第4話 デストルドー

「——やぁ。せっかくここまで着いてきたのに、いきなり追い出すなんて酷いじゃないか…シン?」


 咲薇の部屋にて、追い出したはずのグレイシーが窓に座って月夜に照らされていた——いや、もう月は沈みかけているのだが。


「何でそこまで俺に執着する…!?」

「言っただろう?君はボクのお気に入りって」

「ふざけるな!お気に入りだが何だが知らないが、俺に付き纏うというのなら…!」


 俺は黒い剣を引き抜こうと腰に手を当てるが、いつもなら常備しているはずの剣が無い。

 ——そういえば、着替え終える前に咲薇にグレイシーの事を告げられた為、そのまま脱衣所に置いてきてしまった。

 だからといって狼狽えはしない。俺は即座に魔術で戦う方針に切り替え、グレイシーに手のひらを向ける——魔術に関しては、基礎的な属性は全て使える。


「フフ…良いのかな?ボクを殺しても」

「何…?」

「君は妹——咲薇ちゃんを前に、人を殺せるのかい?」


 グレイシーはそんな言葉で俺を揺さぶる。

 確かに今まで咲薇には、俺が人を殺すところを見せるのは避けてきたが…それは別に兄として距離を置かれたくないからではない。


 ——汚れるのは、俺だけでいい。咲薇には何の汚れもなくただ幸せでいて欲しいから。


 そもそも何故俺がここまでグレイシーを目の敵にしているというと、それはただ本能が危険信号を発しているからというだけではない。自分でもよくわからないが、咲薇には絶対関わらせちゃいけない…そんな気がするのだ。


「——もう悲劇は繰り返さない。ようやく手に入れたこの平穏を、終わらせたくない」

「そっかぁ…でもね、ボクは君の直感で殴られて少しだけイライラしているんだ…そのやり返しをさせてくれたら終わりにしてあげるよ…アハハハッ…!」


 グレイシーは不気味に笑いながら言うと、瞬間移動のような速さで俺の背後に回り、俺を窓の外に目掛けて殴り飛ばした。

 俺はそのまま吹き飛び、窓の外に放り出されてしまい、2階の高さから地面に叩きつけられた。


「痛ってぇ…!」


 グレイシーに殴られた箇所には、霜焼けが出来ていた。地面に叩きつけられて痛む身体を無理やり起こした直後、突如として吹雪が巻き起こった。それと同時に2階の窓からグレイシーが飛び降りてきた。


「へぇ…頑丈なんだね?人間のくせに」

「これくらい強くないと、何も守れないからな…!」

「——じゃあ、これはどう?」


 グレイシーは少し不機嫌そうに言うと、天に手を掲げて巨大な氷柱のようなものを形成する。まるで、俺にトドメを刺すかのようだ。

 もしあんなのを直で喰らったら、俺は絶対に死ぬ。かと言ってあれを跳ね返すもしくは破壊する手段を持ち合わせていない。

 ——あるとするならば、あの氷柱ではなくグレイシー本人を狙う他ない。


「——俺に目を付けた事…後悔させてやる…!!」


 俺は吹雪で視界が悪い中、不敵に笑いながら氷柱を形成するグレイシーに手を翳した。

 ——そう、モルテ流魔術を使うのだ。ただアイツは氷属性を多用するから、凍死モルテ・グレイシアを使わないともしかしたら殺せないかもしれない。

 …一か八か、やるしかない。


「モルテ…!」


 モルテ流魔術を使おうとしたその時、何者かが両手を広げて目の前に立ち、俺を庇ったのだ。

 ——それは、咲薇だった。


「なっ…何をしてるんだ咲薇!?逃げろ!!」

「逃げない!!私が死ぬのは構わないけど、お兄ちゃんが死ぬのは絶対に嫌だから!!」

「何を言ってるんだ…咲薇が死んでいい訳ないだろ!?俺だって、咲薇が死ぬのは絶対に嫌だ…!!」


 咲薇にそう告げると、今度は俺が咲薇を庇うように前へ立つ。


「これで終わりだよ…!!」


 直後、グレイシーは先が鋭利に尖った巨大な氷柱を俺達に向けて飛ばしてきた。俺はずっと渋って使ってこなかった炎属性の魔術——点火イグナイテッドを発動し、炎を拳に纏わせて氷柱に突き立てた。


