第4話 仇敵のでき方

「そしてその名は、決してお前なんかがけなしていい名前じゃない」


 自分の命をかえりみず他人の命を救う事が、どれだけ勇気のいる事なのか、どれほどの恐怖を伴うものなのか。

それは皆の隊長である俺だからこそ分かることだ。

 だから結衣の辛さも────


「お前は2つ罪を犯した。カレンを殺し、しかもその親友の心まで傷つけた」


 俺はそこで、右手に握られている刀剣と同じ黒い光を灯し、


「…この罪は重いぞ」


そう、言い放った。

男は俺の言葉に少しの沈黙を置き、ふと髪を乱暴にかき分けて。


「…罪は重い、か。それでそれは、どんな罪なんだ?」


 膝をパッパッと払いながら男は、図太い声で言いながら立ち上がる。

 まるでこれから起きる事を予想した様な男の行動に、俺は動揺すらしない。

 代わりに俺はもう一度深く瞬きして、黒光くろびかりする剣先を男へ向けながら。


「死刑だ」


 なんの余韻もタイミングも無い、そんな無愛想な言葉。

 男はそれに、「死刑…死刑ねぇ」と反芻しながら、ザラザラと微音を立てるヒゲを撫でる。

と、不意にニカッと口をかっぴらいて。


「俺の大好きな言葉じゃねぇかァァ!!」


 ドンッッッッ!!!


 瞬間、優と男の立っていた位置の地面がえぐれた。

 なんの構えもへったくれもない優の、男の残像が、まるでシュレッダーに掛けられた様に線状に切れる。

 続けざまに吹く暴風に、ふと彩華は顔を覆っていた腕を下げた。


「アレス!あなたは船に戻って指揮を、シードはアレスと共に後退の援護を」


 腕をばっと広げ、それぞれ四方に広がる3人に指示を出す。

 シードもアレスもリルも、もちろん沙耶香も優の部下だが、優不在の時に指揮を取る────いわゆる部隊長は彩華だからだ。


「おう、任せとけ!」


「コク」


 言って現場に向かう2人から視線を移し、今度はリルへと指示を出す。


「リルはカレンをお願い」


「分かった!でもでも、結衣ちゃんはどうするの??」


 リルはその小さいプリプリのお尻を突き出し、背の高さから半ば強制的に上目遣い気味に彩華に問う。

 リルの言葉通り、結衣は怒りで固まっている…と言うよりかは、現実に心が追いついて居ないと言う感じだった。

 実際のところ、大事な人を亡くしたらそうなるのが普通だ。

 復讐とか叫びとか、それ以前に心が追いついて来ないのだ。

 本当にもう親しい人と会うことも、喋ることも、互いの熱を共有する事も出来ないと言う事実に、比類無き焦燥感が襲ってくる。

 それは結衣も…いや、戦場に居る誰しもが1度は経験している事だった。

 だがしかし、ここは戦場。

 多少厳しくも乗り越えなければ行けない壁だ。

 そんな事を思いながら私は、リルの問にしばらく瞑目し────


「結衣の事は任せて下さい。私が付き添います」


「…そっか」


 とそこでリルは、テトテトと私の側まで寄ってくる。

 そしてひょいひょいと上下に動かす手の通りに、私は少し戸惑いながらもリルの口に耳を近ずけると。


「あんまりきつい事言っちゃダメだよ?結衣ちゃんを元気づけてあげてね…?」


「…!」


 言われて私が顔をあげると、ふとリルのクリクリな瞳と目が合った。

 それは切実に、ただ1点の曇りも無い眼差し。

(…全く、この上目遣いはずるいと思う)

