第19話 女性用下着専門店

 店の中は色とりどりの下着が店内を飾り、それに強調するかのように店の間接照明が光っていた。

 店前みせまえにある、あと数ミリずらせば手錠を掛けられてもおかしくないほどギリギリの位置でブラを付けているマネキンが、心做しか俺を睨んでいる様に感じる。

 まるで‪”‬ここは男の来る場所じゃないぞ‪”‬とでも言われているかのようだ。


「なぁ決まったか?早く出たいんだが」


 マネキンは愚か、そろそろすれ違う客の目線も鋭くなってきたのを背中に感じて俺は、ポリポリと首裏をかきながら言った。

 すると結衣は、両手に持つピンクと黒のブラに視線はそのままに。


「まだだよ…女の子の下着はお兄ちゃんが思ってるよりも重要なんだよ?」


「はぁ…そんなもんかねぇ」


 呟いて俺は、無意識にも視線を結衣の手元に移す。

 手元のブラには、大文字で「E」と書かれたタグがチラついていた。


 E?なんのEなんだろう。‪”‬エコ‪”‬とかかな?


 そんな事を考えいると、いつの間にか持っていた下着を戻してきたのか、手ぶらの結衣が俺の手を取る。

 そしてそれを結衣は、自分の方にグイッと強く引き寄せた。


「おうっ」


 俺は少しつまずきながらも、俺の手を引く結衣に歩調を合わせる。


 「行こっか」


 言われたのはその一言のみ。

 俺はらしくないその様子を少し不思議に思いながらも、しかしやっとこの空間から出られるという喜びからそれを口に出すことは無かった。


 代わりに俺は「お、もういいのか?」と端的に聞く。

 すると、


「何言ってるの?下着店はハシゴするのが基本なんだよ、お兄ちゃん」


「…」


 イタズラっぽく言ったその一言に、俺は結衣にしてやられたと初めて思った。


 ────「結局なんも買わんのかよ」


 現在の時刻は太陽が一日の中で最も高く登るお昼時。

 俺達はその後同じ様なニュアンスの店を5店もまわったが、結局1つも買うことは無く…全く、なんのために行ったんだが。


「しょうがないじゃん。気に入るのが無かったんだもん」


「お前なぁ…連れ回されるこっちの身にも────」


「お兄ちゃんお腹減った」


「もしかして俺の声聞こえてない?」


 という事で今は、ランチを食べる店を探している所だった。

 俺と結衣は2人、レストランやファストフード店などが肩を並べる階層を並んで歩く。

相変わらずすれ違う人の視線が気になるが、まあこう言うのは気にしないのが1番である。


「メシ、どこで食う?」


「油っぽいのは嫌」


「んーじゃあフレンチにでも…ん?」


 俺が顎に手を添え考えていると、ふと結衣はご飯屋では無い、なんだがカラフルなポスターが貼られている店を見つめていた。

 俺は結衣の視線を辿ると、そこには『ltーああ言うのが見えたら終わり』と書かれた文字が。


「映画みたいのか?」


「…いや、別に」


 そう言うと結衣は、すぅと映画館から体を背ける。

 がしかし、それを許さないものがあった。

 パシッと、結衣の腕が何かに掴まれる。


「え」


「行くぞ」


「わっ」


 グイッと、先程とは真逆の────俺が、結衣の腕を引っ張る。

 結衣はなにかにつまづく様な足取りを整えて、自分の腕を引く優を見つめる。

 ふと振り向きざま、優は人差し指を立ててこう言った。


「たまにゃぁ俺に付き合え」






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