第13話 じゃがマヨコーンピザ

1056年8月下旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


密談の後、子供部屋に戻ってきたジャン=ステラをアデライデねえが迎え入れてくれた。

「今日は、髪を綺麗にしてくれるトリートメントを教えてくれてありがとう 」

「お姉ちゃんが喜んでくれたら僕も嬉しいよ」

かわいい笑顔に癒されるなぁ。 純粋な好意からでる笑顔をみると心が洗われる感じがするねぇ。


「あのトリートメントね、みんなに使ってもいい?」

僕に聞いてくるアデライデねえは落ち着いているのに、周りの侍女たちの方が色めき立ってそわそわしている。きっとアデライデねえにお願いしたんだろうな。それも必死になって。 


「ん-。 いいんじゃないかって僕は思うけど、 高い材料も使っているから、 お母さまに今度聞いておくね」

苦笑しつつお母さまに判断を委ねる事を伝えると、侍女たちの表情ががっかりしたものに変わるのがわかった。 お母さまは倹約家だから、許可が出る望みは薄いと思ったのだろう。 このままガッカリさせたままでは申し訳ないので、違う提案をしておくことにする。


「だから、もっと安い材料でトリートメントできる方法をみんなに教えるね」

僕がそういうと、侍女たちの表情がぱぁーっと明るいものに変わった。 みんな分かりやすすぎない? そんなに感情を表にだしていて側仕えが勤まるのだろうか。 疑問に思ったけど、まずはみんなに喜んでもらえたようで良かった。  


それに僕にもメリットはある。 僕自身、トリートメントの材料はいろいろ思いつくけど配合量まではわからない。 トリートメントの研究をする人体実験、ではなく人柱、でもなくボランティアを沢山ゲットできたから喜ばしい限りである。


“それに上手くいけばトリノの新しい特産品にできるかもしれない”

トリノの特産品としてはローマ時代からガラス細工が有名だ。 ガラス細工の器にトリートメントを入れて売り出したら貴婦人方に高く買ってもらえるんじゃないかな。 そして安価トリートメントはそれなりの陶器に入れて富豪に売るってのはどうだろう。 


とらぬ狸の皮算用ではあるけど、お金儲けの事って考えているだけでも楽しいよね。 現実的にも、預言者なんてものに認定されてしまっている。 秘密にしておいてもらってはいるものの、そんなのすぐに広まるに決まっている。 だから、親にまかせっきりにするのではなく、自分自身の力を付ける必要があるのも事実だ。 2歳児が肉体的な力を付けるのは無理なので、それ以外の力。 


“一番現実的なのはお金だよね。”


お金があればいろいろ買えるし、人も雇うことだってできるだろう。 うん、お金儲けに一丁、精を出してみますかな。 前世の知識で何か使えるものがあったかな?



「・・・・・・様、 ジャン=ステラ様 ! 」

いろいろとお金儲けについて考えていたら侍女のリータに声をかけられた。


「リータ、 なぁに ?  どうしたの?」

目の前には、呆れたような顔でこちらをみているリータが立っていた。


「どうしたの、ではありませんよ、 ジャン=ステラ様。 何度もお呼びしていたのに、こちらに気づいてくださらないんですもの。 何かお考えになられていたのかと思いますが、 周りにももう少し気をかけていただけると助かります」

「うん、 わかったよ、 リータ。 これから気を付けてみるね」

考えにふけっていたみたいで、全然気づいていなかったよ。 失敗失敗。 でも、 考えている時にどうやって周りに気をかければいいのやら。 そんな事できるのかな。 

「それで、何か用なの? 」


「もうお休みの時間です。 明かりを消すのをアデライデお嬢様がお待ちですよ」

子供部屋の僕と反対側の壁側にアデライデねえのベッドがある。アデライデねえはもう布団にもぐりこんで、眠たそうに、こちらを見ていた。


「分かったよ、リータ。 明かりを消してもいいよ。 アデライデお姉ちゃん、待たせてしまってごめんね。 そしておやすみなさい」

「私は気にしてないわよ、ジャン=ステラ。 そして、おやすみなさい。 また明日ね。」


    ◇


ジィィィ、 ジィィィ

と虫の声が外から聞こえてくる。


部屋の反対側からはアデライデねえの立てる寝息の音がかすかに聞こえてくる。 窓の外は暗く、部屋に入ってくる月明かりもない。 


“朝まであとどれくらいあるのかな”


変な時間に起きてしまったのは、昨日の出来事のせいかもしれない。 トリートメントと家族との食事。 


“トリートメントが売れるかもしれないと、皮算用したっけ ”

起き立てで回らない頭に寝る前に考えていたことが再生された。


“当面はお金儲けをするとして、その後どうしよう? ”


身を守る手段としてお金を稼ぐことは避けられないだろう。 


“でもお金儲けをするだけの人生でいいの? ”


