第2話 運命が必然と言うならば

『目的地まで残り10分、現地は対空砲火が強いと斥候から報告を受けています。対空誘導GMミサイルにお気をつけを』


 無線を通して聞こえるジィの声。

 それに俺は、「分かった」と一言。

 機体は自動制御といえど、そのホログラムのハンドルを握る手に力が入る。

 俺は今、第四艦隊の戦う南極付近まで輸送ドローンで向かっている所であった。

 大人1人分の隙間しかないこの機体に、俺はうつ伏せで寝る形で収納されている。

 速度重視の流線型の機体は現在、マッハ2で高度10000メートルを飛んでいる所だった。

 サイドには俺の乗っている機体と同じ────黒く扇子の様な形の4つの小型ドローンが並走している。

 無論その中には、


「皆さん、敵方の新型情報が入りました」


「ぬっ、さすがちっぱい情報屋」


「誰がちっぱい情報屋ですかぶち殺しますよ」


「あははは、彩華はちっぱいだー!!」


「…」


 俺の部下4人がいるのだった。

 彩華は自分の貧乳弄りにリルまで加わったのを理解すると、「はぁ…」と分かりやすくため息をついて、新型についての報告の続きを読み出す。


「現在発現が確認されている新型サイボーグは4基。そのどれもが準デューク級の力を持っているとの事」


 ‪”‬準デューク級‪”‬それは世界最強とうたわれるデュークの1つ手前の地位。

 もちろん本物のデュークとは雲泥の差があるが、そうは言っても準デュークと着くだけあって普通のサイボーグとは比べ物にならない力を持ったサイボーグの事だ。

 俺の部下や結衣がこれに当たるが、やはり自分達と同じ階級なのは気に食わないらしく。


「むむむ〜AI型が準デューク級なんて少しムカつく〜いやめちゃくちゃムカつく〜」


 音声のみの通話にも関わらず、リルのふくれっ面が目に浮かぶ。

 続いてシードも、


「ふん、全くその通りじゃな。あんな木偶の坊が我らと同じとは!心底舐められた事よ」


「ですね。変態クソジジイはともかく、優様直属の部下である我々3人を見くびらないで頂きたいものです」


「…ふっ」


 いつも喋らないアレスの殺気の籠った笑いに少し怖気を覚えながら、俺は目を細めた。


「…」


 単純な戦力として数えれば、向こうには準デューク級が4基、そしてこちらに準デューク級は結衣1人。

 もはや…いや、あいつの性格からして開戦する前に新型の情報があるならば退却するはずだ────


 あいつは敵の力を読む力が強いからな


 と心でつけ加えて、不本意にも内心少し焦っている自分の心を落ち着かせる。

 妹を信じろ…と。

 ────しかしそうはしなかった。

 普段用心深い結衣が、退却をしなかった。

 つまりそこには、引けない何かがあるという事だ。

 も着いて来れないマッハの世界。

 そのせいか1人黙って考え込んでいた俺は、無線に響くやかましい呼びかけに気付かず。


「おーいおーいボス〜??」


「ぬっはっはっまたなにか企んでおるわ」


「…妹君いもうとぎみが心配なのだろう」


「……」


 アレスの言葉に、彩華は一瞬沈黙した。

 その間も無線では、リルや変態ジジイ達の談笑が続く。

 だが一瞬は一瞬。

 その一瞬さえもはからせまいと、彩華はできるだけ普段と同じ声色を心がけて。


「優様、もう少しで現場です」


「…あぁ」


 その時、リルが声をかけても気が付かなかった優が自分の呼びかけに答えてくれた事がとても嬉しかった事は、墓場まで秘密である。


 ────「結衣ーーそこまでにしておけばーー?」


 遠く登るどす黒い煙、足元にはどこの部位とも分からない死体が転がっており…あぁやはりここは戦場なのだと実感させられる。

 私は背後に聞こえた呼びかけに、グサッと敵の死体に刺さっていた剣を抜いた。


「まだこの区画の敵を殲滅出来ていません。少しでもここの負担を減らさないと…」


 そう言って私は、血の着いた前髪を耳元までかき分ける。

 今は開戦2日目の朝。

 普段なら後処理の時間の今尚も、一進一退の攻防は続いていた。

 

 何故かって?

