第232話 エイリークの航海(暗)
1064年4月下旬 カリブ海 イスパニョーラ島 エイリーク
寝起きは最悪だった。
「エイリーク様、起きてください! 敵襲です!」
宴会の酒が抜けきらない体が激しく揺すられ、野太い声が俺の意識を
敵襲だと?
「誰が攻めてきた? 集落の男どもか?」
寝床から跳ね起きた俺は、その勢いのまま部下に問う。
部屋は松明の灯りでほの暗いが、東の空は少し明るくなりつつある。
「いえ、攻められているのは我々ではありません、この集落です、多分」
「多分、とはなんだ!報告は正確にしろっ!」
「エイリーク様、それは無茶というものです。それに今は、早さを優先すべきです」
どうやら村長の周りにいた若い者が知らせてくれたらしい。とはいえ身振り手振りでの意思疎通は難しく、どうしても推測交じりにならざるをえない。
「柵と堀は既に破られたようで、集落内のあちこちで戦いの音がしています」
耳を澄ますと、遠くで男女の怒声と悲鳴がかすかに聞こえる。
「一応の確認だが、宴会後の喧嘩というわけではないのだな」
昨夜は、近隣の集落からも人が集まっての大宴会であった。
人が集まり、踊り狂い、酒が入れば、喧嘩の一つや二つ、起きても不思議では無い。
それに、大声で騒ぐ声は聞こえてくるが、
この知らせをもってきた集落の若者のボディランゲージを間違って解釈していないか、確認する必要があるだろう。
「エイリーク様、あいつらが持っているのは鉄剣ではなく、石の剣や槍ですぜ。聞きなれた剣戟の音がしなくても不思議ではありやせん」
「そうか。たしかにそうだな。では、知らせてくれた村長は味方。敵は……」
敵は誰だか分からんな。
ここ以外の村落民かもしれない。あるいは村長反対派が内乱をおこした可能性もある。
圧倒的に情報が足りん。ボディランゲージでは情報収集に限度があるのは間違いない。だが、どうしようもないのも事実だ。
「まずは、守りを固める。船員をここに集めよ! 日が明けたら船に戻るぞ」
現地民の戦争に付き合う必要もあるまい。商売も終えたことだし、とっとと出航してしまおう。
しかし、俺の思惑は第一段階でつまずいた。日が昇り周りが明るくなったが、船員達が思うように集まらないのだ。
全員集まれば60名を超えるはずが、40名ほどしかいない。20名はどうした?
それに、集まった40名のうち10名ほどはなぜか全裸である。ありあわせの葉っぱで前を隠し、隊列の後方で申し訳なさそうに小さくなっている。
「おい、どうして全裸なんだ。武器はどうした!」
俺が叱責したところで、服や武具が湧いて出るわけではない。しかし、全裸なのはどういうことだ?
「朝、起きたら服も武具も全て無くなっていました」
「ふざけるなっ! 服と武器が勝手に無くなったとでも言うのか! なぜだ、理由を言え、理由を!」
全裸の部下たちが互いに顔を見合わせる。
なぁ、お前答えろよ。いやだよ、言いづらい。 みたいに押し付け合っている。
いらいらした俺は一番近くの奴に答えるよう命令する。
「お前、答えろ」 底冷えするような声があたりに響いた事だろう。抜き身の剣を握る手に力を込めて睨みつける。
全裸が怯え、畏まった。
「は、お答えいたします。エイリーク様。女が持っていったと思われます」
「おんなだと?」
「はい、起きた時、一晩を共にした女が消えていました。その女が持ち逃げしたと思われます」
「この阿呆がっ!」
そのまま全裸を張り倒す。怒りがフツフツと湧いて出る
だが、
いや、違うか。
ここに集まっていない20名は寝ている間に殺されたのかもしれない。女に寝首をかかれたか、あるいは身ぐるみを剥がされた後、女の仲間に殺されたのか……。
