第12話
連日、午後からは勉強ばかりしている。
少し前の私なら考えられないけれど、ここにはスマホもなければ仲良しの女友達もいない。
あるのは、静かな環境に豊かな自然、のんびり過ぎていく長い長い夏のお昼。
いるのは優しいおばあちゃんに生意気な年下の男の子だけ。
そして差し迫る大学受験。
勉強が捗るのも道理だ。
きっと、新学期明けのテストの出来は上々だろう。
「……まあ。帰れたらの話だけど」
セミの声ばかりが響く和室に、ぼそりと小声でつぶやく。
いつも私が勉強しているときにはそのあたりで宿題や本を広げているあおいの姿は、今日は見えない。
さくらおばあちゃんは、お昼ご飯を食べ終えてからはずっと自室にこもって刺繍を嗜んでいる。
ひとりだけで、がらんとした和室を独占するのは、なんだかわびしい。
広げたノートの文字を眺めてみても、目が滑ってしまってちっとも頭に入らない。
気分が暗くなってしまったので、一度勉強を切り上げて散歩にでも行こうかな。
集中力が切れたままで机に向かっていてもあまり意味はない。
豊かな自然の中をのんびり歩くのはきっといい気分転換になるだろう。
思い立って、私は机の上に広げていた生物の教科書やノートを手早く片づけた。
外に出ると、ひんやりとしていた家の中とは打って変わって太陽の日差しが頭上から燦燦と降り注ぎ、地面の砂や茂みの緑にきらきらと反射していて、眩しい。
目的もなく、私は赴くままに歩き出した。
ゆるやかに勾配のある道を下っていくと、木々の生い茂る並木道が続く。
やはりこのあたりにはさくらおばあちゃん以外には誰も住んでいないらしく、民家は見当たらない。
並木道はどこまでも果てしなく続いていて、このまま歩くと麓の小さな町に出るそうだ。
さくらおばあちゃんは年齢不詳の元気なお方なので、週に一度ほどの頻度で自家用車を運転しその町まで降りて必要なものを買い込みに行く。
なんとなく、外界から隔絶された仙人のような俗世離れしたイメージがあるが、実際そんなことはないらしい。
案外、趣味はカラオケとかだったらどうしよう。
あ、でもまあ演歌ならそんなにイメージとかけ離れてないかも。
あの優しい声で上手に歌ってくれるとしたら癒されそう。
というか安眠効果? さくらおばあちゃんが学校の先生じゃなくてよかった。
絶対授業中寝ちゃう。
とりとめのないことをぼんやりと考えながら、私はしばらくのんびりと濃い緑の夏盛りの下を歩き、気まぐれに横道に逸れた。
横道と言っても、車は到底進入できないような、それどころか恰幅の良い人では徒歩でも進入が困難なほどの細い道だ。
さくさくと足元の雑草を学校指定のローファーで踏みしめて歩いていくと、涼しげなせせらぎが聞こえてきた。
近くに小川が流れているようだ。
細い道を歩き終えると、予想通り開けた川辺に出た。
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