「ぐぁああああああああ!!!」


 拳全体を根性焼きしているような痛みと、鋭利な氷柱が深々と刺さる痛みが同時に俺に襲いかかってくる。

 ——だが俺は咲薇がいる限り、絶対に負けない…負けられない!!どんなに痛くても…どんなに辛くても…兄は絶対に、妹を守り抜かなければいけないんだ!!!


「お兄ちゃん!!」

「——いいか咲薇…!俺の為に死なんか覚悟するな!!怖かったら強がらないで、後ろに隠れて兄に任せておけば良いんだよ!!」

「で、でも…手が…!」

「兄っていうのはな…妹の為なら不可能をも可能にする、最ッッッ強の存在なんだよぉおおおッッッ!!!」


 俺は咲薇に向けてそう言うと、拳に纏わせた炎の火力を更に上昇させ、破壊力にブーストをかける。そして、グレイシーが形成した巨大な氷柱を粉々に砕いてみせた。

 拳からは血が垂れ、表面は酷い火傷を負ったが…咲薇の死を免れる為の代償だと思えば安いものだ。

 ——しかし久々にこんな無理をした。いつもはモルテ流魔術使って首を切るだけの作業だったから、昔の俺はこんな事を毎回やってたのだと思うと“若気の至り”とはこういう事なのだと自覚させられた。


「お兄ちゃんのバカ!!死んじゃったらどうするの!?」

「——安心しろ咲薇。俺は、異世界でいっちばん強いから」

「うぅ…ただ無理してるだけじゃん…!」

「——良い」


 俺達兄妹の会話を見てグレイシーがそう呟く。


「何…?」

「素晴らしい兄妹だ…互いが互いを思い、どんな困難も乗り越える… こんなに美しい“愛”は見た事が無い…!!君達を選んで正解だよ!!」

「——何を言ってるんだお前?」

「はぁあ。ボクはもう大満足だよ、それじゃ…また会おうね?シン」


 グレイシーは意味のわからない言葉を告げ、俺達に手を振って姿を消した。去ると同時に吹雪は止み、日の出の光が俺達を紅く染め上げた。


「——出来れば、二度と会いたくないな」



 その日の昼、俺は食材の買い足しの為に王都の繁華街まで足を運んできていた。人間だけでなく、エルフや獣人…様々な種族の生物が日々交流し、笑顔が飛び交うこの繁華街は活気に満ちていた。

 ——しかしそんな中でただ一人、俺は露骨に不機嫌な表情をする。


「ハーイ♪こんな場所で会うなんて偶然…まさに、運命を感じてしまうねぇ?」


 白い肌と髪、白い袖無しワンピースと麦わら帽子を身に纏い、知り合いを見つけると手を振って笑顔を振り撒く…まるで夏休みに田舎へ帰ってきた美少女を思わせる雪女——グレイシーがそんな嘘くさい台詞を吐く。


「——何が偶然だよ…絶対狙っただろ」

「フフ…バレた?にひひっ」


 グレイシーはニヤニヤと笑う。コイツがただの女であれば“可愛らしい”で済む仕草なのだが…残念ながらコイツは、やろうと思えばいとも簡単に人を殺せる雪女だ。そんな危険分子に、抱く感情なんて無い。

 ——よく見ると、グレイシーの瞳は左右で異なる色をしていて、片方はまるで全てを濁すかのような生気の無い黒、もう片方は血のような紅色をしていた。


「じゃあな…咲薇が待ってるんだ」

「あー待って待ってシン!荷物を持つの手伝うよ、その手じゃ大変だろう?」

「手を怪我したのはお前のせいだろうが!」


 俺は早歩きしてグレイシーを引き離そうとする。

 数時間前の戦いによって負傷した手には応急処置として包帯を巻いており、買った食材はもう片方の手で持っていた。

 ——利き手が使えないのは、些か不便である。


「きゃあああああああああああ!!!」

「悪魔崇拝教団が来たぞぉおお!!!」 


 突然一般市民が悲鳴を上げ、その場から逃げ出す者も居れば、恐怖のあまりしゃがみ込んで動けなくなってしまう者も居た。繁華街の賑やかな雰囲気は一転し、緊迫した空気が周囲に流れた。

