第11話


「じゃあ、あおいはどんな仕事をしたいって思うの? 大企業かどうかは置いといても、やっぱり自分の納得できる職に就きたいよね」

「んん。なんて言うか、やってて楽しいなって思うこととか、好きなことはあるんだけど、じゃあそれを仕事にしたいかって言われるとなんか違う気がしてさ。自分でもわかんねえ」

「まあ、そうだよねえ」

「ひまわりは、一応俺より大人だからさ。ちょっと聞いてみようと思ったんだよ」

 ああ、なるほど。

 ようやく合点がいった。

 急に大学の話を振ってきたものだから、てっきりふたりきりになって話題がないからかと思ったが、あおいも高校受験を控えた中学三年生。

 いろいろと思うことがあるのだろう。

「うーん。でも他の子はわかんないけど、高校三年生なんてまだまだ、全然子どもだよ。そりゃあ、あおいより勉強の知識とかは多いだろうけど。でも私、将来こういうことしたいとか、別になくてさ。今の時代、大学まで行くのは当たり前みたいに先生とか言うし、じゃあ大学でいろいろ学びながら将来のことゆっくり考えていけばいいのかなって」

 正直、私自身もまだ将来については漠然としていて具体的なプランなんてまったくないから、私の言葉を伝えたところであおいの助けになるのかは甚だ疑問だったけど、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

 あおいはしそジュースをちびちびと飲みながら、ふーん、とか、へえ、と曖昧な相槌を打ちながら聞いていた。

「あ、でも私の友達は専門学校行くんだって言ってるよ。看護師になりたいんだって。だから、同じ高校三年生でも私とは違って、自分の人生をきちんと見据えてる子も、いるんだよね。なんか、私は楽観的なところあるからさ。ごめん、あんまりあおいの悩み相談うまくできてないね」

「いや、いい。お前も大変なんだな」

 月を見上げ、ふたり並んでずず、としそジュースを飲む。

 それから、しばらくお互い無言のままで縁側に座っていた。

しそジュースのコップを置き、縁側の上へ無造作に放り出していた右手に、同じくコップを置こうとしたあおいの手がちょん、と触れた。

 すぐ近くに並んで座っているので、そういうこともあるだろう、と私は気にせずそのままにしておく。

 すぐに離れるだろうと思ったのだ。

 だけど、あおいの手は予想に反して、私の手のひらの上にそっと重ねられた。

 さすがにどきりとして隣を見れば、そっぽを向いて私と目を合わせないようにしているあおいの姿があった。

 月明かりの下でも、頬が赤く染まっているのが見て取れてしまい、つられて私まで頬に熱が集まるのがわかる。

 ふたりの間に、なんともいえない空気が漂う。

 あの夜空の月もじきに沈んでゆき、日が昇り、朝が来る。

 私もあおいも、いっぱい悩んだり泣いたり笑ったりしながら、それぞれ大人になっていく。

 「あおい」とふたりだけの完璧な時間は、きっと今だけ。

 私が元の時代に戻れば、ずれて歪んでしまう。

 いっそ、時間が止まればいいのに、なんてべたな考えが脳裏によぎり、慌てて振り払う。

 抱えた膝に頬を乗せ、隣に座るあおいの横顔を見ながら、私は先生のことを思い出していた。

 おそらくは、あおいの10年後の姿。

 生物の授業で、楽しそうにいきいきと語る姿は子供っぽさもあって可愛くて、でも厳しさもあって、生徒たちに慕われている。

 いつも穏やかで優しくて、私が大好きな先生のことを。

「ふふ。あおいさ、将来は高校の先生になるのはどう?」

 あおいは目を丸くして、しばらく考えてぼそりと言った。

「それは、ねえかなぁ」






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