第64話 イルデブラント、その鬱屈からの解放(後)+α
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前話の続き(後半)になります。
小説の背景部分に興味が薄い方は、後方のイルデブラントの失策(貨幣鋳造許可)部分にスキップしてください
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1057年9月上旬 イタリア北部 トリノ郊外 イルデブラント
私の問いかけに対し、ジャン=ステラ様は一呼吸置いた後、驚きの声をお挙げになった。
「ジャン=ステラ様。 あなたは神の代弁者なのですね」
「はぁぁぁああ!!!」
代弁者である事を頑なに否定されておられたジャン=ステラ様でしたが、説得の甲斐があり、預言者であることを打ち明けていただけました。
途中、貪食の悪魔の使徒である嫌疑がかかっている事を申し添えた事が功を奏しました。
そのような途中経過はさておき、預言者であることを打ち明けていただけた事は感無量でした。
しかし、しかしです。 私は今一歩踏み込みたく思いました。
神の代弁者であるとお認めいただきたかったのです。
なぜなら、預言者と代弁者では格が違うからです。
例えば、ジャン=ステラ様の生誕を聖霊から聞いた新東方三賢者。
神と子と聖霊は同じもの、つまり三位一体ですから、聖霊の声は神の声。
「うまれた」「みつけて」というたった二言を授かっただけでも、彼らは預言者なのです。
しかし、ジャン=ステラ様と新東方三賢者とでは、神から預けられた言葉の重みが違います。
だからこそ、神に代わって神の言葉を人々に届ける代弁者だとお認めいただきたかったのです。
しかし、結果的にそれは私の傲慢でしかありませんでした。
神は未だ預言を打ち明ける時期でないと判断されていたのです。
それを無理に聞き出そうとした私に、神は警告の言葉をお与えになりました。
『 神の行為を疑うのなら、イルデブラント、おまえこそが神を冒涜する者だ 』
ジャン=ステラ様の言葉に重なり、耳の中で重低音が響き渡りました。
神が私を叱責なさったのです。
頭から全身へと電撃が走ったかの衝撃を受けた私は、
「おお、神よ。お許しを」
ジャン=ステラ様が神の代弁者であったなら、その言葉には意味があるはず。
それを
(神を試すことなかれ)
神に許しを請う私の脳裏に、その警句が浮かびました。
神は人を試します。しかし、人が神を試してはならないのです。
修道院においてクリュニー会の教えを学んだと自負しておりましたが、まだまだ私も修行が足りなかったのでしょう。
その事を痛感した出来事でした。
ジャン=ステラ様の面前で取り乱してしまった私は、そのあとの記憶がありません。
気づくと翌朝であり、客室のベッドに横になっておりました。
なんたる失態。
しかし、心は
ベッドの上をゴロゴロと転げまわって懊悩したり、穴を掘って自分を埋めたくなる衝動に飲み込まれることはありませんでした。
自分の中の傲慢さと嫉妬心が洗い流された気分です。
平民出身にも関わらず助祭枢機卿を務める才能を有している自負心。
そして、貴族出身に対する嫉妬心。
昨日までの自分に
ジャン=ステラ様はおっしゃっておられました。
貴族も平民も人である、と。
今、私は馬に乗ってドイツへと向かっている。
騎乗して目線が高くなると、いつもより遠くまで見渡せる。
目線の高さによって、人も風景も違ったものに見える。
貴族と平民が同じ人にみえるジャン=ステラ様の視線は、どれほどの高みにあるのだろう。
◇ ◆ ◇
ア: アデライデ・ディ・トリノ
ジ: ジャン=ステラ
ジ: ねえ、お母さま?
ア: なんですか、ジャン=ステラ?
ジ: イルデブラント様に何のサインを貰ったの?
ア: この羊皮紙の事?
ジ: 心ここにあらずのイルデブラント様、中も読まずに署名してたから……
ア: 貨幣鋳造の許可を貰ったのよ
ジ: コインを作るの?
ア: 昔、作ろうとしたら、教皇庁から禁止されちゃったので再挑戦
ジ: なんで禁止されたの?
ア: 教会の既得権益なのですって
ジ: 羊皮紙を貰ったけど、作って大丈夫なの?
ア: アスティの司祭がコインを作ってもいい、って許可だから大丈夫
ジ: アスティってどこ?
ア: トリノ辺境伯支配下の商業都市よ
ジ: お母さま、遣り手ですなぁ
ア: やられっぱなしは性に合わないですもの、ね
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当時、中世ヨーロッパで流通していたのは銀貨だけでした。
古代ローマで流通していた金貨も銅貨もありません。
全部、北アフリカ諸国との貿易赤字に消えています。
中世ヨーロッパは貧乏で文明の遅れた後進国だったのです。
小説当時、金銀銅貨の代わりに輸出されていたのは人間だったようです。
つまり、奴隷です。
9世紀頃に北アフリカで始まったサトウキビ栽培の奴隷労働者として売られていったのです。
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