 

「悪魔…崇拝教団?」

 

 俺は何が何だか分からず、周辺の一般市民のように逃げる事も怯える事もせずにただ佇むだけだった。

 ——ここ数年間、俺はこの繁華街に月一くらいのペースで買い出しに来るのだが、悪魔崇拝教団とやらの件は一切知らなかった。

 すると、繁華街の遠くから黒いコートを身に纏った集団がこちらへ押し寄せてくるのが目に入った——あれが悪魔崇拝教団か。思っていたよりも大人数で、その中心にはボスらしき人物が居た。


「——何あのつまらなそうな集団」


 どさくさ紛れにグレイシーは俺の隣に歩み寄り、悪魔崇拝教団に対して蔑んだ目をしながらそんな事を言ってくる。


「知るか…ていうか隣に来るな、寒々しい」

「我が悪魔は飢えている!生贄を捧げよ!!悪魔が齎す理想の世界の為の礎となるがいい!!」

「おぉお…おおおおお…!!」


 悪魔崇拝教団のボスらしき若者…俺よりもだいぶ年下の青少年が繁華街に居る者達に向けて叫ぶように告げると、その後ろの教徒達は一斉に不気味な呻き声を上げる。

 ——まるで、不協和音の大合唱だ。


「——なにあれ」

「俺が聞きたいよそんなの…何が悪魔の齎す理想の世界だよ」


 俺は馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てるように言う。

 ——悪魔が齎す理想なんて、結局は一瞬のまやかしに過ぎないというのに…代償を前提とする理想に、何の美学があるというんだ。

 

「き、君達…!早く隠れろ…!」


 俺とグレイシーが佇んだままでいると、物陰からそんな声が聞こえてくる。声の方に視線を向けると、俺がよく利用させてもらっている八百屋のおっちゃんが隠れながらこちらに手招きしていた。

 俺は滑り込むように八百屋の裏に回り込んでおっちゃんの隣に隠れる。


「おっちゃん、あれは一体…?」

「そっか…そういえばお前さんはまだアイツらに遭遇した事無かったな…アイツらは悪魔崇拝教団。そしてあの中心に居るガキが長のガルバーだ。定期的に繁華街に現れては、他人の命を悪魔に喰わせるクソ野郎共だ」

「そんな奴らが…。騎士団は何で駆けつけないんだよ…!?」


 この異世界では俺の前世でいう“警察”にあたるのが“騎士団”である。国王に忠誠を誓い、王国全体の治安を維持する役割がある。

 実は俺の知り合いに騎士団の人間が居るのだが、そいつは確かに変わった人ではあったが、こんな事態に駆けつけないような人では無かったはず——。


「こっちが聞きてえよ…神出鬼没だから、対応が遅くなってるとかじゃねえのか?」

「だとしても、ある程度対策は出来るはずだ…例えばこの繁華街に兵士を配属するとか——」

「コソコソと煩いぞ!!こちらは貴様らを生贄にしたって構わないのだぞ…?」


 話し声が聞こえていたのか、ガルバーは八百屋の屋台の一部を破壊して俺達を脅し、こちらに向かって歩いてくる。口ではまだ決まってないように言っているが、恐らく今日の生贄は俺達に定めたのだろう。

