第18話 ヨーロッパのはるか西
1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ
「美味しいピザが食べたいので、大きな船が欲しいです」
城館の執務室で行われた話合いの場で、僕は心の底からのお願いを口にした。
前世で大好きだったピザを
石窯で焼きたて出来立てのピザをもふもふと頬張りたいのだ。
たっぷりのトマトソースに黄色いコーンと輪切りのポテトをのせ、焼けたマヨネーズが香ばしい僕のじゃがマヨコーンピザ。
大学時代、クラスメートと通った居酒屋の特別メニューだったんだよ。
そのお店の前を通ると、外からも見える大きな石窯が店の中央にどでーんと鎮座しててね、それが広告塔になっていたんだ。
なんでも居酒屋としてオープンする前はイタリア料理屋さんだったらしく、そのまま流用して居酒屋を開いたのだとか。
料理を沢山たべたい大学生の飲み会で大人気だったよ。
僕も大好きだったなぁ。
なのに
だから、大きな船でアメリカ大陸まで野菜を採りに行くって決意をしたのです。
話し合いの場にいるのは、父オッドーネと母アデライデ。
そして親族であり宮廷司祭を務めるアイモーネと僕の4人だけ。
普段は執務室で仕事をしている側仕えや部屋の隅で控えている侍女はいない。
きっと僕が何をいいだすかわからないから人払いをしたんだろうなぁ。
僕の本心からのお願いを言ったんだよ。
なのに目の前でお父様は口をあんぐりと開けて僕の方をみている。
お母さまは驚いて鳩が豆鉄砲をくらったかのように目をパチパチさせている。
おかしいな。 僕、なんか変なことを言ったかな?
やっぱり、人払いをしておいて正解だったのかも。
このままでは話が進まないので、理解してもらえたのか尋ねてみた。
「えっと、僕のお願い、わかってもらえた?」
オッドーネとアデライデは、お互い顔を見合わせ、次いで首を横に振っている。
“おまえはわかった?”
“いいえ、まったく。 あなたは?”
“俺もわからん”
オッドーネが左手でこめかみを抑えながら、うーん、と小さな唸り声をあげ、アデライデが小さな溜息をするのが僕にも聞こえた。
2人に分かってもらえなった事が僕にもよーく理解できた。
でも、さっきの言葉ってそんなに難しかったかな。
おっかしいなぁ、困ったなぁって考えていたら、ふと気が付いた。
もしかして「ピザ」って言葉はまだないのかもしれない。
「お父様、お母さま。 もしかしてピザって食べ物を知らないですか」
「いや、そのくらい知っているぞ。 というか、お前もよく食べている平たいパンだろ?」
「そうね。 料理人はフォカッチャと言っているけど、あれがピザよ」
僕がピザを知っているかと問いかけると、オッドーネとアデライデからすぐに答えが帰ってきた。
ならば、何が問題なんだろう?
「世の中にはもっと美味しいピザがあるんです。 良くてチーズをちょっと乗せただけのピザじゃなくて、僕はたくさん具をのせたピザが食べたいんです。だから、船が欲しいんです。 」
“分かってもらえます?” とばかりに再度同じことを僕は主張したが、オッドーネとアデライデは理解しがたいという顔をしている。
僕の話を引き継いで質問をしてくれたのはちょっと困ったような表情を浮かべるアイモーネだった。
「美味しいピザが食べたいのはわかりました。
でも珍しい具が欲しいのなら、商人に頼めばいいではないですか。
船はいらないと思いますよ」
「そうよねぇ。 船は必要ないわよね」
「船はとても高価だし、作るには時間がかかるぞ。だから、商人に頼むのが一番だぞ」
船がいらないと主張するアイモーネに同意するアデライラとオッドーネ。
3人とも意味を理解したのかちょっと満足そうな顔になっている。
一方の僕は渋い顔をしてちょっと考える。
うーん。 商人に頼んだらトマトやポテトが手に入るのかな?
“ちょっと新大陸までいって、赤い実を採ってきてね”
って商人にお願いしたらトマトが手に入る?
やっぱ無理なんじゃないかな。
「僕が欲しいのは、トマト、ポテト、コーンなんだけど、商人にお願いしたら届くと思う?」
「とまと? なんだそれ」
オッドーネはトマトを知らないようだ。
って知ってるわけはないよね。
「トマトって赤い実の野菜だよ。 実をつぶしてソースにしてピザに塗るととても美味しいんだよ」
「そこまで分かっているのなら、商人に頼んでみたら?
