出会いと別れ

第1話 最強者、それは時にサイボーグ

 ドーーン!!


 鼓膜を直接叩かれたような衝撃音に、教室内がどよめいた。

 授業中、黒板をカツカツ弾いていた先生の手も止まり、ドアの近くの生徒と共に廊下を見に行く。

 そんな中俺は、ゆっくりと、机に伏せていた顔を上げる。

 そしてゴシゴシと、淡く染る目元を擦って。


「…………腹減った」


 ────【デューク】────


 ドドドドドドッ


「オラオラオラオラァァァ!!」


 ゲームでしか聞いたことの無い自動小銃を連射する音と共に、他のクラスの生徒の悲鳴がこちらに近ずいてくる。

 やがてそれが銃声や悲鳴ではなく、あからさまな足音に変わった途端────初めは面白がって「なんだなんだ?立てこもりか?」「俺ならワンパンだわ」などと言っていた奴らの顔を青白く染めた。


「おいおいやばいぞ!」

「これマジだって!先生何とかしろよ!!」

「やばいよ!ねぇこれ本当にやばいって!!」

「キャァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

「落ち着け!大丈夫だ!事務室に電話するから!!」

「お母さァ”ァ”ァ”ンン!!」

「バリケードを作れ!!!」


 教室内は大パニック。

 銃声と悲鳴だけでよくここまで…と思うが、これも人間の本能なのだろうか。

 そんな事を思いながらも当然、は俺などに抑えられる物ではなく────否、抑える気もなく───俺は机に顔をつけた。


「オラオラァァァ!!」


 火薬と血しぶきの匂い、連続してなる薬莢やっきょうの落下音。

 徐々に明らかに、正確に近づいてくるその気配に、教室中がさらにパニックとなる。

 そして担任が「落ち着け!!」と声を荒らげようとした────その時だった。


「ほぅ、ここが2年A組か…随分と探したでぇ」


 ガラガラと、作りかけのバリケードを蹴飛ばして1人の男が入ってきたのは。

片手に血だらけになったレボルバー式の拳銃を持ち、上半身は迷彩柄の長袖を着た男。

 服には返り血と肉がベッタリと着いており、その様子に教室中がどよめく。

 男は返り血で赤く染った銃のトリガーをペロッとなめ、


「スマンが大人しくしといてなぁ。そうすればすぐお母ちゃんの所まで帰れるでぇ」


 言って男がクイッと指を動かすと、すかさず後ろのドアからも敵の部隊が入ってきた。

 軍隊…と言うよりかはテロリストの様な姿で、口の周りには薄汚れた布を巻き、服は所々が破れている。

 要はつまり、

 そんな感じで俺が敵の配置を確認していると、ふとリーダーと思しきトリガー舐め舐め男は教壇に登って。


「今から皆さんは人質や」


 と、どこかで聞いたことのあるセリフを関西弁で口にした。


「ふっはははは、1度言って見たかったんだよなぁ、これ。」


 男の不気味な笑い声に、さらに生徒達の顔が強ばる。

 ある物は小さく悲鳴をこぼし、またあるものは尿をこぼした。

 まぁ…それも当然か。

 彼らは


「…ふっ、茶番はこんなものでええやろ。」


 ふと男は、そう言って話題を変える。

 そして先程まで握っていたレボルバー式の銃を左の太ももの所に戻し、代わりに右側から新しい銃を取り出した。

 それは薄緑に光っており、よもや宇宙人が持っているような…そんな未来的な銃だった。

 その銃を見た瞬間、ほんの一瞬、優の眉がぴくりと動いた。


「これからこの銃で一人づつ頭を打っていく」