 

 それはひとえに、敵に他より強いサイボーグが入っているにほかならないのである。

 は味方の小隊を潰しては移動し、潰しては移動する。

 私が直接叩こうとこうして前線まで出てきた訳だが、なかなかどうして、敵の新型は私の気配が分かるらしく、そいつの姿は確認出来るもすんでのところで逃げられていた。

 と、言ったそばから思考の海に閉じこもる結衣を見かねてか、結衣直接の部下であるカレンはパンと手を叩いて。


「ハイハイハイここはカレンちゃんに任せて、少し隊長は休みなさいな。ついでに朝食もゆっくり食べてきなよ〜」


 と、灰色のマントを翻しながら言った。

 私はカレンに言われてはじめて、まだ朝の補給すらしていなかった事を自覚する。

 はぁ…と、我ながら自分の時間配分能力の無さに嘆息する。

 いつもそうだ。

 どうやら私は昔から、ひとつの事に夢中になるとそれをとことん突き詰めてしまう性格ならしく…自分でも分かってはいるものの、いつもそんな私を止めるのは部下であり友でもあるカレンだった。


「もー聞いてるの〜?」


 私の顔を覗き込む様に小首を傾げるカレンに、私は「はい聞いています」と返す。

 カレンは私と同年代の…言わば親友だ。

 男社会色の強い‪”‬軍‪”‬というもの。

 その中で同性同年代カレンという存在は、私の中である意味心の支えだった。

 もはや一緒にいすぎて親友という言葉を口にするのさえ恥ずかしいけれど、無理にでもたまに口に出す。

 ────「私と友達になってくれてありがとうございます」と。

 たまに語尾を「ありがとう」に変えてみたり、もしその時喧嘩とかしていたら、「ありがと」と淡白に言ったりして、時には部下伝づたいに言ったりして…色んな言い方があるけれど、唯一「言わない」という選択肢は無かった。