そのような考えに行き着いた時、部下の一人が小声で耳打ちをしてきた。
「エイリーク様、残る船員達は買春小屋で殺されておりました」
ああ、やはりか。俺の推測は間違っていなかったようだ。天をあおぎ、胸の前で十字を切る。
(天国への扉の前で再び会おう)
心の中で祈りを捧げ、気持ちを切り替え前を向く。
俺たちの戦力はここにいる40名に確定した。遺体を残しておくのは気が引けるが、ここに残るのは危ないだろう。まずは船に残ったものと合流しよう。
その前に一丁、お通夜のような悲痛な雰囲気を払拭するか。
「武器のない者は棒を持て! 服のないものは……、まぁなんだ。せめて前を隠せ!」
いらんものを見ないよう、目を隠す仕草が受けたのか、その場で小さな笑いが起きた。
ぷふっと吹き出した音が聞こえ、お調子者の合いの手が入った。
「エイリーク様、ここに余っている布なんてありませんぜ。なにで隠せばよろしいので」
「布がないなら、葉っぱで十分だな」
「そんなぁ」
全裸船員の情けない声が全員の笑いを誘った。
うわっはっはと、腹の底からの笑いだ。
この場の雰囲気が変わったな。これで戦える。
「今から、船に戻る。三列縦隊で敵中突破するぞ」
「おぅー」と図太い雄叫びをあげ、俺たちは勢いよく進み出した。
幸いなことに村落の中で俺たちの行手を
戦っている現地民どもも、俺たちの隊列を見るとあわてて道を譲ってくれた。我々を避ける理由は不明だが、これ幸いと俺たちは先を急いだ。
(これなら安全に船に戻れるな)
そう思っていたのは、船が停泊している浜辺が見える場所までだった。
広い浜辺に三艘のロングシップが並んでいる。
その周りを上半身に赤色のボディペイントを施した男たちが囲んでいた。四、五百人はいそうだ。まずい。
「俺らの船が攻められている!」
村落で我々は攻撃されなかった。なのに、なぜ? 誰が船を攻撃しているのだ。
敵は近隣の村落か? 村の場所はどこだ?
地理もわからねば、昨日までお世話になった村落との関係もわからない。
分からないことだらけで嫌になる。
だが、それは今考えることではない、と首を振る。
我々の船が攻められている。これを何とかするのが先決で、考えるのは後回しだ。
まずは浜辺の戦況を確認しなければ。
味方はすでに浜辺での抵抗を諦めたのだろう。船を障害物として使っての防戦一方になっている。
船から敵に向かって矢が放たれているが、敵の矢の方が数が多い。火矢も混ざっており、三艘のうち左端の一艘は火の手が上がりはじめている。
右手のロングシップは、舷側まで敵の手が迫っている。船べりを使って防いではいるが、船内の侵入を許すのは時間の問題だろう。
まずい。船を失うとヨーロッパに戻れなくなる。その気持ちが心を
こちらの損害を構っている場合ではない。
即座に指示を出す。「左手の敵弓隊につっこめ!」
敵は誰もが上半身をむき出しにしている。装甲無しで俺たちに対峙しているのだ。
鉄剣と鉄槍を装備し、チェーンメイルや革鎧で身を固めた俺らが負けるわけはない。
まぁ、一部俺達にも裸の奴がいるものの、そんな事を構ってはいられない。既に時間との戦いなのだ。
「蹴散らせ、潰せ、殺し尽くせ!」
「「うぉー」」
いかに敵が多くとも、こちらに負ける要素はない。
数本の弓矢がこちらに飛んでくるが、無視だ、無視。
相手は石の矢じり。革鎧すら貫けまい。
「弓矢を無視して、そのまま突撃せよ!」
敵部隊に入り込めば、弓は無力だ。
「えいやっ!」
両手持ちした剣に気合を込め、相手の無防備な上半身に切りつける。
相手が弓で剣を防ごうが、弓ごと叩き切る! 気合いだ、気合い! これで勝て!
