第3話 生きる者と死に行く者

 ザァァァァァァ


 ぽたぽたと、前髪から滴る水滴が落ちる。

 それはやがて、目の前にある‪”‬物‪”‬に当たって弾けた。

 ピトンと、音は響かない。

 もはやなにも、私の耳には入って来なかった。

 ただただ目の前の物を見つめながら、立ち尽くす。

 泣いているのだろうか。涙を、流して────流せているのだろうか。

 自分の事ながら、そんな事さえ分からない。

 そうだ、こう言う時はいつも。


「教えてよ、カレン」


「…」


「私が今涙を流せてるのか、教えてよ!!」


 虚無に響くその声に、ついに答える者はいなかった。


 ────


 俺がそこに着いた時には、もはや全てが終わっていた。

 あるのは第2大隊の部下達の死体と、1つの死体の前で立ち尽くす結衣の姿のみ。

 俺はと、最悪の事態を想定してしまう自分の心に言い聞かせる。

 あいつが死ぬ訳がない。

 だってあいつは俺より強い、俺より速い。

 だから────「…っ」


 パシャ


 振り続ける豪雨によってぬかるんだ地面に、ルイの両膝が深く食い込む。

 目の前には右の手足が無くなったカレンの死体が、そこで立ち尽くす結衣の足と共に視界に入っていた。

 もはや体内には1滴の血液さえもないのだろう。

 表情の動かなくなった顔は見たことも無いほど青白くそまり、雨が降っているとは言えその肌は氷の様に冷たかった。


「…くそっクソクソクソクソがッッ!!何死んでんだよっ何勝手に…返事しろよ!おい!」


 バシャバシャと顔に泥が飛ぶほど豪快に地面を叩き…。

願わくば、それに怒ってカレンが起きてくれないかと、をしながら叫ぶ。


「お前なんでっ…お前が────」


「うるさい」


 ふと、冷たくなんの温度も感情も持たない言葉が聞こえてきた。

 その声がしたのは、俺の顔の真上辺りからだ。

 俺はあまりにも冷酷なその声が結衣のものだと理解するのに数秒を要し────次の瞬間視線を上げ結衣の顔を見あげようとするも、何故か彼女の顔は黒くて見えなかった。

 ただただ結衣は黙って、下を向く。

 それが髪の毛や雨の影による物なのか、はたまた他の何かなのか、そんな事はどうでもいい。

 今重要なのは────


「なんだよ…っうるさいってなんだよ!!カレンはあんたにっ────!」


 喉から血が吹きでる程強く、俺は叫ぶ。

 視界は荒れ、もはやどこを見ているのかも分からない。

 しかしうっすらと見た────否、見えた、近くの丘から怪しげな無数の赤い光が出ているのを、俺は見逃さなかった。


「…」


 降りしきる雨の中、どう見抜いたかって?


 そんなの決まってる。あの光は嫌という程今回の戦いで見ている。

 あの光は────

 あの禍々しく光る赤は、正しく…


「!!て、敵の新────」


 ズドーン!!


 型の「が」の字を言いかけた、その刹那の瞬間だった。

 一瞬にして俺の顔の前まで来た新型の首が、真っ二つになったのは。


「…っ…!」


 もはや一瞬すぎて何が何だか分からず、俺は呆けた様に口を開ける。


「なに…が」


 振り絞り出てくるのも、そんな言葉のみ。

 しかしそれに答えた声があった。


「すまねぇ」


 静かに鳴るその声に、俺はホッとする。

 結衣だけは、守る事ができると。

 そして目の前に来た────恐らく新型の首を切った張本人である優は、俺と結衣を背に、首だけ振り返ってこう呟いた。


「少し遅れた」



 ズドドドーーン!!


