願う想いはただひとつ

紗音。

私と言う人間

 私は作椥さくなぎ理子さとこ

 ごく普通の家庭に住む、ごくごく平凡な高校生だ。首元を隠すくらいの短い黒髪に、丸顔で垂れ目に小さな背丈……未だに中学生と間違われてしまう。

 周りにはお洒落な子が多くて、学校ではお化粧をしている子ばかりだ。私も一度お化粧を試してみたのだが、おかめさんのようになってしまい、皆に笑われてしまったのだ。

 小学生の頃は、段々と大人になっていくから大丈夫だと思っていた。

 中学生になっても、まだお化粧をする子は少数で、高校生になったら綺麗な大人になれるのだと思っていた。

 だが、ふたを開けてみればこんなんだ。周りは皆、あか抜けて綺麗になったのだ。それなのに、私はまだ小学生の頃のまま、大人になりたいと足掻あがいているだけだ。


「ねぇー、この前のサッカー部の試合凄くなかった⁇久志めっちゃカッコよかったー!!」

「あー!!見たの⁇佐藤先輩めっちゃカッコよかったよね⁉」

「えぇっ⁇田中もめっちゃ頑張ってたよー」

 私の席を囲うように三人の友人達は椅子いすに座り、恋バナを始めたのだ。お昼休みの短い時間を使って、好きな人のことを語るのだ。

 右に座るのはスワちゃん。金髪のロングヘア―の彼女は、サッカー部に所属している幼馴染の久志くんのことが好きなのだ。

 目の前に座るのはゆうちゃん。目がぱっちりと大きくて、お人形さんみたいな子だ。私と同じ髪型なのに、百倍可愛いのだ。ゆうちゃんはサッカー部の佐藤先輩が気になっているらしい。

 左に座るのはさっさちゃん。彼女はウェーブのかかった茶髪の彼女は、同じクラスにいる田中君と良い仲になってきているそうだ。

 三人とも目がキラキラと輝いていて、とても綺麗なのだ。


「……っで、理子はどうなの⁇」

「へっ⁇」

 先ほどまで大盛り上がりだったと言うのに、スワちゃんは突然、私に話を振ってきたのだ。

「あぁー。前は気になる人はいないって言ってたけど、最近はどう⁇」

 ゆうちゃんも楽しそうに私のほうに顔を向けて、ニヤニヤと笑っている。

「ってか、この前の試合の日、理子いなかったよね⁇どこにいたの⁇」

 さっさちゃんはよく見ているようだ。サッカー部の試合は、いつも観戦に行くのだが、その日だけ私はいなかったのだ。仲良く観戦……ではなく、それぞれが気になる人のところへ行って応援するので、私はいつも一人で観戦しているのだ。

 私は運動神経が悪いので、ボールをることも蹴りながら走ることもままならない。だから、いつもすごいなとボーッと見てしまうのだ。

「カメちゃん先生と遭遇そうぐうしちゃって、お手伝いしてたの」

 カメちゃん先生は、私達のクラスの担任の先生だ。元気いっぱいの男性体育教師だ。先生は誰にでも親切なせいか、よく別の先生の雑用を手伝っているのだ。

 その日は国語と化学の授業の資料だった。暇なら手伝ってと笑って言ってきたが、断っても良かった。だが、私は彼女らみたいに好きな人がいるわけでもないので、先生の手伝いをしたのだ。終わったら先生はジュースをおごってくれたので、私は手伝ってよかったと思えたのだ。


「ははっ、理子ってやっぱどんくさいよねー」

 そう言って、さっさちゃんは笑っていた。私もそれに合わせて、苦笑いをしたのだ。

「この前も体育の授業でこけてたよねー。何もないとこで転ぶから、先生めっちゃ困ってたし」

 スワちゃんはそう言って、大笑いし始めた。

「理子って天然だよね。いつも変なことばかりしているから」

 ゆうちゃんはそう言うと、私の真似をするのだ。それを見て、二人は爆笑し始めたのだ。私もにこにことした顔を作って笑うのだ。

 真面目にやっているつもりだが、私は人とテンポがずれているようだ。

 全員が右を見るときに、私はまだ前を向いているのだ。あわてて右を向くころには、全員前に向きを直してしまうのだ。だから、団体行動時は私が問題を起こさないよう、いつも先生が横にいたのだ。