 それはいつ死ぬか分からない戦場で、互いを繋ぎとめる唯一の道標だったから。


「後は第2大隊ここの皆とやっとくから」


 そう続けるカレンに、私はため息を着く。

 任せてとは言うが、今のところほぼ全ての所で戦いが停滞してしまっているのだ。

 ここ第2大隊が最も停滞していた為こうして来た訳だが、どこか1箇所でも勝つ場所があれば…。

 それに、


「サイボーグに多少の無理は問題ありません。このまま任務を────」


 言いながら私は残りの敵数を確認しようと片腕に搭載されている地図に目線を落とす。

 そして今はまだ暗くなっている画面をタップし、瞬時に画面が明るくなる…と思った次の瞬間、その地図が横から被せられた何かによって真っ黒に染った。

 それは言うまでもなくカレンの手だ。

 私は地図を真っ黒にした原因────カレンの手を辿り、そのまま顔を見つめる。


「あーもういいから!ほらほら〜早くしないとおっぱい揉んじゃうぞ〜」


 言ってカレンは、ズイズイと私の背中を半ば無理やり押す。

 抵抗する私とその背中を押すカレン。

 じたばた足掻こうにも、アンバランスな体制にそれを阻止させられる。


「ちょっ、まだ敵が────」


 私は戸惑いながらも首だけ後ろを振り向き…と、ニヒッといたずらっ子のように、しかしどこか訴えかける様な目で笑うカレンと目が合った。

 それはこれまで何度も見た、私を本気で心配している目。

 ‪”‬お願いだから言うこと聞いて‪”‬と必死の懇願をしている様な目だった。

 それに上目遣いも加わり、だんだんと断れない空気になってくる。


「たまには前線じゃなくて本陣にいなよ、お兄さんも…優様も、前にそう言ってたでしょ?」


 そして最後のその言葉が、私にトドメを刺した。

 数センチの間に見つめ合う私の目が、気まずい感じに横にそれる。


「…」


 確かに…カレンの言葉には一理ある。


 私は1度この戦いの指揮官として、フムと小さい顎を抱えここの状況をかんがみる。

 先程戦ってみて、敵は決して強くはない。

 ここにカレンを置いていっても差し支えは無いだろう。

 危なくなったら私がかけつければいいのだ。

 それに…お兄ちゃんにも、少しは本陣にいろと言われているのも事実だ。

 私は再度顎を抱えたまま…ふいに閉じていた瞳を開けて。


「分かりました。ではここは任せます。ですが危なくなったらすぐ」


「ハイハイ任せられましたっ!ほら!行った行った!」


「ちょっ、まだ話しは────」


 ズイズイと押してくるカレンに負けて、私はしぶしぶ本陣に戻った。


 ────


「結衣様のご帰還デーす」


 本陣に帰ると、すぐさま上着を腰に巻いた上半身裸の男に迎えられた。

 髪は青みがかった黒色で、ギリギリうなじが見るか見えないかの微妙な長さ。

 ワサワサとしている前髪からは、憎たらしいが綺麗だと認める他ないコバルトブルーの瞳を覗かせている。

 男は片腕を開き、そしてもう片方の腕を胸に当てながら綺麗な角度でお辞儀をした。


「そのノリはやめてくださいとお願いしたはずですが」


 私がジト目でそう返すと、男はすかさず両手をオーバーに広げ、やれやれと言った感じで。


「まーまー、まーまーまーまー⤵まーまーまーまー⤴︎いいじゃないですか」


 男はジト目で睨む私に、緩急をつけた「まー」で返してくる。


 全く、いつもこの男は…


 そんな事を思いながら私は、片手で頭を抱えた。

 そしてはぁ…と、より一層のため息をこぼす。

 このお調子者はルイ────唯一私の事をお兄ちゃんの前で口説ける命知らずなやつだが、実力は確かである…実力は。

 そんな事を思っているとルイは「それに」とつけ加えて。


「呆れ顔の結衣様も、めちゃくちゃ可愛い」


「ふんっ」


 ドゴッ


 私の回し蹴りで本部の合成鋼ごうせいはがねでできた鋼鉄こうてつの壁にめり込んでいるルイを無視して、私は。


「…ふぅ」


 目の前の大画面に映されている地図に歩み寄った。

 かたっと、隊長席には座らず────その前のテーブルに手を着く。

 ‪”‬皆が苦労しているのに隊長である私が呑気に座ってなどいられない‪”‬

 それが私の中で唯一、お兄ちゃんに拾われた時から変わっていない事だった。


「状況はどうなっていますか?」


 私は目前の地図を眺めながら後ろ向きに問う。

 すると、ガラガラと何やら背後で音を立てながら。


「あーゴホッえーっと、ごホッごホッ」


「現在ほぼ全ての隊で停滞が続いています。ですが今のところ例の新型の報告はなく…現在捜索中です」


 そう、ルイの言葉やくめを預かって部下が言う。

 本来は作戦状況の報告はルイの役目なのだが────まぁ別にそんな事はどうでも良いだろう。


「そうですか、分かりました」


 私はいつも通りそう返す。

 が、しかし。

 当のルイはどうでも良くなかったらしく、先程まで口から血を吹いていたルイは即座に元気になって。


「そっ!そうです!んで今からボクちゃんがその新型を探しに行こうかなーと思ってたら結衣様が来たっていう訳」


 自慢の前髪をクネクネといじりながら、どこか呆れた顔でそう言った。

 ルイは言い終わっても尚、何故か私の事をチラチラと見ながらふっと息をふきかけて前髪を飛ばす。


 …この顔に腹が立つのは私だけなのでしょうか。


 っと、危ない。

 こんな本音を発したら変態のこの男はより調子ずいてしまう。


 そう思った私はあえて愛想のなさそうに、淡白に、


「そうだったんですか」


 と、後ろ向きのまま答えた。

 するとふいに、肩の所にまるで風のマントを被ったかの様な軽い感触が私の肩を覆う。

 そのマントは優しい風を吹かせながら…不意に耳元まで移動すると、こう言葉を発した。


「まぁ…全部嘘だけどな」


「ふっ────ビービービービービービー」


 今度こそ即死級の威力の回し蹴り────フィンというまるで針の穴に糸を通す時になりそうな擬音を奏でるつま先がルイの顔面に到達する、その数センチ前で…警報がなった。

 鼓膜に直接訴えかける様な警報音に、私の思考は強制的に引き戻される。


「…」


 私はバッと前を向き、部下の報告を待つ。

 そしてその約1秒後、部下の口から言葉が発せられる。


「敵新型発現!場所は第1大隊の持ち場です!数は7!」


「7か…」


 そう呟いたのはルイだ。

 私はルイの目の前まで上げていた足を元の位置まで下ろす。


「な、第1?!」


 と、次の瞬間第1大隊と聞いた部下達の間に動揺が広がった。

 それもそのはず、第1大隊は私達の艦隊で最も大きい大部隊だ。

 今まで小隊しか襲ってこなかった新型が、現在大隊を襲っている。

 これは戦場に置いて、大きすぎる変化だった。

 