 続いて俺の前に立つ優の奥に、優の部下たち4人が派手に降り立つ。

 それぞれが着地ざまに1匹、新型を切った。


「ふん、これが新型か?大した事ないのぅ」


 大斧を振り回しながら半ば無双状態のシードは、そう言って高々に笑いながら敵の体を宙にふき飛ばす。

 体格から想像出来る通り、豪快な戦い方だった。

 そんな事を思っている間にもグシャリと断末魔が炸裂する。


「だねだね〜この位なら全部殺しきるまで1分位かな〜?」


 リルは両手にもつ淡い光を帯びる双剣を舞うように扱いながら、光沢のある短髪の髪をひるがえしながらそう言った。


「油断しないで下さい」


 と、シードに相槌を打つリルに注意しながら彩華は、まるで糸でも切るように、はたから見れば刀すら当たっていないと錯覚してしまうほどの剣技でサイボーグを細切りにしていく。

 シュインシュオンとなる切断音はシードのそれとは似ても似つかず、もっと聞いていたいとまで思うほどだ。


「この程度なら結衣の部隊は苦戦しません。こいつらは普通のサイボーグでしょう」


 息一つ上げない彩華は、一通り敵を切って目を細める。


「むむ?そうか?」


「変態ジジイはそんな事も見抜けないのですか?」


「な、なんじゃ貴様!そんな事分かっておったわ!」


「えー本当にーー???」


「な、お前まで何を言うとるかリルよ。というか貴様も我に賛同しとったでは無いか!」


 尚も部下達の言い合いが続く中、俺は辺りを見回し────そして結衣の部下、ルイに視線を落とす。


「…退却の準備をしろ」


「えっ…でも…まだ」


 反射的にそう口にするルイに、「ならまだやるか?」と続けると、途端に唇を噛んで下を向いた。

 …ルイの言いたい事は分かる。

 だが、


「今のところ援軍に来れたのは俺達5人だけだ。俺の部隊も後で来る手はずだが…」


 そこで俺は、少し言い淀んで。


「今日はもう、戦いたくないだろ…?」


「…っ…」


 俺はルイから一瞬、横の死体に目をやり…しかしすぐにルイに視線を戻してそう言った。

 雨は尚も降り注ぐ。

 作戦を自主的に放棄するのはいけない事だが、こんな所に死体を置いておく方が人として、心ある物として非常識だ。


「了…解」


 俺は何とか納得したらしいルイに「よく頑張ったな」と一言。

 その流れのまま結衣に視線を移そうとした…その時だった。

 背中に、今まで感じたことの無い程とてつもない殺気を感じたのは。


「…!!」


 バッと、俺は瞬時に振り向く。

 部下達は既に俺を囲う様に武器を構えており、そしてその視線の先には…


「よぉ…」


 赤と黒を交互に混ぜた様な髪の色。

 凛とした顔立ちながらもどこか圧迫感のある瞳を長い前髪の間からのぞかせ、こちらを見据えている────気配のない1人の男が居た。

 男は見た目通り、比較的低く静かな声で、味方の死体に座りながら俺を見る。


「あんたがデュークか」


 疑問形では無い。

 しかしその問いに答えなければ一瞬で斬りかかってきそうな殺気と不気味さに、部下達は再度武器を構え直す。


「そうだと言ったらどうする?」


「…さぁ、どうするかな」


 男は不気味な瞳を見せつける様に前髪をかき分けると、ニヤリとその口角を歪ませた。

 まるで人間としての骨格自体を否定する様な、その奇っ怪とも言える口元に、俺は顔を歪める。

 そう、俯き気味だったのと髪の毛が邪魔していたので今まで気が付かなかったが、男の顔には顔面を肉ごとえぐり取られたかの様なキズがあったのだ。

 左目を通り斜めに走るそのキズを、男はいとしそうにでる。


「お前は誰だ?」


「あぁ?」


 俺がそう問うと、男は瞬間呆れた様な表情になる。

そしてポリポリと首の後ろをかきながら。


「デュークってのはバカなのか?名前を聞かれて素直に言う訳ねぇだろ」


(?…どいつもこいつも?)

