると、そのまま寝室を出て階段を降りていく。
そして、そのまま洗濯カゴに咲薇の汗が染み込んだ服を入れる。
それと同時に、俺はシャワーを浴びて改めて闇ギルドへ行く準備をする。
「おにーちゃんっ」
俺は身だしなみを整えて家を出ようとすると、咲薇が俺を呼んだ。
「何だっ…んむっ!?」
振り向いた途端、咲薇にまたキスをされる。咲薇は俺と身長差がある為背伸びをしている。
「んはっ…」
「咲薇…一体何を…?」
「まだ少し残ってたから…これでナシね!」
「そっか…」
「おにーちゃんも我慢してるし、私も少しは我慢しないとだからね…いってらっしゃい、おにーちゃん!」
「…あぁ、行ってくる」
手を振って笑顔で見送る咲薇に手を振りかえして家を出ていく。
しっかり結界を張って…。
俺は、森の中を歩いて闇ギルドへ出向く。
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