「おっしゃあ!」 まずは一人倒した。
続いてもう一人。さらに一人。
「次の獲物はだれだっ!」
そう叫びつつ周りを見渡すと、敵弓隊はちりぢりなって密林の方へと逃走を始めていた。
「やったー!敵が逃げていくぞー」
間近の船から喜びの声があがるのを、俺は肩で息をしつつ聞いていた。
呼吸を整えるべく深呼吸を一つ。そしてもう一回。
大きく息を吸い、次の命令を叫ぶ。
「このまま右手の敵歩兵につっこむぞ! 俺らの船を守れ!」
「「おー!」」
声の大きさは命令の強さ。そして自信の現れ。俺の声に船員達が力強く呼応する。
砂浜を俺たちは小走りで進む。弓隊と一戦交えて疲れた足に、砂浜ダッシュはつらい。
しかし、そう言ってもいられない。右手の敵は、その一部が既に船へと侵入を果たしている。急がねば。
奇襲が成功した敵弓隊と異なり、敵歩兵はこちらを待ち構えている。奇襲効果が望めない上、相手の兵数は我らの5倍はありそうだ。
それでも、ヨーロッパに戻れなくなるわけにはいかない。
「俺に続け~。突撃開始ぃぃ!」
槍を構えてる敵陣に突っ込むのは誰だって怖い。槍の穂先がこちらの
突撃を
俺が走れば、部下も走る。
「いっけー!」
待ち構える敵歩兵の槍を薙ぎ払い、どかーんと体当たりをぶちかます。
敵は小柄な奴ばかり。大柄な俺との体重の差で相手は簡単に地に転がる。
「とどめは任したっ!」
敵陣に突破口を空けた。ここから傷口を広げ、敵陣を破る。
そのため、後続の奴らに敵兵の始末を委ね、おれは次の敵と切り結ぶ。
「おーりゃあー」
剣で敵の上半身を切り裂く。
ドゴッ。
傷を押さえて動きがにぶった相手を敵兵に向かって蹴り飛ばす。
「かかれぃ、かかれぃ!」
部下を叱咤し、敵陣を進む。ひたすら前へ、さらに前へ。
剣を振り、
返り血を浴びつつ、さらに前進。
相手の武器はなまくらだ。俺の鎧は矢を弾き返し、敵の槍は俺の鎧を貫けまい。
「進め進めぃ!」
ひたすら進む。そして眼前に敵影なし。
おっしゃー敵陣を貫いた! あと一息だ。
「全員反転! もう一度敵陣を貫くぞ!」
「「おぅ!」」
「俺に続けー」
再度の突撃。足は鉛のように重く、剣を持つ腕も疲れで思うように動かない。部下達もきっと同じだろう。だれもが肩で呼吸をしている。
それでも、今がチャンスなのだ。
これで勝負を決める!
だから指揮官先頭で、俺は走る。走りつ叫ぶ。
「ヴォー」
叫びすぎた喉から出る雄叫びは、獣の威嚇。
幾度剣を振るったか、何度敵を
あれほど数多くいた敵は、浜辺から逃げ去った。
勝った、勝った。やっと勝った。
「勝利を
俺は勝利を宣言し、味方の歓声が浜辺を支配した。
しかしながら勝利に酔えたのは、ほんの
浜辺に横たわるのは味方の死体と、それに数倍する敵の死体。負傷者だって多数いる。
俺の乗ってきたロングシップは無傷だったが、左右に泊めていた船は酷い被害を負っている。
内装が燃えてしまった船と、半壊の船。
修理すれば航行は可能だろうが、ここまで壊れる事態は想定外だ。大規模な修理に必要な道具はない。
手持ちの道具での修理では、大西洋の荒波を超えてヨーロッパに戻れるか不安になる。
だが、ここに
時が解決してくれないなら腹を
一刻も早くヨーロッパへと旅立とう。我らが愛する母なる大地へ。
ーーーー
あとがき
ーーーー
コロンブスのアメリカ大陸到達が1492年
ヨーロッパで梅毒が初流行したのが1494年
なにしたらそんなすぐ流行するんじゃー!
そんな所にインスパイアされたのがこのお話の前半でございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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