第22話


 果たして、探していた人物は拍子抜けするほどすぐに見つかった。

 準備室あたりにまだいるかもと思ったのに、校舎に入る前に中庭で植物たちの世話をしている姿を見つけたのだ。

 中庭の一角に、立派なひまわりの花壇があった。

 今まで気にしたこともなかったのに、今はその黄色を見るだけで泣きそうになる。

 さく、さくと一歩ずつ大地を踏みしめるように歩いていく。

 はあ、と息を吸い込み、大きな背中に声をかけた。

「あおい」

 ひまわりに水やりをしていた先生は、びくりと肩を跳ねさせる。

 ゆっくりと振り返り、声の主が私だとわかった途端、目を見張る。

 声は聞こえなかったけど、唇の動きで「ひま、わり?」と小さく呟いたのを私は見逃さなかった。

 けれど何事もなかったかのように、先生はすぐにいつもの冷静な表情を張り付け、丁寧な言葉で返す。

「いえ、白瀬さん。どうかしましたか。もう下校時刻ですが」

「あおい、だよね」

「……どこでその名を」

「先生、中庭でひまわり育てていたんですね。綺麗で立派です」

「白瀬さん」

「まるで、10年前のひまわり畑にいるみたい、ですね」

「どうして」

「私、さっきまで14歳の先生と一緒にいたんです。あの夏から来たんです」

「は……?」

「ちゃんと言わないでキスするなんてずるい。年下なのに、なんてませた子なの。あおい」

 言いながら、ポロポロと涙がこぼれる。

 間違いない、と改めて確信したからだ。

 ここにいるのは大人になったあおいだ。

 もしかしたらひまわりのことなんて覚えていないかもしれないと思った。

 でも、この反応。

 少なくとも、あおいはひまわりのことは覚えている。

 だけど。

 先生にとってはあおい、と呼ばれた夏はもう10年も前の出来事で、そんな昔の儚い恋心なんて、とうに冷めているだろう。

 それになにより、私はつい先日、先生に告白して振られているのだ。

 ひまわりが私だとわかって、がっかりしたかもしれない。

 もしくは、入学したときから私がひまわりだと気が付いていたかもしれない。

 それでも今まで何も音沙汰がなかったことを考えれば、もうなにを言ったところで無駄かもしれない。

 相手になんてされないかもしれない。

 でも。

 それでも。

 言いたかった。

 逃げてしまってごめんなさい。

 あおい。

 あおいがすき、と私が言おうとしたとき、先生の方が口を開いた。







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