第9話


 夜。どこか遠くでホウホウと知らない鳥の鳴く声と虫たちの大合唱が聞こえる。

 それがうるさくて、というわけでもないのだがどうもうまく寝付けない。

 畳の上に敷いた布団にごろごろと転がり、鞄の奥からスマホを取り出してみては、いたずらに電源ボタンを押す。

 わかってはいたがもちろん反応はない。

 「はあ」とため息が漏れる。

 元の時代では生きていくうえで欠かせない重要なアイテムなのに、こっちに来てからは電源すらつかない、ただの板になれ果てていた。

 もう一度「はあ」とため息をついて、そっと鞄に押し込む。

 もう、こちらへやってきて三週間にもなる。

 帰れないことへの不安は募るものの、どうしてかここの生活は楽しくて穏やかで。

 それに課題も順調にこなしているし、知識量も増えた気がする。

 ここが2010年であり、自分より年下の14歳の生意気な子がもしかしたら片思いをしている相手の昔の姿かもしれないこと以外はすべてが完璧な夏休みなのに。

「……」

 寝てしまおう。

 そう思って目をぎゅうっと瞑り、なにも考えないように頭を空っぽにする。

 けれど寝よう寝ようと意識するときに限って、ちっとも眠れそうになくて逆に目がぱっちりと冴えてしまう。

 このまま布団に寝そべっていても、一体いつ眠れるかわからない。

 仕方がない。

 少し夜風にでもあたることにしよう。

 私はそう決めると布団から起き上がる。

 別の部屋に寝ているとはいえ、あまり大きな物音をたててはふたりの眠りを妨げてしまうかもしれない。

 そおっとふすまを開け、極力足音を立てないように廊下を歩いた。

 庭に面した居間には縁側があるので、そこに座ってぼんやりと景色を眺めることにしようと思う。

 居間のドアを開けて縁側に出ると、昼間の暑さはなりを潜めて生ぬるい風がかすかに吹き抜けている。

 何気なく遠く夜空を見上げてみた私は、思わずひゅっと息をのんだ。これまでに見たことのないほどの満天の星空が広がっていたからだ。

 小さな星屑だけじゃなくて、一等星というやつなのか、ひときわ大きく見える星が煌々と瞬いていて、それよりも少し小さめの星々が夜空を埋め尽くさんばかりに輝いている。

 何より圧巻なのが、そんな星々を統べるように大空に君臨する満月の存在だった。

 今夜は特別に満月が綺麗に見える日というわけでもないだろうに。

 ここがなにもない田舎で地上の明かりが少なく、深夜帯だからだろうか。

 大きくてまんまるで、まるで虹色に輝いているかのような麗しくも妖しい月光から、私は目が離せなくなった。



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