 男はそう言うと、生徒たちの悲鳴を存分に楽しむようにニコリと笑ってから。


「まぁ安心せぇ。これはちと特殊な銃でなぁ、にはきかんのや」


 だから安心して打たれるがええでと笑顔で続ける男の言葉に、生徒達はそんなの信じられる訳がないという面持ちだった。

 まぁ…当然よな。彼らは人間なのだから。

 俺はそんな事を心の中で思って…再度眠りに着いた。


 それからは至極単純なもの。

 ごとっと厚底のブーツで低い音を奏でながら、男は一人一人生徒たちの頭を打っていく。

 しかしどうして、男の言った通り緑に光った銃は発砲音さえするものの、目前にある生徒たちの頭を吹き飛ばす事はなかった。

 そして俺の番…男は銃を俺の頭に突き立てながら。


「この状況でよく眠れるなぁ、あんちゃん」


「…」


 尚も無言を貫く俺に男は毒気を抜かれたのか、銃を持っていない方の手で頭を抱え口をまっぴらく。


「ふっ、ふはははは!ここまで潔ええと逆に気に入ったわ!さぁ、頭をだしぃすぐ終わるでなぁ」


 カチャと、頭に金属特有の冷たさが伝わる。

 なんの温もりも、同情もない温度。

 この温度を人は、冷酷というのだろう。

 そんな事を思いながらも俺は、尚も伏せ寝して──パンっ!

次の瞬間、今までとは違う破裂音が、俺の居る教室にこだました。

 それと共に、俺の周りに淡い青色の膜が現れる。

 それは未来的な銃から放たれた弾を中心に波動を描き────


「使い捨てバリア、持ってて良かったな」


「っっ…こいつだ!!こいつを殺せぇぇぇ!!」


 バリィィィンンン!!


 男の号令に、敵の銃が火を噴く────ほんの1歩手前、その刹那の瞬間だった。

 窓が盛大に割れて、そこから黒く凸凹の着いたスーツをまとった兵が入ってきたのは。


「な…っ?!」


 テロリストとは違って高そうな戦闘服の彼らは、みるみるちにテロリスト達を拘束し、押さえつけ、黒く汚れた教室の床を舐めさせた。

 一瞬の出来事で、生徒たちには何が何だか分からなかったのだろう。

 皆、今見ているものが自分の妄想なのでは無いかと目を擦る。

 が、しかし。

 これはしくも現実である。

 非道で苛烈で儚い、人間とサイボーグの…


「っんいしょ」


 と、皆が床に中身の抜けた人形のように下手っているところ…ただ1人、優だけはその場に立ち上がった。

 そしてふわぁと、大きく伸びとあくびをしてから。


「もう少し遅くても良かったのに、ジィ」


 そう、いつからそこに居たかさえ分からない────場違いなタキシード姿の老人に言ったのだった。


 痩せ型で背が高く、細くもしっかりとした肉の着いた顎には白銀の髭をたずさえている。

 いかにも周りの兵たちとは風格の違う老人────ジィと呼ばれたその人は、優の言葉に軽く頭を下げ、


「そうは行かない状況になってしまったのです」


 シーンとした、しかししっかりと頭に入ってくるような…そんな透き通った声でそういった。

 まだ薄くまう砂埃のせいか、はたまた気のせいなのか────老人の言葉を聞いた優の顔がくもった気がした。


「…」


 優は無言で先を促す。


「結衣様の部隊が危険との事です。何やら敵方に新型が入っているとか」


「…空港は?」


「既に」


「…じゃあ────」


 手のかかる妹を助けに行きますか、と言いかけた、その時だった。

 優の真上──── 3かいもの天井をぶち破って、4つの影が入ってきたのは。


「おぉぉラァァァァァ!!」


 がギン!!