貴族がしらないだけで、平民である商人ならしているのではないかしら」
アデライラは、僕の知識が貴族ではなく平民のものだと知っている。
だから、同じ平民である商人なら知っていると言いたいみたい。
たしかに前世では貴族ではなく、一般庶民だったけどね。
しかし、前世の一般庶民の方が中世の貴族よりも知識は間違いなく多いし、良い暮らしをしていたと思う。
でも、それを理解してもらうのは、難しいだろうなぁ。
商人には無理だという事を首を横にふることで3人に伝える。
「トマトやポテト、コーンがあるのは、とても遠い所なんです。
ここから西に向かって船で多分2か月くらいかかります」
オッドーネとアデライデは船で2か月と聞いても「ふーん、それで?」といった顔をしている。
一方、驚愕の色を顔に浮かべたアイモーネは勢いよく立ち上がった。
椅子がガタっと音をたてるのも気にせず興奮気味にまくしたてる。
「2か月も西に行くって、スペインを超えてもっともっと先!?
地球を一周して、我々のいる大陸の反対側に到着するってことかい」
地球は丸いから、ヨーロッパから西へ西へと進めば、アジア大陸の東に到着する、とアイモーネは理解したようだ。
さすが司祭だけあって博識だね。
でもねアイモーネお兄ちゃん、ちょっとだけおしい。
アメリカ大陸が途中にあるから、アジアの東にはいけないんだよ。
「アイモーネお兄ちゃん、すごいね。 でもちょっとおしい!」
僕は素直に称賛の声をあげてアイモーネの博識を称え、説明を続ける。
「地球が丸いってわかっているんだよね。 西へ西へと進めば、東から戻ってくるのはその通り。
でもね、西へ進むとヨーロッパとは違う大陸があるの。
その大陸に僕の欲しい食べ物があるんだよ」
「そうか違う大陸かぁ」
オッドーネが遠くを見るような目でこちらをみている。
一方、アイモーネはすこし疑わし気に聞いてくる。
「我々の知らない大陸というものが本当にあるのですか?
そして、そこに我々の知らない植物が生えているというのですね」
「うーん。 僕はあるって知ってるけど、言葉だけだと信じられないよね。」
僕が彼らの立場だったとしても、そんな荒唐無稽な事は信じられないだろう。
“かつて太平洋の真ん中に繁栄を極めたムー大陸がありました。”っていうSF話を信じろっていうのと同じだもの。
執務室を微妙な空気が流れる。
オッドーネもアイモーネも困ったような難しいような、そんな感情を顔を浮かべて沈黙している。
僕もどうしていいかわからず、2人の顔を交互に見るくらいしかできない。
「いいえ、私はあなたを信じますよ。」
そんな空気をアデライデが断ち切ってくれた。
「知らない大陸があって、そこに知らない食べ物があるかどうかは、私にはわかりません。
でもね、ジャン=ステラ。 あなたが言うことだから私は信じます」
その目に強い意思を浮かべて僕に微笑んでくれた。
「そうだな。ヨーロッパの西に大陸があるなんて嘘をついてもお前の得にはならないもんな。
俺も信じる事にしよう」
力強く頷きながらオッドーネも僕を信じると言ってくれた。
残りの一人、アイモーネの方をみると、”うーん”と言いながら何やら考えている様子。
感情で動くアデライデ、直感で決めたオッドーネに対し、アイモーネは理性の人。
なにか、信じるとしても何か理由が必要なのだとおもう。
「アイモーネお兄ちゃん、べつに信じてくれなくてもいいんだよ。 僕が間違っていてもアジアの東側に着くだけなんでしょ。どこに着くのかわからなくても、西に進んでみるのも面白いと思わない?」
アイモーネは「えっ?」と小さく驚きの声を挙げた後、「うーん、たしかに」と声を挙げた。
にこやかに次のように言葉を紡いでくれた。
「たしかにそうですね。新しい大陸がなかったとしても、アジアの東側に着くのなら問題はありませんね。」
うんうん、と頷いているから納得してくれたみたい。
「それに、ヨーロッパの人が誰もしらない大陸が西側にあるのなら、それこそ神からの預言というもの。
誰に
ん? そういえば、預言者疑惑かかってたっけ。
僕にとってはどうでもいいから忘れてたよ。
どうも、心の声が漏れてしまっていたみたいで、アイモーネお兄ちゃんにジト目で見られてしまったよ。
オッドーネとアデライデもやれやれ、って顔してる。
仕方ないじゃない、預言者って名乗ったって、トマトがもらえるわけではないんだもん。
僕にとって重要なのは大西洋を渡れる船なのです。
「ということで、おおきな船が欲しいです。」
ようやく本題に戻ることができたな、っと再度船をおねだりした。
ーーー
ジャン=ステラ 世界地図で左へ左へと進めば、右から戻ってきます
アイモーネ 地球は丸いから西に進めば、東から戻ってくるんだよね
ジャン=ステラ じゃあ、上へ上へと進めばどうなりますか
アイモーネ 地図で下の方、つまり南から戻ってくるって言うんでしょ
ジャン=ステラ ぶっぶー 上から戻ってきます
アイモーネ え、なんで???
ジャン=ステラは混乱の呪文を唱えた
アイモーネは混乱した
ーーー
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