 ——だがそんな理不尽な理由で、素直に喰われる俺ではない。


「調子に乗んなッ!!」

「うぐっ!?」


 ガルバーが間近まで迫ったタイミングで、俺は屋台から飛び出して顔面を思い切り殴り飛ばした。利き手では無かったが、ガルバーは一瞬宙を舞って地面に叩きつけられた。


「き…貴様ァ…ッ!」

「——意味も無く生贄にされた人達の痛みは…お前らが崇拝してる悪魔が生み出した悲劇はこんなものじゃないぞ」


 鼻血を垂らしながら立ち上がるもフラフラしているガルバーに対して、俺は怒りを露わにして告げる。


「その味わってきた痛みと悲劇は、悪魔の齎す理想の為にあるのだ!!」

「そんなに理想が恋しいなら、悪魔に頼らず自分の力で齎せ!!」

「黙れェエエエエエ!!!」


 何も言い返せないのか、ガルバーは自暴自棄になったかのように叫ぶと、懐から年季の入った大きな本を取り出してページを破り、教徒達に投げつける。

 すると教徒達は興奮するような気味の悪い声を上げ、その身体に紅色のモヤを纏う。


「それは…まさか!!」

「顕現せよ、我が暴食の悪魔…グラトニィイイイイ!!!」


 ガルバーはそう叫び、開いた本を天に掲げると、その頭上に魔法陣が描かれ、そこから狼のような魔獣が姿を現す。


「グラトニーだと…!?やっぱりお前の持ってるそれは禁書か!」

「その通り…これは我が授かった、あの七つの大罪の一画を担う暴食の悪魔…グラトニーを宿した禁書である!!」

「——そうか」

「どうだ…恐れ慄いたか!!しかし我を怒らせた貴様が生きて帰れると——」

「いいや、寧ろ好都合だ…!俺はグラトニーとはちょっとしたがあるからな」


 俺はガルバーに事実を告げる。

 しかし俺は利き手を負傷している上、まさか繁華街で戦闘になるとは思っていなかった為に武器を持ってきておらず、実を言うと戦う手段は無いに等しい。

 ——すると突如俺の頭上に氷柱が形成され、それらが教徒達目掛けて突き刺さっていった。


「なっ、氷属性だと!?」

「——本当は君の頑張りを見ていたかったけど…ちょっと気が変わった。よく考えれば君は怪我人だからね」


 やはり、氷柱の正体はグレイシーだった。恐らく俺が八百屋に隠れた時に近くの物陰に隠れていたのだろう。

 ——しかし意外だったのが、何が理由かは分からないがグレイシーの表情は少しマジになっていたところだった。


「だから、この怪我はお前のせいだろ」

「じゃあ治したら許してもらえる?」

「いや、いい。例え利き手が使えなくても…俺は戦う」

「…そ。だったらちょっと手伝ってあげる」


 俺は治癒魔術を受ける事を拒否し、グレイシーは満更でもなさそうに頷くと、悪魔崇拝教団の前に立ちはだかった。

 この異世界での治癒魔術は小説みたいに一瞬で傷が治って回復するような便利な魔術ではなく、あくまで傷の治りを促進させるだけである。だからもし傷を一瞬で治せる治癒魔術を編み出せたら“天才”と呼ばれるだろう。


「この数を相手にたった二人で何が出来る!奴らを葬り去り、悪魔の生贄とするのだ!!」

「ォオオオオオオオ!!!」


 ガルバーが鼓舞し、教徒達は獣のような雄叫びを上げると、俺とグレイシーに向かって馬鹿の一つ覚えのように押し寄せてくる。

 ——この一人一人が禁書のページによるドーピングが加わっていると考えると、普段俺が殺してきた賞金首達が一斉に逆襲しに来たのと同義のように思える。


「お前達は、ボクの好みじゃない」


 グレイシーが押し寄せる教徒に向かって冷たく突き放すように言うと、足を大きく上げて強く踏み込む。すると地面から教徒目掛けて一直線に生えてくるように氷柱が形成され、一部の教徒は突然足元から生えてきた氷柱に胴体を貫かれる。


「チッ…」


 まだ生き残っている教徒がいる事が気に食わなかったのか、グレイシーは舌打ちをして手を横に振り払う。今度は生えてきた氷柱が宙に浮き、教徒達の頭上から雨のように降り注いだ。

 成す術なく教徒達が身体を氷柱に貫かれて倒れていく光景は、相手が敵とはいえ残酷だった。

 ——結局、殆どの教徒が俺達に到達する事なく倒れていった。ましてや俺は何も手を出していない訳だし…もしあの時グレイシーが本気だったら俺もあんな風になっていたのだと思うと、背筋が凍る。


「——さて、残ったゴミはシンに任せるよ。ボクだけ戦ってるのは面白くないからね」

「…」


 俺は何とも言えない複雑な気持ちになりながらも、残ったごく僅かの教徒に向かって駆け出していく。

 ——買い被りすぎかもしれないが、もしかしてトドメを任されたのは俺の目的があの禁書であって、グレイシーだと手加減出来ずに禁書ごと破壊しかねないからだろうか?