「理子ー。そんなんじゃ、大学受験とかどうすんのー⁇」

「あははっ。受験日に受験票忘れちゃうんじゃない⁇」

「いやいや、受験日にすべって受験票を無くしちゃうっしょ」

 三人はそういって笑っていた。私も合わせて笑うしかなかった。今までの私を見ていた三人は、私が何かをやらかすと確信していたのだ。まだ、受験まで一年以上あると言うのに、今からこんなに心配されているのではどうしようもない。

「もー受験とか辞めて、お笑いでも始めたら⁇」

「あーわかる!!お笑い芸人とか理子にめっちゃ合いそう!!」

「いいねー。いまから漫才始めちゃう⁇」

 いつもこんな感じの三人に、微笑むしかできないのだ。悪気が無いのは分かっているが、私の将来を決めつけられるのは少し嫌な気持ちになってしまう。


「別にそんなんお前らに関係ないだろ」

 その言葉に、三人は笑うのを止めて声の主の方へ顔を向けた。そこには同じクラスの荒巻あらまきとおるが立っていた。成績優秀、運動神経抜群ばつぐんで、入学当初から女子人気が絶大の彼は、いつも無表情で冷たい人だ。

 告白した人全員が、『告白したのが間違いだった』と言うくらい、冷たい返事が来るそうだ。ここにいる三人も、例にれず玉砕ぎょくさいしていたのだ。

「……あっ、荒巻君には関係ないでしょ⁇」

 震える声で、スワちゃんは言った。振られたからと言って、嫌いになれていないのだろう。顔を真っ赤にしながら、下を向いていた。

「関係あるから」

 そう言うと、三人は驚いた顔をして荒巻君の顔を見た後に、私の顔をにらむように見た。

 先ほどまで私を笑っていた顔とは異なって、敵でも見るような顔をしていた。

「ここ、俺の席だから。後、もうチャイム鳴り終わってんだから、さっさと席に戻ってくれる⁇」

 その言葉に、三人は納得して走って自席に戻って行った。三人が居なくなった後、荒巻君と他の男子二人は自席を元の位置に戻して座った。


「えっと……荒巻君、ごめんね⁇」

「なにが⁇」

 相変わらず無表情の彼に、私は苦笑いをするしかなかった。いくらモテると言っても、私は彼のことが苦手なのだ。まるで何もかも見透かすような顔に、冷たい表情は怖いのだ。馬鹿にされるより軽蔑けいべつされる方が嫌だから、彼の存在はとても怖かったのだ。

「……その、席を戻さなくて」

 荒巻君は大きなため息をついて、私の顔をじっと見つめてきた。何を言われるのだろうかと、おびえながら私は身構えた。

「それは作椥さんと関係ないでしょ⁇」

 そう言って、荒巻君は前を向いた。ちょうど、授業の先生が教室に入ってきたのだ。

「うん……ごめんね、変なこと言って」

「別に。俺は作椥さんのそういうところ……好きだし」

 ボソッと誰にも聞こえないくらい小さな声で、荒巻君は言った。


 私は本当に彼が苦手だ。

 今まで感じたことの無いこの感情、表情をさせる彼が苦手なのだ。まるで、今にも死んでしまうのかと思うくらいに高鳴る心臓に、頭がくらくらするくらいに顔が真っ赤にさせられるのだ。

 隣の席になってから、彼はいつもこんな感じだ。彼にとっては私に対して、冗談を言っているのだと思うが、私はこういったことに耐性が無いのだ。

 ゆっくりと彼に視線を向ける。彼は私の視線に気づいて、小さく微笑むのだった。

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願う想いはただひとつ 紗音。 @Shaon_Saboh

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