正直な所、辺境伯家の一員であるという貴族身分が多くの事から守ってくれそうな気はしている。 トリノ辺境伯家は交通の要衝であるアルプス山脈の西半分を治めているし、姉のベルタは次期皇后である。つまり皇帝の外戚なので、権威もそれなりにあるんじゃないかな。


だったら、無理にお金を稼いで、目立つこともないんじゃないかな、とちょっと怠惰にならないでもない。お金稼ぐのを想像するのは楽しくても、実際に稼ぐのは大変だって事は前世の知識で僕は知っている。人間は楽な方楽な方へと流れるものだから、僕も流れていってしまうのかもしれない。


“そうだなぁ。 ぐうたらしながら美味しいものを食べる”

そんな人生もいいかも。 前世は小学校から受験勉強に忙しく、大学に入っても高校の教員免許をとるのが大変でサークルにも入っていなかった。 就職先の高校はブラック職場だった。 せっかく生まれ変わったのだもん。 ゆっくりのんびりするのもいいかも。


ソファにぐでーと寝ころんでポテチ食べたいな。 冷たいコーラを飲みながらピザをかじるのもいい。  一番好きだったのはポテトコーンピザ、それもトマトソースとマヨたっぷりの。 


なんだかオラわくわくしてきたぞー。 朝になったら城館の料理長にお願いしに行こうっと。 われながらいいアイデアがうかんだものだ、 自分のほっぺたが緩む。 生まれ変わったのがイタリアなんだからイタリア料理食べたいよね。 うふふーん。 いい考えが浮かんだぞー。 それはもう、I 晩中could 踊ってhave すごしたいdanced 気分all nightである。


テンション爆上げのその瞬間をみはからったかのように、 僕の心は冷や水を浴びせかけられた。


“ポテトもトウモロコシもトマトも、今の中世のイタリアには存在しないんだった”

なんてこった。 農学部を卒業していたのにすっかり忘れていた。 ポテトもトウモロコシもトマトもぜーんぶ中南米が原産地。 中世ヨーロッパにあるはずがない。


コロンブスの新大陸発見が1492年だから…


「400年以上も未来じゃないかー ! 」

思わず叫んでしまったよ。 でも幸いアデライデねえは寝息を立てている。 よかった。起きなかったみたい。


ふぅ、と一つ溜息をつき、心を落ち着ける。


“さすがに400年は待てないよね”

ではどうする?  


“諦めるのかい、ジャン=ステラ。  諦められるのかい?  ”

そう自分に問いかけてみる。


諦めるもなにも、 アメリカが見つかっていないのだから、どうしようもないじゃない。


いや、そんな事はないでしょう ?  コロンブスの代わりに僕が見つければいいんだよ。 でも、本当に見つけることができる? ちょっと検討してみよう。


コロンブスはどうやってアメリカを見つけた? 船で西へ西へと進んだだけ。


だったら、大きくて頑丈な船を作ればたどり着けるんじゃないかな。


それにコロンブスとは違って僕の頭の中には世界地図が入っている。 さらには海流や偏西風、貿易風といった地理の知識もある。 中世ヨーロッパの船は2種類ある。 オールを漕ぐ人力船と風を受けて走る帆船である。 人力船は水や食料を多く必要とするから近距離航海しかできない。 だから、


“大西洋を横断するためには帆船だよね。”


風頼みの帆船にとって風の知識はとても大切だ。 新大陸に行くには熱帯地域で東から西へ吹く貿易風を使い、 ヨーロッパに戻ってくる時には温帯地域で西から東に吹く偏西風を使う。 さらにありがたいことに、この風に流れと同じ向きに海流が流れている。 


中学校の社会科では北赤道海流、メキシコ湾流、北大西洋海流だと習った。 風と海流の名前と場所、そして流れる向きをテストのために暗記したのだが、こんな時に役立つとは。 前世の私、よくがんばった。 


“ なんとかなりそうじゃない ? ”

うん、やってやれないことはなさそうだ。


「まってろよー 僕のじゃがマヨコーンピザ!」


ーーーーー

アデライデねえ    ジャン=ステラ、うるさい

ジャン=ステラ 起こしちゃった? ごめんね

アデライデねえ ぽてとこーんぴざ ってなに?

ジャン=ステラ 僕の好きな食べ物だよ

アデライデねえ わたしも食べたい

ジャン=ステラ そのうち、ね

アデライデねえ いじわるするの?

ジャン=ステラ 今は僕の頭の中にしかないの

アデライデねえ 頭の中の食べ物が好きだなんて、へんなの 

ジャン=ステラ 作ることができたら持っていくね

アデライデねえ うん 楽しみにしておくね

ーーーーー


ジャン=ステラは、自分の生きる指針を決めました。

そして、願いがかないますように、と自分の星超新星に祈りを捧げました、とさ。


Gean-Stella made a wish upon the star.

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