第8話 無言の時間
「…その前に、皆様に報告しなければならない事があります」
オリビアはそう言うと、比較的ゆっくりと瞬きをした。
普段からゆったりとした雰囲気のさらにゆったりとした気配に、俺は黙って、オリビアの言葉を待つ。
「おいおい、ちょっと待てよ」
と、その声は俺の丁度真横の席、ちりちりとした赤いロン毛の男────
見た目通り野性味のあるその声に、他のデュークは視線を寄せる。
だがそれは決して、
今疑問に思っている事は、恐らく皆同じなのだ。
それは…
「最後の一人が来てねーぜ。アイツが来ねぇと相当痛てぇんじゃねぇか?」
片腕を天秤の様に掲げて莱昂は、オリビアを見つめながら独特の口調でそう問う。
そう、それが今恐らく全てのデュークの脳内にあるであろう疑問だ。
最後の一人────それは平和を司るエンブレム「アングイス」(蛇)を象徴としたデューク…メイカだった。
デュークの中に少ない3人の女性の内の一人。
双剣使いのメイカ。
女性ならではの柔軟な動きで敵を倒す翻弄型のデュークだ。
「…」
さて、来ていないデュークがメイカだとすると、少し話しが違ってくる。
メイカはアトラスの文官達からも評価が高い生真面目な性格で、カンファレンスをすっぽかすなど有り得ない。
その生真面目さは筋金入りで、部下を前線に残したまま会議に出ることもある程だ。
だが…現実、そのメイカが会議を欠席している。
それは…。
オリビアは莱昂の言葉に、ふと目を伏せた。
机に視線を向けた事で、まつ毛の裏側が光に照らされる。
それは何処か…切なげを帯びているように見えたのは、俺だけなのだろうか。
オリビアは俯き気味に「アングイスは…」とつぶやくと、静かなトーンでこう続けた。
「
『…………』
沈黙なのに”凄まじい”と言葉をつけたくなるほどの沈黙が一瞬、会議内を襲った。
そして次の瞬間、俺は肺が凍る様な痛みを感じる。
それは決して比喩では無い。
実際にパキパキと、そいつの触れる机にはヒビと同時に氷が張り、ダダ漏れとなった殺気に会場が震えていた。
と、その様子に見兼ねたオリビアが口を開く。
「…莱昂様、お気持ちは分かりますが少し気をお
ドゴンッ!
ワサリと、野獣の様な赤毛が乱暴に逆立つ。
何重にも貼られた強化ガラスは木っ端微塵になり、その破片が俺の顔の横を通り抜けた。
「…ふざけるなよ。メイカが死んだだと?何を言ってやがる」
「…信じ難い事かもしれませんが、既に死亡については事実確認が────」
「黙れっ!!…なにが事実確認だ。大体てめぇらの適当な仕事は信用出来ねぇんだよ」
莱昂はオリビアに向けてそう言うと、ガタッと椅子を蹴り飛ばす。
そしてくるりと踵を返しスタスタと扉の方に行く莱昂に、
「?…何処へ行くのですか?」
「あぁ?!」
莱昂は質問するオリビアになんの遠慮も無い舌打ちをすると、次の瞬間こう答えた。
「決まってんだろうが。メイカを探しに行くんだよ。どうせ遺体だって見つかってねぇんだろ?それなら俺が…」
莱昂はそこでガギリと歯を食いしばって、その後の言葉を飲み込んだ。
…メイカを見つけ出すと、メイカが生きていると証明すると、続けたかったのだろうか。
しかし莱昂は、まるで霞のように頭をよぎったであろう考えを噛み砕く様に、その後の言葉を切った。
莱昂も…本当は分かっているのだ。
────その後の言葉を言ってしまえば、自分が傷つく事に。
莱昂は進行役のオリビアにか、それとも自分にか、今度は「チッ」と小さく舌を打った。
「俺がメイカを連れ帰る。カンファはそれからだ」
そう言い残し、四角く飛び出たドアノブに手を掛ける。
そしてそれを押し開けようとした、その時。
莱昂の腕が、細いながらも筋肉質の手で掴まれた。
「…おい…」
ちょうど目線の────肩のところにある蝶のエンブレムに気がついたのか、莱昂は凄まじい殺気と共にそうつぶやく。
「…もうやめろ」
と、支線はまっすぐドアノブのまま言う俺に、莱昂は顔をゆっくりと俺に向ける。
まるで壊れたくるみ割り人形の様な動きに、その場にいた者────少なからず人間であるオリビアは今まで感じたことの無い怖気を感じた。
一瞬にして全身にぶわぁぁぁと、鳥肌が立つ。
「…お前…死にてぇのか」
顔にある全ての血管を沸騰させて言う莱昂に、俺は目を伏せたまま…ある意味”最も単純”で”最も難しい”一言で、こう答えた。
「現実を見ろ」
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