 

 高音と低音が絶妙なバランスで混ざりあったその声と共に、独特の重低音が響く。


 それは天井が崩れた音ではない。

 何か…そう、まるで硬い金属同士が響き会うことなくぶつかった様な…そんな重低音が教室に、砂埃と共に充満した。

 

 ゴォォォォォ…


 ボロボロと、吹き抜けとなった天井からコンクリートの破片がこぼれ落ちる。

 そしてそれが砂埃の中に落ちると、カンっというなにか硬いものにあたった様な────比較的高い音がこだました。

 その音の方に吸い寄せられるように視線を向けると、砂埃の奥に映る黒く大きな影が視界に写り込む。

 そしてその影から発せられる声も、これもまた大きかった。


「ふっ…ハッハッハッ!我ら4人の刃を同時に避けるとは!さすが殿じゃ!ワッハッハ」


 ビリビリと鼓膜を叩くその声に、壊れていない壁からも砂埃がふきでる。

 と、そこに女性のものと思しき声も加わる。


「4人では無いです。私はやっていませんから」


「ぬぅ?何を言うとるかこのちっぱいビッチは」


「だ、誰がちっぱいビッチですかッ!!」


 そんな下らない会話も、もはや生徒たちの耳には入らない。

 ただ生徒たちの中で確実だったのは、今起きていることが夢ではないという事、ただそれだけだった。

 ふと砂煙が、吹き抜けからもろに入ってきた北風で飛ばされる。

 そしてその中から現れた者達は…真ん中に立つ優を中心に、まだ少しまう砂埃と光とか混ざり会い、絶妙な後光をまとっていた。

 …服は黒くゴツゴツした、光沢のあるスーツの様な物。その所々に4者4様の色の着いた蝶のエンブレムをあしらえ、みなそれぞれ武器の様な物をたずさえている…2人の少女と2人の男達だった。

 

何故なのか…自分でもよく分からないが、その5人の神々しい姿に生徒達の息が詰まった。

 

と、そんな感覚をぶち壊すように、肩に大斧を担いだ大男は。


「ふん、真実を言ったまでだ」


「はぁ?!言っときますがね!あたなの方がよっぽど変態ですからね!!この前だって私のブラを勝手にスンスンしてたじゃないですかっ!」


「ふん、知らんわそんなもの!」


 初めに受けたイメージの二三倍低脳な会話を2人が繰り返していると────ふと、もう1人の女性────と呼ぶにはまだ若い、背の低く、へそが出るように作られた服を来ている少女が、大男が‪”‬殿‪”‬と呼んでいた────優に抱きついた。


「ボス〜久しぶり〜!」


「久しぶり、リル。元気してたか?」


「この通り、皆元気だよ!あー強いていえばボスが任務に出た直後、彩華さやかが独り言で『はぁ…優様はやくかえってこないかな…いっそ私が敵陣に乗り込んで皆殺しに…』とか言って悩んでたよ?」

 

