第12話 不安と無知と恐怖

 年上だから…とは少し違うが、桃花にはどこか周囲を信頼させる力があった。

 オットリした目と、誰からも好まれる静かなオーラ。

 その見た目と性格も相まってか、桃花の部隊はデュークの中でも一際忠誠心が強い部隊だ。

 …唯一‪”‬軍‪”‬の出身の為、元々リーダー気質という物があったのかもしれない。


「まぁ作戦の事は心配ないだろ。桃花はなんでも凍らせちゃうどっかの男よりまともだし」


 ────ま、別に誰とは言わないけど。

 

 民間人から持ち前の才能センスだけでデュークになった…俺を含めるデュークは皆、どこかしら癖のある奴らばかりだ。

 俺はそう、足りない所を付け足す。


「でも莱昂アイツの癖は俺らの中でもずば抜けて目立つけどな」


 と俺の言葉にエレンは、そう言ってハハハと愛想笑いで続ける。

 …しかし、次の瞬間だった。

 エレンの声のトーンが、2オクターブほど下がったのは。


「…なぁ、作戦とかリーダーとか、そんなのはいったん置いといて────俺達は勝てると思うか?この任務いに」


「…」


 「ふざけ」から「まじめ」に変わった証だった。

 それを証明する様にすぅと、横から眺めるエレンの顔に陰りが出来る。


「お前から見て、俺達に勝算があると思うか?」


「…」


 再度問いをぶつけてくるエレンに、俺は、視線は尚も海のままに目を細めた。


 …エレン自身、不安なのだろう。

 

 最強と言われたデュークが敗れた敵と、戦うのは。


 …まぁ、それが当たり前か。


 エレンの不安は分かる…と言うかその感覚が普通なのだ。

 誰だって未知の物は怖い。

 だからこそ人間は、「勉強」という物をして知恵を貯える。

 だが、しくも俺達はサイボーグだ。

 ならば、オリビアの言った通り────どんな苦しい任務にも、勝てないと分かっている戦いにも、挑まなければ行けないのだ。


 俺はそんな、を思うと、細めていた目を片目だけ閉じた。


「勝てる…とは、正直言い難いな」


「ハハ…お前がそう言うなんてな」


 必死に取り繕う笑顔は、もはや笑顔とは言えないそれだ。


「…そんなに…強かったのか?結衣ちゃんの所をかした敵のサイボーグは」


 そう。

 実はオリビアの言葉に皆が落ち着いた頃、俺はカンファで、前線で出会ったあの共生型のサイボーグ────‪”‬自称デューク狩り”‬の事も話していたのだ。

 メイカの件で忘れかけていたが、元々今回はあの男について報告するつもりだったのだ。

 あの男がメイカを殺した奴なのは分からない。

 が、それは別としてもデュークの敵としては十分な力を持った敵だ。


「…」


 ────いや、ちょっと待てよ。


 ふと俺の頭に、「どいつもこいつも」と言う男の言葉が、全身を襲う寒気と共にフラッシュバックした。

 それはあの男が、敵である俺から目を離して言った一言。

 あの時は戦闘優先であまり気にとめなかったが…。


「どいつもこいつも」という事はつまり、あの男は少なくとも俺意外のデュークに会っている…?


 しかもあの男はあの時、こうも言っていた。

「流石デュークだなぁ!さっきの女の子とはおおおおおおおお違いだよぉ!」

 男が訳した「女の子」という単語。

 あの時俺はその「女の子」という物をカレンの事だと思っていた。

 けれど…準デューク級でもないカレンとの戦いを覚えるほど、あの男は心が広いだろうか?

 いや、広くない。

 殺りあった俺だから分かる。

 あいつは弱者には興味のない目をしていた。


 ならば…あの時男が「女の子」と訳したのは、一体────


「…ぃ…おい!」


「…!」


「お前急に固まるなよ、死んだかと思っただろ」


 俺は左右に揺れるれる肩の感触に、意識を強制的に現実へと戻される。

 そして生暖かい感触のある────肩の方に視線を移す。

 すると必然的に視界に映る少年顔に、不本意ながらも安心感を感じる。


「………安心しろ、強さ的に先に死ぬのはお前だ」


「お前マジで…はぁ、もういいよ。」


 言いながら、心配して損したという感じに頭を抑えるエレン。

 俺はその様子にクククと笑う。

 そして、


「まぁ…安心しろよ」


「え?」


 俺は声の調子をエレンよりも1オクターブ上げて、なるべく陽気にこう続けた。


「作戦に関しては知らないが…もしお前がピンチになったら俺がぜってぇ助けてやる」


 人差し指を立て、「もちろん有料でな」と続ける俺に…ふとエレンは毒気を抜かれた様な、どこかマヌケにも見える顔になる。

 しかしそれもつかの間。

 次の瞬間にはエレンの口からいつも通りの笑いがこぼれた。


「ふっ…ははは!なんだよ有料って…っツンデレかよっ!ハハハハハハ!!」


 ────おい、せっかく勇気づけてやったのに。


 結局…いつもの通り、エレンを元気づけようと愚かな事を口にした過去の自分を頭の中でボコボコにしていると。

 ふと、目尻に涙を貯めたエレンは「あーやべぇ(笑)」と腹を抱えながらも俺に向き直った。

 涙に反射する光のせいか、エレンの目は先程の何十倍もやる気に満ち溢れている様に見えた。

 そしてエレンはまぁ、でもと続けて。


「その励まし、悪くなかったぜ。今度はそれを結衣ちゃんに使ってやれよ」


「!…ふっ、そうだな」


 ────全く、いつもこいつはいい感じの所で妙な勘が働くな。

 

 色々あって忘れていたが、俺にはまだ仕事が残っているんだった。

 ────結衣と出かけると言う、重要な任務が。

 俺はそれを思い出すのと同時、手すりを掴む腕を振り子のようにして体を起こす。


「んじゃ、そう言う事で俺は行くわ。また1ヶ月後にな」


 1ヶ月と言う長い休暇。

 結衣と買い物に行くにしても、まだまだ時間の猶予は沢山残されているだろう。

 だがしかし、俺は思い立ったらすぐ行動すると言う性格なのだ。

 俺はそんな事を思うと、クルッと体を出口に向けて。


「あぁ」


 と返事をするエレンを後ろに、片手をヒラヒラと振ってその場を後にするのだった。


 ────「ふっ‪”‬お前がピンチになったら俺が助ける‪”‬…か」


 屋上に1人残されたエレンは、そうつぶやきながら背を伸ばす。

 そしてそのまま、そよ風に身を任せる様に体を捻って、体を手すりに委ねた。

 必然的に空を見上げる瞳に、雲ひとつない晴天が映る。


「そりゃまた…楽しみだな」


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