 私はそんな事を思いながら「ふふ」と笑って。


「はい、気をつけます」


 そう言って微笑んだ。



「ちょっ、ちょっと待てよ!」


 と、私の目線よりも下の位置で声がする。

 それは、テトテトと小走りで担架を取りに行ったリルに放った言葉ではない。

 私はその声が聞こえた方を向き…瞬間、顔を歪ませる。


「あなたは優様に‪”退却の準備をしろ‪”‬と言われていたはずですが」


 こんな所で何をしているのですか?と続きを無言の…ジト目に近い細めた目で語る沙耶香に、ふとルイは声を荒らげて。


「い、いや…優を───隊長を1人にして良いのかよ」


 部下がリーダーを守る。

 それは当然の事だ。

 しかし何もかもが最高で最強なデュークという物は、稀にが失礼となる場合がある。


「で、でも…あいつはそんなやつじゃ…」


「そうですね」


 ルイの言葉に即答する私に、一瞬ルイは「えっ」と小さくこぼす。

 確かに、優様は決してそんな事では怒らないだろう。

 他のデュークならともかく、優様はそういった細かいことは気にしないたちだ。

 しかしもちろん、彩華や他の3人が優の事を全く心配していないのには他に理由がある。

 それは────


「優様が”‬7人居るデュークの中で最強‪”だからです‬」


 ────ドガガガッドンッ!!


「キャッハァァ!!」


 凄まじい踏み込みにより音速を超える衝撃波は、湿っていたはずの地面から砂埃を起こす程のものであった。

 男は凄まじい速度で後退し、俺はそれを追いかける。

 そんな中で繰り広げられる2人の攻防。

2人の刃の余韻は地面を削り、早すぎる剣技に水も蒸発する。

 そして男の爪の先端に付けられた刃と優の剣が交わる度にオレンジ色の火花が盛大に散り、それはそのまま衝突の強さを物語っていた。


「流石デュークだなぁ!さっきの女の子とはおおおおおおおお違いだよぉ!」


「…死ね」


「キヒィ!」


 シュンと、男の刃が俺の頬を掠める。

 間一髪の距離で避けたそれを、俺は逆手に取って腕を掴む。

 そしてそのまま男の体を地面に叩きつけ────と、そう簡単には行かず、男は地面に到達する数センチの所で普通ではありえない程体を捻って着地した。

 俺は男が体勢を整える前にすぐ様追撃を食らわそうとする────が、それも間一髪の所でかわされた。

 ここまで戦ってみて分かったが、このサイボーグの強さは準デューク級などでは無い。

 もはやデュークに達していた。

 もしここで俺が本気を出せば倒せるとは思うが、それだとここら一帯を焼け野原にしてしまう。

 それでもいいだろと思うかもしれないが、落ちている仲間の死体まで焼くわけには行かないのだ。

 俺はそんな事を考えながら、こいつの癖を読み取ろうと更に速度を早める。

 どんな戦士も、長らく戦場に立つ者は何かしら自分なりの癖を持っているものだ。


 しかし────なぜかこの男からはその癖が感じられなかった。


 戦士ならば癖は必ずある。

 つまりこの男は、自分の癖を隠している。

 …それは正しく、デュークの領域でしか出来ない事だった。

世界最強とまで言われたデュークの敵は、もはや来ているのだ。

 

「…はは、笑えねぇな」


 俺はそんな事を思いながら、頬から垂れる血を手で軽く拭う。

しかし雑念を吹き飛ばす様に次の瞬間には短く息を吸って、すぐ様男の爪に付けられた刃をまるで風をいなす様に、受け流す、受け流す、受け流す────。


 ニヤリ


 と、そんなり取りに男は不利だと思ったのか、はたまた何か他の事をしようとしているのか────不意に攻め越しだった男はバッと後ろに距離をとった。

 そして片足で立ち、トントンとステップを踏みながら、ペロッと爪刃に付いた血を舐める。


「…もう降参か?」


「クックッ…焦んなよ」


 男はそう言って、不気味にニヤリと再度笑う。


「今からその顔ゲロまみれにしてやるからよぉぉ!!」


 言って男は両腕をバっと広げ空をあおぐと────!


