第7話 デュークカンファレンス
俺は扉が開くのとほぼ同時に、結衣の部屋から出た。
ウィン
開く時と全く同じ音のはずなのに、何故か俺にはさっきよりも
それが背後から聞こえたからなのか、はたまた結衣に感化されただけなのか、それは分からない。
でも扉を出て言える事は、唯一これだけだった。
「気配がバレバレだぞ、ルイ」
「はは…デュークには叶いませんね」
俺が前を向いたまま言うと、壁に背をさずけ、同じく前を向いたままルイは答える。
ルイが俺と結衣の話しを立ち聞きしている事は、気配で分かっていた。
しかし…まぁ全然関係の無い人なら嫌だが、結衣の部下であるルイなら信用出来た。
ルイは扉が閉まったのをチラッと確認すると、パッパッとおしりの所を払いながら立ち上がる。
そしてふと、俺に頭を下げた。
「?…何やってんの」
いつもはチャラ男と言うイメージしかないルイのまともな行動に、俺は目を見開く。
「いや、これは俺がしたいだけなんで」
「…は?」
俺は少し考えるもやはり全く意味の分からない事を言うルイに、小首を傾げる。
はて、こいつに謝られる事なんてあっただろうか?
そんな事を俺が考えていると、ルイは尚も頭を下げたまま。
「結衣様と話してくれて、ありがとうございます」
「!…」
瞬間俺は目線より下にあるルイの頭から、目を逸らした。
結衣の…身近な人の死が初めてである様に、ルイにとっても、それは同様な事だった。
いや、当たり前か。
何故今まで俺は、そんな事にも気が付かなかったのだろう。
結衣にとってカレンがかけがえのない親友であると同時に、少なくともルイにとってもカレンは同期で────
俺はどこかいたたまれなくなり、心の中で再度、ルイに謝る。
────本当に、遅れてすまん…と。
でもそれと同時に、どこか心の隅で安心する事もあった
それは…俺以外にも、結衣の事を気にかけていてくれた人が居たと言う事に。
ルイは1度頭を上げ、俺の瞳を見つめる。
「結衣様が笑顔でいる事は、アイツの…カレンの願いでもありました。だからカレンの分も含めて、礼を言います。結衣様の事を気にかけてくれて、結衣様の心の支えになってくれて、本当に、ありがとうございます」
言ってもう一度下げるその頭は、先程よりふた周りほど深いお辞儀だった。
そんなルイに俺は、ポリポリと首裏をかきながら。
「気にすんな、礼を言われる様な事じゃねぇよ。…こっちこそすまんな。その…間に合わなくて。…本当にすまん」
デュークが頭を下げる行為は、おかしな話だがこれもまた法律で禁止されている。
前も言ったが、体裁が大事なのだ。
「!…はは、本当にあなたは変わった人だ」
だからこれは、デュークとしてでは無い。
これは一兄として。
一友としての礼儀だ。
だから、
「デュークがお辞儀を禁止されてるのを、知らないんですか?」
何を期待しているのか、ニヤニヤ笑ってそう問うてくるルイに、俺は負けないくらいニヤついて、なにか図った様な面持ちでこう答えた。
「これは俺がしたいだけなんで」
────『フェァーリル…雲波 優様』
高く響く女の人の紹介が、扉の前に立つ俺の鼓膜に響いた。
フェァーリルとは、どっかの国の言葉で「蝶」と言う意味の言葉だ。
7人いるデュークにはそれぞれ蝶・鹿・てんとう虫・龍・
そしてこれらの「願い」をデュークが背負っていると言う意味で、ここアトラスは亀の甲羅の形をしているのである。
…と、まぁ雑談はここまで。
俺は扉の両脇に立つ護衛の間を通りぬけ────会場に足を踏み入れた。
中に入るとまず、というか毎回、その圧倒的光景に目を見開かざるを得なくなる。
それは壁や床、机や椅子の他、天井までもがガラスで出来ており、外側の海水が絶妙に光を混ぜ、まるで部屋全体が煌びやかに輝いている様に見える。
俺は「今年は晴れてる分キレイだなー」とつぶやきながら、部屋の中心にあるガラスの円卓に進む。
そこは既に、円卓を囲むようにして5人のデュークが座っていた。
当たり前だが
俺は1度全員の顔を見渡し────と、まず最初に目が合ったのはエレンだった。
エレンは俺と目が合うと、先程無理やり追い出した事を根に持っているのかふくれっ面でそっぽを向く。
その様子に俺は苦笑しながら…自分の席に着いた。
ゴトン
椅子の背もたれを少し引き、出来た机との隙間を縫って俺は腰を下ろす。
「…」
前から思ってたけどこの椅子、重すぎないか…?
俺がそんな事を思いながら、最後の────7人目のデュークを待っていると…。
ふと、俺が入ってきたドアとは違うドアが、紹介も無しに開いた。
『?!』
「…?」
デューク達は紹介が無いままに開く扉に、少し動揺する。
何度も言うが、国際同盟は体裁やしきたりをとても気にする機関。
である為、毎回やっている紹介を割愛するなど有り得ないのだ。
尚も扉はゴゴゴとなり、やがてドゴンという音を立てて扉の開きが止まる。
そして次の瞬間そこから出てきた者に、ある者は息をつまらせ、またある者は目を細めた。
「…」
背丈は普通よりちょっと高いと言われている俺よりも少し低く、目は凝視したならば吸い込まれてしまいそうな純白。
その周りを
腰ほどにまである長い白髪が何処か光沢を帯びているように見えるのは、この部屋のせいなのだろうか。
それは後ろを地面スレスレで引くレースの延長の様に、彼女の長白髪はまるでダイヤモンドの様に光り輝いていた。
彼女は足音も立てずに円卓の前まで来ると、空気を触る様に優しく円卓に触れた。
そして彼女────オリビアは、円卓に残る2つの席の内遠い方の椅子に座ると。
「皆様お揃いですね。では第11回デュークカンファレンスを始めます」
と、言った。
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