 そう、へそ出しルックの少女────リルは、尚も大男と言い合っている────彩華と呼ばれた少女の方を視線で刺して言った。

 恐らく…いや絶対大暴露だと思うが、幸い彩華にはその言葉は聞こえていなかったらしく…俺はリルに視線を直し。


「結衣がピンチらしい。お前達も来てくれ」


「え、結衣ちゃんが?!あばばばば…それは大変だ」


 手に口を当てながら震えるリルに、暴れる彩華を指1本で制している大男────シードは、視線は彩華のまま、


「あいつが苦戦するたぁ敵方に随分なやり手がおるようじゃのう」


 シードのその言葉に、タキシード姿の側近────ジィ・クリムゾンが付け加える。


「その通りであります。現在、結衣様率いる第四艦隊は開戦2日目。このまま長引けば新型の件もあり、より劣勢となっていくのも確実でしょう」


 途中リルが「2日目?!」と突っ込む。

 俺はジィに「そうか…」とつぶやき、顎に手を当てた。

 ‪”‬2日目‪”‬その数字にリルが驚くのも当たり前だ。

 我々戦闘機兵サイボーグが戦いの主流となった10年前から‪”‬戦い‪”‬というものはより多様に、より短期になっていた。

 よって普通は一二時間で決着の着くはずのこの戦いが、よりによって2日もかかるなど前代未聞の事なのだ。

 と、不意にシードが1本前に出て。


「何をそんなに驚いておる。少し前までは1つの戦いが何ヶ月もかかる事など当たり前じゃったぞ。」


 シードは自慢の長いとも短いとも言えない絶妙な髭を撫でながら、語気を強めてそう言った。

 シードは見た目通り、この中で最も年長だ。

 サイボーグが主流となる以前から戦場にたち武器を振るっていた彼の言葉はなりよりも信ぴょう性がある。


「10年前までは…な」


 と、今まで黙っていたもう1人の男────アレスが口を挟んだ。


「10年前とは違い、今はサイボーグによる肉弾戦と銃火器戦が主流。この場合、武器の優劣が大きく出る。」


 もちろんサイボーグの数もな、とアレスは緩急の無い声でつけ加える。


「しかも新型という不可要素も加わり、プラス戦地は相手の本陣と来ている。弾薬の限界もあろう。そのことを踏まえて考えれば、第四艦隊は────」


「もはや壊滅に近い損害を受けている、と」


 そう、最後は俺が受け継いだ。

 その俺の言葉にアレスが「その通りです」とつぶやく。


「な、なんてこった…じゃあすぐ助けに行かないと!」


「ふん、そう焦るでないわ。あの結衣がたかが新型ごときに殺られるとも思えん。」


「ですが状況が思わしくないのに変わりはありません」


「まぁそうだか」


 一通りの会話を終えて4人は、先程とは打って変わって質素になった彩華の「優様、ご命令を」の言葉で一斉に視線を俺に向けた。

 俺はしばし俯き…


 ふと、状況にたがわず


「どうするかって?決まってんだろ」


 そう、これは最初から決まっている。

 ただ俺は、どうそれを完成させるかを考えていただけ。

 部下である4人は優の笑いが作戦開始の意味を理解しているのか、それぞれ不敵な光を瞳にともす。

 そして俺は、手で顔を覆い、みなと同じく赤い光を瞳に灯して────


「俺の可愛い妹を傷つけたやつをぶっ殺す」


 そう、宣言したのだった。


「ま、待てよ!」


 と、戦闘服に換装し、移動しようとしたその時。

 教室の一角から、ここ1年聞で1番聞き馴染みのあった声が聞こえてきた。

 俺は「あん?」と気だるげに、声のする方に首だけ振り向く。

 すると喋りだしたはいいが実際に視線を向けられびびったのか、声を出したクラスメイトの少年は一瞬、後ずさりをして…しかしすぐに直って。


「お前は…お前達はなんなんだよ!いきなり入ってきたと思ったらいきなり変な話ししだして!少しは説明しろよ!」


 当たりが、シーンとなった。

 が、それも刹那。

 少年のその言葉を皮切りに、蝶のエンブレムを掲げる4人の殺気が上がる。


「なになに?!「お前」ってもしかしてボスのこと?ボスにケンカ売ってるのかな?なんで一端の市民のキミがボスに話しかけてるのかな?調子乗っちゃってるのかな?もしそうなら……殺すよ?」


 威圧的なその言葉に、少年は腰を抜かす。

 俺は「やめろ」と一言。

 抑えきれないほどの殺気を放つリルを収めてから。


「お前達にはそこら辺を知る権利はあるかもな。」


 そう言って俺は、尻もちを着く少年の元にしゃがみこんだ。

 任務と言えど3年間一緒にいた者。

 関わりは少なかったとはいえ、最低限の情報を知る権利はあるであろう。

 そんな事を思いながら、俺は心の中で「まぁ、もう会うことも無いだろうしな」と付け加える。

 …男は少年の顔と自分の顔、隙間1ミリの所まで顔を近ずけて。


「デュークって知ってるか?」


「…ぁ?…あ、あのよくニュースとかで見る世界最強のサイボーグ…えっ、まさか…!」


 一気に目を見開く少年に、俺は満面の笑みで。


「そっ、それだよそれ」


「……は?」というのが、その時の少年の顔を表すのに最も合っていた言葉だった。

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