第5話 スレチガイ
「お兄ちゃん、遅いなぁ…」
私は家で一人、そんな独り言を呟く。
お兄ちゃんが買い出しに出かける際のお留守番は別に珍しい事ではないけど、普段ならもうとっくに帰ってきているはずだ。
今朝の件で片手を怪我しちゃったから、不自由な買い物に手間取ってるだけだと思いたい——やっぱり、強引にでもお兄ちゃんに着いていけば良かった…と後悔する。
——その時、玄関の扉を強くノックする音が聞こえてくる。
「はーい」
私はお兄ちゃんが帰ってきたのだと思い、玄関に向かって歩き出す。お兄ちゃんは普段ノックなんてしないけど、利き手は使えない上に買い物でもう片方の手が塞がっていて玄関を開ける事が出来ないのだろう。
「開けてくれ咲薇ー!」
「もぉ…咲薇じゃないってば…」
一瞬だけわざと玄関を開けずに放置してやろうかと思ったけど、私はお兄ちゃんには聞こえないように文句を言うだけに留め、玄関の扉を開ける。
「やぁサクラちゃん、今朝ぶりだね?」
——私は自身の目に映る光景に情報量が多過ぎて、困惑のあまりそのまま硬直してしまった。
〜
「お兄ちゃん、これはどういう事?」
私は腕を組んで、まるで容疑者に事情聴取をするかのように周囲の光景についてお兄ちゃんに問う。
まずは一つ、片手を怪我しているにも関わらずどうしてこんな大量な荷物を持っているのか。確かにお兄ちゃんは毎回両手が塞がるほど食材を買ってくるけど、今回は店のもの全てを買い占めたかのようなとてつもない量なのだ。
そして二つ——どうして今朝私達を殺しかけたあのストーカー幽霊と一緒に帰ってきたのか。あれだけ拒んでいたのに、その数時間後に自ら連れてくるなんて正気の沙汰じゃない。
「いや、これは…その」
「まずこの荷物!手を怪我してるのに何で普段よりも買ったの!?」
「待ってくれ、これにはちゃんとした訳があるんだ咲薇!」
「咲薇じゃない!!大体、こんなに買ってお金とか…!」
「——全部貰ったんだよ」
私はどこから出ているのかわからない故に底が見えない金銭について危惧していると、勝手に家に上がり込んでいるストーカー幽霊が水を差す。
——正直、お金の事についてはどうも思っていない。私が本当に危惧しているのは、自分の身体の状況を顧みずいつも無理をするお兄ちゃんの事なのである。
「えっ、貰った…ってどういう事?」
「シンは買い物中に遭遇した悪い奴らを退治して、その感謝の礼としてこれらを貰ったのさ」
「そ…そうなの、お兄ちゃん?」
「——ああ」
お兄ちゃんは渋々頷いた。
——私はこんな大荷物を持って怪我をしている手に負担を掛けて、治りが遅くなったり傷口が開いたりする事を危惧しているのに、悪い奴らを退治なんてもっての外だ。
「——何でお兄ちゃんはいつもそうなの」
「…」
「お兄ちゃんはそろそろ誰かを頼るっていう事を覚えてよ!!何でそうやって何もかも自分でやろうとするの!?悪い人の対峙だって、ストーカー幽霊に任せればいいのに!」
「——その辺にしてあげなよ咲薇ちゃん」
「咲薇じゃないってば!!私はフェリノートだよ…!!」
「ボクだってストーカー幽霊じゃない、グレイシーだよ。確かにフェリィの気持ちもわかるけど、シンは目の前の苦しんでいる人々を命懸けで守ったんだ…心配を建前に、君は生きて帰ってきてくれた兄を怒鳴るのかい?」
「っ…」
ストーカー幽霊——グレイシーさんの言葉に、私は言葉を詰まらせる。
お兄ちゃんが居る事が当たり前とは思っていない。でも居なくなるのが嫌だから、お兄ちゃんには自分の身体を労ってほしいし、無理もしてほしくない。
——わかっているつもりだった。でも結局わかっていなかった。大事なのは無理をするお兄ちゃんを叱る事ではなく、お兄ちゃんが生きて帰ってきた事を喜ぶのだと。
「——お兄ちゃんごめんね…私」
「気にするな咲薇、何度も心配してくれるだけありがたい事だから」
お兄ちゃんは微笑みながら言って、私の頭を優しく撫でる。
「心配するのは当たり前だよ!だって…お兄ちゃんが居なくなるの、嫌だから」
「大丈夫、俺は居なくならないよ。俺の帰る場所はいつだって、咲薇がいる場所だから」
「…うん」
お兄ちゃんの優しい言葉は嬉しい反面、私の罪悪感をより大きくする。
——今にして思えば、怒っていたのは私だけだった。どんな事があっても、お兄ちゃんが私を怒る事なんて一度も無かった。でもそれは“兄だから妹を怒れない”という訳ではなく、お兄ちゃんの優しい言葉はいつだって本音だった。
「——やはり、君達兄妹はこうでなくてはね」
「いつまで居るんだよ、お前はもう帰れ」
「そういえば、何でグレイシーさんと一緒だったの?」
「…こんな大荷物、流石に一人じゃ持ち帰れなかったからな」
お兄ちゃんが苦い顔をして言う。その表情から、グレイシーさんを頼るのはよっぽどの苦渋の決断だったのだろう。
——よく考えれば、こんな量を一人で…ましてや片方の手を怪我している状態で持って帰れる訳がない。わざわざ聞かなくてもある程度察せたはずなのに、お兄ちゃんの事ばかりで全く気付けなかった。
「ここまで助けてやったのに、用が済んだら帰れなんてちょっと酷くないかい?」
「——こんな怪我を負わせたのに、ちょっと手伝っただけで報酬を求めるなんて烏滸がましいと思わないのか?」
「むぅ…言い返せないのがなんとも…」
「戦いに助太刀してくれた、こんな大量の荷物をここまでの長い距離を持って歩いてくれた、それだけで十分罪滅ぼしになった…これで貸し借りは無しだ、さぁ帰れ」
「わかった、今回は君の言う通りにしよう。でも多分ボク達はまた会うよ…そういう運命だからね」
「何を言ってんだ…早く帰ってくれ」
「——昔から、シンは
グレイシーさんは去り際に意味深な言葉を吐いて、家を出ていった。
「…お兄ちゃん、昔グレイシーさんと会った事あるの?」
「いや無いよ。まぁ多分、変な事を言って俺達に引き止めてほしいだけだよ——さて、この荷物どーするかな…」
私の問いに返答すると、お兄ちゃんは話を逸らして山のようにある荷物の方に身体を向けた。
——お兄ちゃんが私に嘘を言っているとは思えないけど、なんだろう…何故だか私も、グレイシーさんとは会った事があるような気がする。
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