「ォオオオオオオオ!!!」

「数は7か…モルテ流は無理だな…だったら!」


 モルテ流魔術は確かに対象物を確実に殺せる魔術ではあるのだが、一人ずつしか発動出来ない為、今みたいに複数人を相手する時は使えないのだ。一人一人にモルテ流魔術を使えばいいと思われるかもしれないが、一人を相手している間に背中をやられる可能性が高い上に、そんな短期間にポンポン使えるものではない。

 そこで俺は、残った7人の教徒の身体の至る所を利き手ではない方の拳で次々と殴っていく。


「——点火押印イグナイテッド・スタンプッ!!」


 俺は魔術名を叫び、指をパチンと鳴らす。すると俺が殴った箇所が爆発し、教徒達は全滅した。

 —— 点火押印イグナイテッド・スタンプ。時間経過もしくは故意で相手に炎属性の爆撃を喰らわせる俺のオリジナル魔術。最大のメリットは、俺自身が直接炎に触れる訳ではない点である。

 教徒を斬る前に一度腹に拳を入れていた理由——それは、点火押印イグナイテッド・スタンプを発動させる為の“焼印”を付けていたのだ。


「——狙ってるのはお見通しだッ!!」


 俺はそう叫んで宙返りし、ずっと身を潜めて機会を伺い、隙だらけとなった背後を狙って漸く姿を見せた魔獣グラトニーにオーバーヘッドキックを喰らわせ、思い切り地面に叩きつけ、トドメとして喉元を踏みつけ、完全に息の根を止めた。


「そっ…そんな…我が悪魔を以てしても、教徒達全員を束にしても、たった二人に全滅とは…!」

「——残るはお前だけだ」

「ヒィイッ!!」


 俺は情けない声を出して哀れな姿に成り下がったガルバーの元へ歩み寄ると、禁書を瞬時に拾い上げてその場からそそくさと逃げていった。


「あっ待てッ!!」

「——追わなくて良いと思うよ、シン」


 俺は禁書を持って逃げ出したガルバーを追いかけようとしたが、グレイシーに負傷している方の手首を掴まれる。握る力はそうでもないはずなのに、何故か振り解けない。


「何故俺を止める…!?」

「禁書と妹、君はどっちが大事なんだい?」

「なんで咲薇がそこで出てくるんだよ」

「怪我を負っている君が無理して戦ったなんて知ったら、咲薇ちゃんは何て思うんだろうね?」

「ッ…」


 諭された俺は抵抗を止めると、グレイシーは静かに手を離した。掴まれていた手首には霜焼けが出来ており、改めてグレイシーが雪女なのだと気付かされる。

 まぁ、もし表に出ていた奴らで全員であれば、悪魔崇拝教団はほぼ壊滅したようなものだ。後は自ずと、騎士団がどうにかしてくれるだろう——ちゃんと動いてくれればの話だが。


「うぉおおおお!!悪魔崇拝教団が居なくなったぞぉおおお!!」

「本当にありがとう!!!」

「御二方、とってもかっこよかったぞ!!」


 突如、隠れていたり逃げていた人たちが歓喜の声と俺達に対する感謝の声を上げた。周囲を見渡すと、みんな俺達を見て…心の底から喜んでいた。万歳をして喜びを体現する者もいた。


「フフッ…良かったね、シン」

「——ああ」


 グレイシーの言葉に、俺は素直に頷いた。不思議とその時のグレイシーの笑顔は、不気味に感じなかった。


 ——そうか…俺、みんなを救ったんだ。

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