「パーマネントレッド」


 プツン────


 その瞬間、男と俺の周囲が一瞬にして濃い赤色に染まった。


────


「…」


 色に包まれる…と言うよりかは、色しかない空間に転移した様な感覚。

 音、匂い、波動、風圧…その全てが遮断されていて、まるで違う星に来たかの様だ。

────転移系の能力か?だとすれば対処は難しいが…

俺はそんな事を思っていると、ふと、上か下かも分からない場所から声がしてきた。


「どうだ、血みたいでいい色だろ?この空間は相手の平衡感覚を────」


 シュウィン!


 得意げに話す男の言葉を遮ったのは────この数分で聞きなれた音だった。

三日月形に切り抜かれた隙間からは先程までの地面が顔をのぞかせ、火薬と雨と血の臭気を含んだ風が吹き込む。


「…あ?なんだ…もしかして…切った…のか?」


 男は焦りを超えた‪”‬無‪”‬の声色で優に問う。

 俺は質問の意味がわからず、


「?当たり前だろ」


「クッ…クク、ククククハッハッハッ!!」


 瞬間、顔を手で覆って豪快に狂った様に笑う男。

────あ?なんだアイツ。転移系じゃ無ければいくらでも対処出来るだろ?何をそんなに笑って…

 俺はその様子に、片眉を上げて小首を傾げた。


「なに笑ってんだ?イカれたのか?」


 男は一通り笑い終えると、ふと目尻に溜まる涙を拭って。

 しかし先程とは打って変わって軽めなトーンで。


「いや〜参った、あんたはすげえよ」


 敵のくせになんの皮肉もなくただただ純粋な褒め言葉を口にした。

 俺はそんな男に、思いっきりのしかめっ面で答える。


「なんだお前…キモイぞ」


 先程のニヤケもキモかったが、このキモさはそれとは違う意味でキモかった。

 そんな年上のおっさんに褒められるという違和感を感じながらも俺がそう言うと、男は「カッカッ」と笑って。


「…お前は…何を望む」


「あ?」


「お前は何のために戦う。戦いに何を期待する」


 それは、先程まで唾を飛ばして自慢のニヤケ面を披露していた奴と同一人物とは思えないほど、真剣なトーンだった。

俺はその問に1秒よりも短い時間沈黙し────


「…」


 しかし次の瞬間、迷うことなくこう答えた。


「俺は俺の為に戦うだけだ。これまでも、これからも────ずっと永遠にな」


 そんな、ある意味自己中心的な発言に男は存外驚く様子もなく…しばらく顎に手を置いて俯く。

いつしか切れ目から吹き込む風も収まり、辺りには本当の静寂が訪れていた。


「…」


30秒程だろうか?

 俺は不意に顔を上げたかと思うと、またもやニヤリと笑って。

 しかし今度は、悪意は微塵も無いニヤケで。


「あんたの事、少しだけ好きになったぜ」


「俺はあんたの事が嫌いだ」


 即答する俺に、男は「ふっ」と笑う。

 狂気的な殺気に包まれていて気が付かなかったが、これが男の本性なのかもしれない。

と、そんな事を思っているとふと、サァァと周りに色が戻った。

徐々に変わってゆく色の切れ目に目をやり────しかしすぐ様男の方に視線を戻した。


「今日の所は引いてやる…それまで精々せいぜい生きてろよ〜?」


「あ?逃がす訳────」


 と、男を追おうとしたその時だった。

男の奥に迫る、赤い光の集団が目に入ったのは。

 俺はそれに気づくと「チッ」と小さく舌打ちをする。

 今の俺達には‪”‬あれ‪”‬を受け止めるだけの戦力はない。

 つまりはここが引きぎわだ。

 俺は既に背を向けて歩き出している男に剣を向け、瞳に点る赤い光に殺意を乗せて。


「いずれお前は俺が殺す。それまで待っていろ」


 最後にそう、言い放った。

 男はそれに振り向くこと無く、代わりに片手を上げながら。


「キヒッそれは楽しみだなぁ」

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