 俺は今の会話に疑問に残る事はあるものの、


「言え」


 今はこいつの正体を明らかにするのが優先だと思い、再度語気を強めて言い放つ。

 が、男は即答で。


「言わねぇ」


「…」


 だんだんと上がっていく優の殺気。

 それに天候までもが共鳴しているのか、先程よりも雲はドス黒く染まり、中心には渦のようなものが出来ていた。

 俺は腰の刀に手を置く。

 そしてスラァと、メカニックに光る刀身を男に向け、


「…言え」


 そう、言い放った。

 すると男は優の気迫に押されたのか、やれやれと言わんばかりに両手を天秤のように上下させて。

 しかしどこも怯んだ様子は無く…。


「………ふっ、まぁそう怒るなよ。本名は言えねぇが、代わりに俺のあだコードネームを教えてやる」


 言って男は「クックックッ」と笑いながら。

 スゥとわざとらしく息の音を響かせて。



「俺は‪”‬デューク狩り‪”‬…あんたらを地獄に叩き落とす者だ」



 と、言った。


「………────……」


 その言葉を聞いた優の顔が、今の天候に負けないほど曇る。

それもそのはず、‪”‬デューク狩り‪”‬と言う言葉を優が聞いたのは、初めてでは無かったのだ。

 あれは忌むべき人類の大失態────2年前の大都市侵攻の時だ。

反乱軍と名乗るサイボーグ達に一瞬にして国家200万人の人口が失われ────残った世界が選別した7人の最強者、俺達デュークが初めて戦った戦い。

 デュークが参戦してからは1週間程度で反乱軍は鎮圧。

 砲弾こそ振らなくなったものの、代わりに戦いの業火は1ヶ月以上も地上を焼き尽くした。

 今この時代に大侵攻と聞いて顔を歪めない人は居ない。

 それはそれほどまでに疎まれる事件だった。


「デューク狩り…」


 そしてその時ある1人の反乱軍が口にした言葉こそ、今し方男が口にした‪”‬デューク狩り‪”‬という存在だった。

 2年前の大都市侵攻を救った英雄。

人類の守護者。

 今や人類の心のり所となっているデュークの体裁ていさいを守る為として、国際同盟アトラスは‪”‬デューク‪”狩り‪”‬という存在をうやむやにした。

 ────デューク狩りなど居ない…と。

 しかし俺は知っている。

 ‪”‬デューク狩り‪”‬という者が、実際に存在する事を。

 なぜなら…なぜなら俺は、あの場にいたから。

 そう、敵の1人から‪”‬デューク狩り‪”‬という言葉を聞いたのは、誰であれ俺自身だったのである。

 しかしだからと言ってこいつがそのデューク狩りと判定するのはまだ早い。

 こいつの実力を知らない以上、それは何とも言えない事だ。

 しかし今、分かったことが1つあった。

 それは、


「…驚いたな。デューク狩りかどうかは置いておいたとしても、まさか聞いてた敵の新型が共生型だったとは」


 サイボーグには、主に2種類ある。

 人工知能を搭載し、自動的に戦うAi型。

 それとは違い人間をサイボーグになるよう改造した────共生型。

 もちろん理論通りに動かない共生型のサイボーグの方が何倍も強く…なるほど、それなら報告にあった準デューク級というのも納得だった。

 俺がそうつぶやく様に言うと、男はそんな事に興味は無いと言った顔で。


「…‪”‬そいつ‪”‬は弱かったぞ〜?」


 ふと、男は不意に右の腕をゆっくりとあげた。

 そして男は‪”‬そいつ‪”‬とひょうした物を指さす。


「俺が腕を掴んだら自分で自分の腕を切り落としやがったんだ、それから徐々に青白くなっていく顔色の変わりよう…クックックッあれは面白かったなー」


 ザワッッ!!!!!


 瞬間、身の毛もよだつ様な殺気が再び────してくる。

 この殺気を、この首元にナイフを当てられている様な殺気を、俺は知っている。

 知っているからこそ、俺はその殺気の発生現を向くことはしない。

 代わりに俺は「よせ」と一言。

 抑えきれない程伝わってくる結衣の怒りを抑えながら、


「‪”‬そいつ‪”‬じゃねぇよ」


 俺はふと、荒々しく声を発した。

 つぶやくように、しかし降りしきる雨にも負けない力強い声で、あえて結衣に聞こえる様にこう続ける。


「その子の名は‪”‬カレン‪”‬自らの命をって部下達を守った勇気あるサイボーグだ」




 

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