第234話 東西教会の仲人

 1064年8月上旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ


「西方教会と東方教会の融和のきっかけにもなります。新大陸での布教活動を是非とも前向きにご検討ください」


 熱を帯びた瞳のイルデブラントが切々と訴えてくる。布教にかける情熱は、さすが平民から枢機卿になるだけのことはある。


 それに対して僕はといえば、一歩腰が引けちゃっている。


(うわ、いやだなぁ。布教になんて関わりたくないよ)

 そう思って、東西教会のお偉いさん同士の議論に入らず、無視を決め込んでいたのが間違いだった。


 西方教会のイルデブラントと東方教会のヨハネス・マウロポスの間で交わされているのは、各教会が新大陸のどこで布教するのか。つまりは、西方教会と東方教会の縄張り争いなんだよね。


 そんな教会間の勢力争いに巻き込まれるなんて、真っ平ごめん。


「べつに、誰がどこで布教したっていいんじゃないの?」

 僕はそっけない返事を二人に返した。


 それなのに、イルデブラントとヨハネスが一緒になって僕にダメ出ししてくる。


「いいえ、そのようなわけにはいきません。ですよね、ヨハネス殿」

「イルデブラント様のおっしゃる通りです。ジャン=ステラ様もご存じの通り、西方教会と東方教会はハンガリーやブルガリアの地において、熾烈な布教競争を戦っております」


 イルデブラントとヨハネスは、東西教会間の仲が悪いことを僕に訴えてくる。


「それに加え、ジャン=ステラ様が生まれた年には、相互破門事件も起きています。それ以降、我々ローマの西方教会と、コンスタンティノープルの東方教会は仲違いを繰り返しております」


 僕が生まれた年である1054年の7月に、西方教会と東方教会が相互に破門する事件がおきた。高校の宗教史で必ず出てくる大シスマと呼ばれる事件だよね、それって。


「その上でジャン=ステラ様を巡って、さらなる確執が生じていたのですよ」

「えっ? 僕って、東西教会の仲が悪い原因の一つなの?」


「「はい、その通りです」」


 イルデブラントとヨハネスの声が重なった。東西教会の仲が本当に悪いのか疑わしくなりそうなほど、二人の息がぴったりそろっている。


「ジャン=ステラ様はイタリアの地にお生まれになりました。それにもかかわらず、東方教会所属のイシドロス殿、ユートキア殿、ニコラス殿が、新東方三賢者となられました。


 そのことを西方教会の皆様は面子めんつが潰されたと憤慨しておりました。イルデブラント様、我ら東方教会の認識に誤りはございますか?」


「ヨハネス殿の言われる通りです。東方教会への対抗心が、ジャン=ステラ様を預言者と素直に認められない現在の西方教会へと繋がっているのです」


 お互いの目を見つつ意気投合している二人を見ていると、なんだかムカついてきた。だって、僕が悪いような言い振りじゃない?


(そんなの知るか~!)

 って声を大にして主張したい。


 二人とも僕が不仲の一因だって言うけれど、どちらかと言えば僕って被害者じゃない?


 少なからず腹を立てているけれど感情を押し殺し、イルデブラントの次の言葉を耳にいれる。


「そこにきて、神の恩寵が認められない大地が見つかったのです。


 東西教会の不仲を憂いた神が、新大陸の布教を契機に仲直りせよという天啓に違いありません。


 ジャン=ステラ様、いろいろとご不満もあるかと思いますが、何卒ご協力お願い申し上げます」


「は? 天啓? 新大陸が?」


 イルデブラントの主張を聞いた僕はお口ぽっかーん。あいた口がふさがらないとはこのことかって思っちゃう。


 見つけたのはエイリークだし、新大陸があることを伝えたのは僕だよね。

 何でも神のおかげにするのは、納得いかない。


「思い返せばジャン=ステラ様がお生まれになったのは、相互破門事件が起きた年でした。東西教会の不仲を憂いた神が、預言者であるジャン=ステラ様を遣わしたに違いありません。


 私は本日、そう確信いたしました。神は常に我々を見守っており、適切に我々をお導きくださるのです。


 おお、神のなんと慈悲深いことか。アーメン」


 イルデブラントのなんとも聖職者らしく長ったらしい発言に、僕は口を開けたまま固まってしまった。


 間髪をいれず「そんなわけあるかー!」って否定したい。

 しかし、どうして僕は前世の知識をもって生まれてきたのだろう。当然、その理由は僕にもわからないし答えられるわけもない。まさか、ピザを食べるため、とも言えないし。


 きっと、イルデブラントをはじめとする聖職者たちだって、考え続けてきたのだと思う。

 なぜ僕が生まれてきたのか、なぜ彼らのいう預言者がこの地に誕生したのかと。


 そうじゃないと、ここまでスムーズに東西教会の不仲と僕の誕生とを結びつけられないだろう。


 そして、僕が否定したら、直後に質問が返ってくるのは間違いない。どうして僕はこの地に生まれ落ちたのか、と。


 預言者呼ばわりされる事は諦めたけれど、東西教会の仲介人にされちゃうのは予想外だった。


 そして、執務室にいる他の聖職者たちも、「「アーメン」」ってイルデブラントに唱和している。


 はぁ、とため息がこぼれ落ちるのを止められない。


 いっそ、大人しく東西教会統合の象徴になってしまえば、穏健に事が運ぶかなぁ。


 でも、これだけは主張しておかねば。


「新大陸の地図はまだ渡さないんだからね」


 地図を渡した途端、手のひらを返されたら嫌だもの。


「ふっふっふ。新大陸の地図が手に入ったからには、ジャン=ステラ様は不要です。あとは東西教会にお任せください」なんて言われたら困ってしまう。


 じゃがマヨコーンピザを食べるその日まで、つまりトマトとじゃがいもとコーンが手に入るまでは絶対に地図は渡さない。


 だから、地図が欲しかったら東西教会はもっと僕に協力すること。


 そしてマティルデお姉ちゃんの嫁盗りを応援すること。


「僕の条件はこの2つ。これを忘れちゃだめだからね」


■■■ 嫁盗り期限まであと1年 ■■■


ア:アデライデ・ディ・トリノ

ジ:ジャン=ステラ


ア:マティルデ様の嫁盗りを条件に入れたのは良かったわ

ジ:そうなのですか?

ア:条件がなかったら結婚できなかったかもしれないわ

ジ:えー!どうしてですか?

ア:聖職者は結婚できないもの

ジ:僕、聖職者なんてなりませんよ。そんなのいや!

ア:教皇と大主教になって欲しいと懇願されても断れる?

ジ:絶対断りますよ!当然です。

ア:その時はマティルデ様に圧力が懸かるわよ

ジ:……

ア:ゴットフリート3世はマティルデ様を修道院に押し込むかもしれないわ

ジ:でも、トスカーナを治める血統はマティルデお姉ちゃんだけでしょ?

ア:教皇と大主教が特例を出すでしょうね

ジ:そんな事したら、教皇と大主教は僕の敵だよ!

ア:一方でジャン=ステラが聖職者にならない事は、東西教会に喜ばれる可能性もあるの

ジ:え、どうして?

ア:預言者なら教皇と大主教を兼務しても不思議ではないと言いましたよね

ジ:つまり、ポストが減っちゃう?

ア:ええ、だから枢機卿団は間違いなく喜ぶでしょうね

ジ:なんと俗物!

ア:権勢欲のない高位聖職者なんてごく稀なのよ

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