 ビービービービービービー


 尚もなり続ける警報音に、モニターを見つめる部下達の動揺は次第に不安に変わり…皆の顔が蒼白する。


「おいおい…こりゃやべぇな」


 いつも陽気なルイも、今に限っては額に一筋の汗をかいた。

 それは新型の登場…ではなく、新型の登場で広がる部下達の動揺についての意味で。


「うろたえないで下さい」


 ふと、はっきりと、しかもなんの動揺も不安もない声が本部の金属でできた部屋に反響した。

 それはエコーの様に広がり、皆の胸に浸透する。

 そして皆が見つめる目線の先には────


「まだ何も、不安になる事はありません」


 これぞリーダーと言うにふさわしい、いつもの命令1番ではなく、しっかりと自分の意思を持った目をした────結衣が居た。

 結衣は皆の視線が自分に集まったのを感じると、ゆっくりとベージュの瞳を

 いつもそうだ。

 結衣のゆっくりとした瞬きで、皆の動揺が嘘のようにしずまり、次の瞬間には優秀な部隊として機能する。

 その様子にある者は深呼吸をして自分を落ち着かせ、またある者は「あーあまたしばらく乙女の結衣様は見納めか」と残念そうに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。

 これこそ私達の強み、お兄ちゃんに誇れる…唯一の自慢だ。


「ふっ…」


 微笑みと同時に開けた瞳には、皆の意思の籠った目が映る。

 それを確認して私は、右の拳を胸の所で握りしめる。

 熱く燃える心臓の音、シーンとしたからこそ分かる皆の呼吸音、心音、それらは次第に信頼へと変わり、私の背を支えてくれる。


「大丈夫」


 今の皆にはその一言で十分だった。

 私は再度深く息を吸い込み────


「皆さん、この戦い全員で────」


 ドゴォォォンン!!


 分かっている、運命という物はそう簡単には動かないという事を。

 次の瞬間、とてつもない爆音と共に激しい揺れが本部を襲った。

 収まったと思ったその瞬間、更なる不幸が重なる。


「!!第2大隊から入電!‪”‬敵新型と思しきサイボーグ…… っ!」


 そこで言い淀む部下の声に、本部の空気が凍り着く。

 敵の新型サイボーグは一体一体が準デューク級の力の持ち主。

 はっきり言って今の戦力で対応できるのは後数体が限界だ。

 部下は言葉を発するのを躊躇い…しかしガギリと歯を食いしばって。


「その数50体と遭遇っ!!死傷者多数!至急増援を求む‪”‬…!!」


 そう、言い放った。

 …50という桁違いの数字に、本部に居た者は全て力が抜けた様にへたりこんだ。

 こんな時、皆を鼓舞するのはリーダーである結衣の役目。

 しかしこの入電に最も顔を青ざめたのは…他でもない自信だった。


(そん…な…っ)


 震える心の声に、気管の入口まで来た息が逆流するのを感じる。

 心拍は跳ね上がり、額には汗が滲む。

 それもそのはず。

 第2大隊…それは先程まで私が居た場所。


 唯一の友…カレンと、喋っていた場所。


「…カレン……っ」


 …隊長という役職の責任も、重要性も分かっている。


 重々分かっているけども、今回だけはっ…!!


「くっ…!」


「お、おい?!」


 突然振り向いた私に驚いたのか、ルイは手持ち無沙汰な両腕をあたふたさせながらも、私の手を掴んだ。


「な、何諦めてんだよ!!」


 私はルイの手から抜け出そうと腕を全力で振るが、ルイはそれを両手で押さえつける。


「あんたらしくねぇぞ!!」


「っっ…離して下さい!」


「断る!」


 まだ諦める時じゃないだろ、と私の手を強く握りながら続けるルイに、私は再度────


「…離して……っっ」


「っ!……」


 瞬間、ふっと力の抜けた瞬間を私は見逃さなかった。


「くっ…!!」


 私は本部の扉を抜け、全速力で────第2大隊の持ち場に向かう。

 先程出た時とは違い、空はどす黒く染まり、そこからは容赦ない雨とカミナリがまるで地上で行われている事をあざ笑う様に吹き荒れていた。

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